③
取材を終えた私は、大将に礼を言うと、店を後にした。そのまま、会社に戻って、この取材を元に、タウン誌の特集に向けて記事を書く所なのだろうが、私の足は、会社には向かっていなかった。
携帯で詳細を確認するまでもなく、小さい街の情報網というのは時には、電波よ
りも早く伝わる。
その結果、私は野次馬と、赤い車、白黒の車がひしめく場所を見つける事が出来た。火自体はすでに鎮火されており、放水活動は終わってはいるが、まだ現場には警官の制服を着た、という警官がバリケードを作って、安全を確保していた。
うーん、人の壁が高すぎて見えないな。この歳になって、子どものようにぴょんぴょんと跳ねるわけにもいかなし、這いつくばっていくわけにいかない。ここは、
「あのー」
私は、野次馬の後ろで話をしている主婦の皆さまの輪に入れて貰う事にした。
「また、火事ですか?」
私の質問に、第一主婦が答える。
「そうなのよ。私は、ほらこの裏にある家に住んでいるんだけどね。なんだか、外が騒がしいなって思って見に来てみたら、もう、火がね」
もう誰かに話をしたくてしたくて、しょうがないって感じだ。
「私も騒ぎを聞きつけて来たんですけど、その時にはもう火が建物全体を覆っていました」
第二主婦が、第一主婦の言葉を補強してくれる。火が覆っていたという事は、小火レベルの話ではない上に、火が回る速さも相当なものだったと想像できる。
それは、バリケード越しでも見受けられる。
「確か、あそこって…」
今回の火事で燃えた建物を、私は思い出していた。
「最近出来たばかりの、カフェですわね」
なんとも、上流階級の方かなと思ってしまう第三主婦が私に教えてくれる。しかし、着ているのは、よく見られるエプロンだ。まあ、口癖なんて、人それぞれか。
第三主婦の方の言葉で思い出した。そうだ、あそこはオシャレなカフェが入っていた。確か、ウチのタウン誌でも、特集したっけ。
まあ、私が担当したわけじゃないから、詳しくは知らないけど。でも、チラッと見た感じ、若い人が好きそうなお店だったなあ。
あれ? この言い方だと、私が若くないみたいじゃない? いやいや、私はまだ、ぴちぴちの若人だよ!
いや、今、そこはどうでも良くて、良くはないけど。
「それで、誰か怪我をしたとかは…」
建物が全焼なんて事になっているのであれば、もしかして、誰かが犠牲になっているかもしれない。
「それが、運良く。今日は臨時休業していたみたいでね。誰も店には居なかったのよ」
「だから、誰も怪我をしたとかはないんです」
「そうだったんですね。良かった:
本当に良かった。
「でも、そうなると、無人のお店から火が出たのかしら?」
安堵していた私に、第三主婦が、そんな事を口にする。
「ガスの元栓を閉め忘れていたとかじゃないの?」
「そのくらいしか、考えられませんけど…」
「でも、さっき消防隊の人が話をしていたのを聞きましたの。火元が厨房でない可能性があるかもって」
「えっ! それって…」
もう、私の存在など忘れて、あれやこれやと井戸端会議が盛り上がっていく。私は、恐らく聞こえていないだろうけど、静かに「失礼しました」と声を掛けて、お三方から離れていく。
やはり、何時の時代も主婦に情報網ほど、頼りになり、恐ろしい物はない。だけど、おかげで、色々と知る事が出来た。
誰かが怪我とかしてなくて良かったけど、気になる事を言っていた。火元が無い所からの出火の可能性。
つまり、それは今回の火事がただの事故ではなく、人的に起こされた可能性があるという事を示唆している。でも、本当にそんな事をする人がこの街に居るのだろうか?
この街は、凶悪犯罪などとはほとんど縁のない街だ。それなのに、
「やれやれ、これは厄介そうだ」
そんな事を考える私の耳に、そんな言葉が入り込んできた。なんだろう、周りは騒がしいのに、今の言葉はそれらをすべて無視するかのように、私の耳にすんなりと入ってきた。
その声は、とても綺麗無垢な声音。女性の声だ。私はその人物を見る。
身長は私よりも低くて、高校生、下手すれば中学生ぐらいだろうか。でも、制服ではなくて、黒のズボンに黒シャツに黒コート、黒の手袋、なんだ、そのコーデは? もしかして、所謂中二……止めておこう。
でも、その全身の黒さとは対照的に、透き通るような白い髪が背中まで伸びている。それが、なんだか神秘的に映る。
「もう、ここには居ない、かな」
彼女はそう呟くと、回れ右をしたかと思うと、そのまま立ち去ってしまった。
なんだろう、凄く不思議な子だった。あんな子この街では見かけて事がないから、きっと、他所から来た子だ。
でも、ここには居ないって言っていたけど、誰かを探していたのかな?
事件もそうだが、なんだかその子の事がどうしてか、頭から離れなかった。
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