バレンタインデーチョコレートは呪物だ。

アオヤ

第1話

 『人を呪わば穴二つ』

ホラーの本を読んでいると、たまに出でくる言葉だ。

意味は『人を呪ったりするとその呪いは自分のところに返って来る』という事らしい。


 中二の娘の日記はこんな怖い言葉から始まっていた。

僕はいけない事だと思いながらもリビングのテーブルに無造作に広げてあった日記をつい読んでしまった。



 人を呪うという事は覚悟がいる事だ。

でも私は『呪い』=『恋』だと思っている。

まぁイコールは大げさだけど共通する事はかなり多いと思う。

例えば人に向かって念を込める事とか……

呪われたり、想われたりする事はあまり感じないけど徐々にその人の身体に染み込んでいく。

大きな違いは直接本人になげかける事が出来るか出来ないかくらいだろうか?


 例えばバレンタインでのチョコレート。

今年こそ私の想いは彼に届くだろうか?

呪いだったら私の元にも廻り廻って返ってくるのに。

でも、恋する乙女の気持ちは片道切符だ。

だったらチョコレートを呪物として彼に贈ったらどうだろうか?

私のありったけの想いをチョコレートに込めて。

きっと私の恋は彼を蝕み、そして私に返ってくるのだ。

彼がチョコレートをかじる度に私の想いが彼をかじっていく。

彼がチョコレートを食べ終える頃にはきっと私の想いで彼は私にメロメロになるのだ。



 娘の妄想も凄まじいものだ。

バレンタインチョコレートが呪物だなんて少しぞっとする話しだが僕はこの話しに共感する部分があった。

それは僕が社会人なりたての頃バレンタインチョコレートで苦い思いをしていたからだ。


 僕の社会人一年生はある企業の工場勤務から始まった。

その工場は山あいの盆地に有った。

工場のおかげで町ができたそうで、小さな町の人工の四割くらいは会社関係者だった。

そんなひっそりとした町の工場だから周囲は顔見知りばかりだ。

社会人一年生で何も判らない僕は一生懸命仕事に打ち込んだ。

そしてその場所で暮らしてもうすぐ一年になる2月のバレンタインデーに会社の同僚の女の子からチョコレートを渡された。

「これ… 一生懸命造りました。食べてください」

僕は貰っていいものか迷った末、受け取らなかった。

そしたら工場内に僕は『冷たい人だ』という噂が拡がった。

それだけにとどまらず、休日にいつも行く近所の食堂のオバちゃんに「アナタは冷たい人だね」と言われてしまった。

僕はチョコレートを貰わなかったばかりに町中の人から『冷たい人』と呼ばれる事になってしまった。


 月日が流れ、次の年のバレンタインデーの日がやってきた。

一年遅れで入社してきた女の子に「あの、コレ食べてください」とチョコレートを渡された。

去年あんな事になったので僕はありがたく受け取った。

すると工場内に僕の交際話が拡がり、食堂のオバちゃんに「男ならちゃんとケジメつけなきゃだめだよ」とまで言われてしまった。


 結局、僕は閉鎖的なその工場に馴染めず辞めてしまった。

そんな経験もあって娘の『バレンタインデーのチョコレートは呪物だ』という話しに共感してしまった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バレンタインデーチョコレートは呪物だ。 アオヤ @aoyashou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ