#創作エンディング集

ものくろ

出会い

俺が初めて女の子に出会ったのは、俺が25歳の時だった。当時稼働し始めたばかりのゲームをやりにゲームセンターに友人と通っていて、女の子はそこに来た。

初めて見た時、「ゲーセンにもこんな若い女の子が来るんだな」と驚いた。というのも、ゲームセンター通いはどうしても金がかかる遊びで、通っていると言えるほど頻繁に店に来るやつはたいていが金のある社会人の男だったからだった。

「あの子、またいるけどやらないんかな」

土曜日の夕方、いつも通りゲーセンに行って順番待ち中に煙草を吸っていると、サクが声をかけてきた。携帯を見ていた視線を上げてみると、今日もまた、ゲームを見ているだけでプレイはしない小さな女の子が、筐体から少し離れた場所に立っていた。

「声かけてみれば?」

「えぇ、犯罪者になるの俺らのほうじゃん」

女の子は明らかに中学生くらいの見た目をしていて、大人の男が声をかけようもんなら、それがどういう理由であっても俺らが犯罪者になるのは目に見えていた。中学からの付き合いのサクも同じ考えだったようで、お互い苦笑いをする。

「でもまぁ、可愛い子だよね」

サクがそう言って、順番が来たので筐体の方へ向かう。サクは昔から子供が好き、つまりロリコンなので、またか、と苦笑いをする。


「ハル、お前今日何時までいるの?」

「あー、腹減ったからそろそろ帰るよ」

日が暮れてきて店に来る友人も増えた頃、その日はなんとなく早く帰る気になって、帰り支度をする。

「早いじゃん」

「なんとなくだよ」

「じゃあ、また明日」

「おー」

別に仕事でも義務でもなんでもないのに、当然のように「また明日」と言えるこの関係は、大人になってからの付き合いとしてはとても貴重で、俺はとても好きだった。

そんな余韻を感じつつ、煙草の火を消して店の外に出る。筐体から出入り口までの間で、ほんのすぐ先にいつもの女の子の背中が見えた。

時計は18時ちょうど。中学生はたしかこの時間でゲーセンを追い出される。やっぱり中学生か。そんなことを思いつつ外に出ると、世界は一気に静かになる。

「……はる、さん」

眼の前を歩いていた女の子が俺の名前を呟いたのを、静かな空間で俺は聞き逃がせなかった。

「え、」

「え?」

思わず声を出すと、女の子は驚いた様子で振り返って俺を見た。長く柔らかそうな髪が揺れて、女の子の顔を撫でる。

「今、俺のこと呼んだ?」

近くで話してみると本当に小さい子だな、と思った。中学一年生、もしかしたら小学生かもしれないくらいの小ささと幼い顔。

「え、あ、いえ、その、」

俺の肩より下にある頭がそう言いながらふらふらと揺れて、ミスったな、と内心で思った。

「いや、怖がらせる気はなかったんだ。ごめん」

これはさっさと逃げて、子供に手を出した犯罪者になる未来はなかったことにするべきだ。そう思って、それだけ言って俺は逃げようとした。

「あの、男性、なんですか?」

「……は?」

「あ、いえ、その……お名前が、女の人みたいなので」

何かを書くような仕草をしながら、女の子は顔を真っ赤にしてそう言った。中性的な見た目をしているわけでもない俺がなんで性別を疑われたのかと思ったが、順番待ちの紙にハルと書いているのを見て女とでも思ったのだろうか。

「俺は見ての通り男だし、ハルはハンドルネームだよ」

「はんどる、ねーむ?」

「知らないのか」

「あ、はい……。こういうところに来るの、初めてなので……」

夏の夕方の空気は少し生暖かくて、でも少し風があって、心地よい空気の中で。女の子は戸惑うように笑って首を傾げた。今思えば、俺はその、普通の子供には出せない、見た目に反して少し大人びた雰囲気に最初から惹かれてしまっていたんだと思う。

「ハンドルネームってのは、ゲームで使う自分の名前。みんな本名じゃなくてハンドルネームをあの紙に書いてるよ」

へぇ、と、知らないことを初めて聞いたときの顔をする女の子は、花が咲いたような笑顔をした。戸惑った顔からの表情の変化があまりにも強すぎて、社畜には眩しい笑顔だった。

「じゃあ、ハルさんは、自分で自分にハルって名前、つけたんですか?」

「いや、俺は本名がハルキだからハル」

「そういうのもありなんですね」

「ここでそういう名付けしてるの、俺だけっぽいけどね」

思いの外長話になって、無意識に手が煙草に触れる。ポケットから取り出そうとして、中学生の前で吸うのもなんだかな、と思って手を引っ込める。その動作を、女の子は見逃さなかった。

「あ、私、もう帰らなきゃなので、吸って大丈夫ですよ」

最初の戸惑いの表情は消えて、ずいぶんと作られた笑顔でそうふんわりと言って、女の子は頭を下げてくれる。

「教えてくれてありがとうございました。じゃあ」

そう言って女の子は小さな歩幅で夕暮れを歩き始めた。

「あの。」

数歩歩いたところで、俺は煙草に火を点けながら、その背中に声をかけてしまった。

「今度来たら、ゲームのやり方教えてあげるよ」

ハンドルネームすら知らない子だから、もしかしたらゲームを見ているだけなんじゃなくて、やり方がわかんないのかもな。そう思って、煙を吐きながら、犯罪者とかそういう意識は全くなくなった声で言う。すると女の子は、また花が咲くように笑った。

「はいっ。えっと、じゃあ、また明日?」

「ん。また明日」

手を振ってくれる女の子に手を振り返す。年の差は何歳なんだろうとか、不審者だと思われてないかとか、明日家に警察が来たらどうしようとか、そういうのを考え始めたのは、一本吸い終わったよりもずいぶんと後だった。

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