ギルドの受付嬢がストレス発散のためにゾンビを殺戮するのはおかしいだろうか?

朱之ユク

第1話


「ゾンビによるパンデミックが発生した。この中でゾンビと戦いたいと望むものはいるか!」

 冒険者ギルドの所長によるパンデミック宣言。

 そして、戦う意思のあるものの召集。

 その問いかけにもっとも先に応じたのは冒険者でも一般市民でもなく、ただのギルドの受付嬢だった。

「私が戦いましょう」

 あたりが一気に静かになる。

 当然だ。戦う力を持たないことが多いギルドの受付嬢が一体どうやってモンスターであるゾンビと対峙するのか。それがわからない人間が多いだろう。

 しかし。

 その声を上げたギルドの受付嬢である私には確固たる理由がある。

「1人で1000のゾンビを倒して差し上げましょう。私がいれば一騎当千の実力を見せて差し上げます」

 圧倒的な自由。

 それを実現させるだけの力。

 私はついにそれを手に入れた。

「よく言った。か弱き乙女がその覚悟を見せたことは賞賛に値する」

 周囲には和やかな雰囲気があふれている。

 見目麗しい私がこのように戦う意志を見せたら、他の冒険者もやる気を見せないわけにはいかない。

 だけど、自由に生きるということはもっと派手に生きてもいい。


「後、今日は定時で帰らせていただくのでよろしくお願いします」


「は?」

「ゾンビのパンデミックか何かは知りませんけど、定時帰りは絶対です」

「いや、緊急事態だぞ。残業なんて気にせずに働け」

「そんなの知りません。私は私の生き方を突き通します」

 私は私の生き方を突き通す。

 ゾンビを殺戮するのも、全ては自分のためだ。

「お前、何のためにゾンビを倒すんだ?」

 ギルドの所長が頭が痛いと言ったふうにそういう問いをしてきた。

 どうしてゾンビを倒すのか。

 その問いには簡単に答えられる。

「ストレス発散です」

 セクハラ。

 モンスター部下

 残業。

 その全てのストレスを発散するためだ。私は今まで受けたストレスを解消するためにゾンビを殺しまくる。

 他人を助けたいとか、報酬を得たいとかそんな願いはない。私は自分の行きたいように生きて、ストレスを発散するために活動する。

 それを他人が何というが私はその信念を曲げるつもりはない。

 それを他人がおかしいと言っても私はいうことを聞かない。

 だってそうでしょう?


 ‘ギルドの受付嬢がストレス発散のためにゾンビを殺戮してもおかしくはないんだから。‘

 


* ゾンビパンデミック発生の1日前*


 過去の自分の恥ずかしい言動を思い出して死にたくなるのだが、ギルドの受付嬢がストレス発散のためにゾンビを殺戮するのはあまりにも無謀だ。

 昔の私は本気でゾンビを倒せると思っていた事実が途方もなく恥ずかしくて死にたくなる。

 何をとち狂ってストレス発散のためにゾンビを殺さなくてはいけないのだろう? 

 私が殺されるに決まっている。

 体力はないし、魔法も使えないし、近づきたくないし、そしてそもそも私は自分よりも強いものに抵抗する勇気を持ち合わせていなかった。

 今みたいな状況がまさにそうであろう。

「おい、カリン。聞いているのか?」

「は、はい。愛人契約の話ですよね?」

 ‘カリン、我慢するんだ。’

 私は自分の名前を心の中で何度も言い聞かせながら、胸とお尻を揉まれているこの状況を我慢し続けていた。

 危ない。思わず手が出るところだった。

 ここは冒険者ギルド本部の一室。

 所長室と言い換えてもいいだろう。

 目の前にいる女性はスカーレット・ハイター。

 なんとこの男社会の冒険者ギルドで女でありながら所長まで登りつけた本物の天才だ。天才と言ってもただの天才ではない。

 多分だけど、何か脳機能がバグっているのだと思う。

 この女は可愛い女の子を見つけると自分の愛人にせずにはいられない変態でもあった。

 こうして私の元まで愛人契約の話を持ってきたのも当たり前のことだと思われた。

 ふざけるな。

 どうしてわたしなんだ。

「それでカリン。君はどうしてそんなに嫌な顔をするんだ?」

「いや、別にそんなことは」

「いいか? 君は魔力も少ない。特殊スキルも持ってない。運動神経も悪い。頭は多少いいがそれはあまり強みにならない。そんな君はどうやってこの世界を生き抜くつもりだ?」

 確かにそれはそうだ。

 冒険者には必須の魔力。身体強化は治療、魔法を使うために必要なもの。それが私には少ない。

 特殊スキル。

 誰1人として同じスキルが発現しないと言われるものすごく強い能力。

 そして、運動神経。

 私にはそのどれもない。

 何も持ってない。強いていうなら美しい容姿だけ。冒険者たちはスキルを発言すると同時に魔力も増大して身体能力も向上する。

 私はスキルも発現せず、魔力量もほとんどない。おまけに鈍臭い。そんな私を助けてくれると言えば。

「それは」

「それは強いものに守ってもらうしかない」

「つまり私に愛人になれということですか」

「そういうことだな。別に愛人契約をしてもいいじゃないか」

 男勝りな性格。

 実際問題、男よりも男らしい女(おばさん)であり、見た目も若々しく非常にイケメンだ。同僚の受付嬢には実際かなり人気だった。

 だけど私、女と付き合う気はない。

 だから、この契約をどうにかして拒否しないといけないのに、この人はこの冒険者ギルドの所長だ。

 そんな人の頼みを断ったらどんなことになるかわかったものでは、って、胸を揉むな!

 こうなったらこの女の顔をぶん殴って、ってダメだ。暴力はいけません。

 はあ。

 一体どうしたらいいんだろう?

 面倒くさいことになってしまった。

「わ、わたしはまだ恋愛をする気になれないんですよ。だから愛人契約はちょっと」

「おお、お前恋愛経験がないのか。それはいいじゃないか」

 一言でも間違えたらわたしの立場がなくなってしまう。

 なら暴力、いや、もっとダメだ。

 口を出すのがダメなら手を出そう。

 普通にダメだ。却下である。

 一番いいのはただわたしが我慢することなんだから、愛人契約を受ければいいだけ。だけど、わたしの心は嫌だと叫んでいる。

「流石に初体験は男の人がいいかな、と」

「」

 あ、黙り込んだ。

 よくないことを言ってしまった。

 言ってしまったと言ってもただ口から滑っただけなんだけど、どう考えても所長を怒らせてしまったことには変わりないだろう。

 さよなら、わたしの受付嬢生活。

「わかったよ。君がわたしの契約を受ける気になれないことはよーく理解できた。分かったよ。分かった」

「は、はい」

 どうしよう?

 どうやって言い訳しよう。絶対にクビにされる。

「ところでカリン嬢。君はギルドの受付嬢だったな」

「は、はい。そうですが」

「受付嬢に頼みたい仕事があったんだ。今日中に仕上げて欲しい」

「え?」

 所長の顔が醜く歪んでいる。

 ああ、理解してしまった。

 これはきっと今日中にその仕事を終わらせないといけないという所長からの命令だ。

 もう三十連勤くらいしているのに,また仕事をしないといけないのか。

「ちなみに、今夜の10時なんですけど」

「君は理解していないのか? このギルドではわたしのいうことは絶対だ。それなのに、君はどうしてわたしの頼みを断ろうとするんだ。覚えているのか? わたしの頼みを2回失敗したり断ったりした人間はクビになると」

「もちろん覚えております」

「ではあと二時間でわたしの元にこの仕事を提出して来い」

 カリンは我慢しろ。

 わたしさえ我慢してしまえば、全ては丸く治る。愛人にならなくて済んだんだからわたしは今日中に仕事を終わらせればいいだけなんだ。

「わかりました」

 仕事を受け取って、急いで所長室を出ていく。

 いつだって、わたしが少し我慢すればいい。

 そうすれば今みたいにわたしが頑張れば全て丸く治るんだから。



「はあ、やっと終わった!」

 今の時間は、11時50分。

 ギリギリ今日の範疇に収まっているだろう。

 よくやった私。

 出来上がった資料を所長室に置きに行って、わたしはギリギリ、ギルドの受付嬢を続けられることが決まった。

 このギルドの所長がよくやっている手口。

 可愛らしい女の子に愛人契約を持ちかけて、それを断られると無理難題の頼みを押し付けて、頼みを失敗したということでクビにされるか、愛人になるかを選ばされるという最悪の二択。

 でも、わたしはその二択を回避してみせた。

 やっと終わった!

 体を伸ばして、気持ち良くなっているとわたしはすぐに所長室に持って行かないといけないと思い出して、それを持って行こうとする。

 ああ、早く家に帰って本を読みたい。

 本を読んでいる時間だけがわたしにとってのパラダイス。明日は久しぶりの休日だから今日は気がすむまで本を読むことができる。

 今日受けたセクハラのストレスをそれで発散することにしよう。

「あ、カリンさん。なんでまだいるんですか?」

 わたしがそんなくだらないことを考えていたところだった。所長室から美人受付嬢が出てきたのは。

「あなた、何やってたの?」

「は、そんなのカリン先輩にそんなこという理由なんてないですよね? それとも理解できないんですか? わたしが所長に何か言ったらカリン先輩なんてすぐにクビですけどね」

「はあ?」

 なんだろう? 

 ものすごくイラッとした。何か後輩なのに私の方が偉いんだぞという圧を感じた。

 抑えろ。わたしが我慢すればいいんだ。

 ちょっとイラッとしても我慢すればいい。

「あっ、でも所長って結構優しいんですよ。先輩は知らないでしょうけど。だから受付嬢をクビにされるんじゃなくて冒険者として働かされるかもですね。先輩にはそっちの方がいっか」

 そんなわけないでしょ。

 言い返したいけど、言い返したら面倒なことになる。

 あの所長に何かを言われたらきっと私の立場がなくなる。せっかく手に入れた受付嬢生活を手放したくない。

 それにむかつくときは私が我慢さえすればいいんだ。

 もし目の前の女に私が愛人契約を持ちかけられたと知られたら問題が起こってしまうだろう。絶対にバレないようにしよう。

「でも先輩鈍臭いからゴブリンとかゾンビとかに食べられちゃうかもですね」

 我慢、我慢しろ。

 きっと我慢すれば全てが丸く治る。

「わたしは所長の女なんです。あんまり調子に乗らないでくださいね」


 スキルーーをかくーーしまーーーた。


 イラッとした気持ちを抑える。

 なぜか無性にムカついたけどまだ我慢できる。

 イラッとしすぎて何かスキルが発現しそうになった気がするけど多分私の勘違いだろう。感情によってスキルが発現するなんて聞いたことがない。

 どうせこの女は体を打って所長に取り込んだくせに自分のことを所長の女と勘違いして気持ち良くなっているだろう。ろくな女じゃない。

 だけど、所長のお気に入りは給料も上がるんだからきっとわたしなんかよりもたくさんもらっているのか?

 そう考えたら余計にムカついてきた! 

 どうしてこの女よりも働いているわたしがちょっとしか貰えないの!

 おかしいでしょ!

 どうせクビになるかもしれない職場。もう所長に言いたいことを行ってもいいんじゃないか?

 よし、言いたいことを言ってやろう。

 それでストレス解消してやろう。

 そうやる気を持ってわたしは所長室の扉を開けた。

「所長!」

「うるさい!」

「すいません!」

 先ほど言いたいことを言ってやろうと言ったな。

 それは嘘だ。絶対に所長に何か意見をするなんてできるはずがない。よくあることだ。よくあることじゃないか。

 心の中ではボロクソに貶していても、現実では何も言えないということがよくある。

 よく見ると黄金で飾り付けられている所長室には所長以外には1人の好青年がいた。金髪で爽やかな見た目。よく鍛えられているその肉体から彼がかなりの実力者であることが感じられる。

「で、なんだ。今忙しいんだけど?」

 所長は色々とイラついているような感じで、私には話しかけてきた。金髪の彼については話さないのか。

「えっと、頼まれた仕事が終わったんですけど」

「そうか。では次の仕事だ。今からダンジョンに行ってこい」

「え?」

 いや、今仕事を終わらせたばっかりだし、もう0時に近いし、流石に行きたくない。

「聞こえなかったのか? ダンジョンに行ってこい。何かダンジョン内でイレギュラーが起こったらしいからな。冒険者にこの剣を渡したいんだ」

 ああ、これが愛人契約を断ったものの末路か。何度も何度も無理難題を押し付けて私をクビにできるようなボロを出すまで待っているつもりだ。

「この男も一緒についていく。だけど、一応お前もいた方がいいだろう。カイル自己紹介してやれ」

 そういうと金髪の男の子が私の目の前に立って、自己紹介を始める。

「初めまして、俺の名前はカイル・シンドロームだ。年は15歳。これでも新人じゃないから勘違いするなよ?」

「あ、カリン・ネイビーです。よろしくお願いします」

 そうして握手しようと手を出した瞬間だった。


「ああ、そういうのは大丈夫だ。握手とかコスパ悪いだろ? 普通に自己紹介だけで充分だから」


 は?

 この国では自己紹介して握手するのが当然。それなのに、握手しないとかよっぽど私のことが嫌いなのかな。

 男の子で私にこんな扱いをしてくる人は初めてだ。

 ちょっと体験したことない人でドキドキするかも。

「というかこの人に短剣を運ばせるなら俺がいる意味ないよな? 1人で運んだほうがコスパいいんだから?」

「 キモ」

 前言撤回。

 何この男。普通に気持ち悪い。

「今疲れてるんだ。だからカリンが俺の荷物全部持て。そっちの方がコスパがいい」

 我慢しろ。

 我慢しろ。

 我慢しろ。

 こんな男に惑わされるな。

「なんだ? 泣いているのか?」

「泣いてませんけど」

 どうして私ばかり我慢しているのだろう?

 真面目に働いている人間ほど、ストレスが溜まっていく。

 これはきっと神様が何かを間違えて作ったからに違いない。

「場所はこの王国の首都からすぐ近くのダンジョンで、多くの冒険者が待っているはずだ。そうしたらこの武器を渡せ。これがあればなんとかなるから」

「はい」

 何これ? 聖属性の短剣?

 これで自殺でもしろっていうのかな?

 愛人にもならない女には用がないの?

 せっかくもう帰れると思っていたのに。

「この仕事が終わったら」

「わかりました」

 机に置かれた短剣を握りしめて、私は急いで所長室を飛び出した。いな、飛び出さざるおえなかった。

「いくぞカリン。後俺の方が強いから敬語使えよって置いてくな!」

 誰が一緒に行くか。

「ちょっと待てよ」

 私は当然の如く目の前のカイルとかいう男を置いていって、すぐに走ってダンジョンに向かった。

 ダンジョンに向かう途中。ショーウィンドーに映る自分の顔を眺めるとそこには母親譲りの美しい顔が現れた。もちろんそこにはカイルとかいう金髪の男の姿はない。

 この国では少しだけ珍しい宝石のような輝く黒髪。透き通るような赤い瞳。スラット伸びたスタイル。

 人はわたしのような女性を美人と呼ぶ。

 いや、美人というよりも可愛いっていうのかな?

 とにかくわたしはこの国の美的感覚に完璧にハマった超絶美少女だ。

 もちろん小学校でも中学校でもとんでもなくモテて、大して成績もよくなかったのに、スキルもゲットできていなかったのに、冒険者ギルドの就職することができた。

 もちろん、最初は美人で良かったと思ったけど、徐々にその考えは改め直すことになる。

 まず理由の一つ目がナンパが面倒臭いこと。

 一体自分のどこに自信を持っているかは知らないけど、わたしへのナンパが面倒臭い。

 二つ目に顔だけで冒険者ギルドの受付嬢に就職してしまったこと。

 これは完璧に失敗だった。

 理由は簡単で所長の愛人にならないかとものすごく言われてしまったことが原因だ。今日みたいなことはもう何回も起こっている。

 わたしの貞操ももう少しで失ってしまうかもしれない。

 はあ、なんか思い出してきたらムカついてきた。

 どうしてわたしがちょっとかっこいいだけの女の愛人にならないといけないんだろうか。

 そんなのは間違っているに決まっている。

 ああ、どこかにわたしのストレスを解消してくれるものはどこかにないのかな。

 このままだとストレスで死んでしまう。

 カリンさん16歳がストレスによる心停止で死亡。

 全く笑えない。

 今のうちにストレスを解消する方法を見つけておかないといけないな。

 ストレス解消。

 たとえばなんだろう?

 ものすごくおしゃれして可愛くなって街を遊ぶ?

 だめだ。

 そんなことをしたら街のイケメンたちが私にナンパして1人で遊ぶどころではなくなる。それに私が遊びに行くところなんて本屋さんくらいだ。

 本屋に行くのに気合い入れた可愛くなる女。

 惨めもいいところだろう。

 おしゃれがだめならなんだろう?

 美味しいものをたらふく食べるとか?

 だめだ。

 美味しいものは好きだけど、好きなものを好きなだけ食べられるお金はもらってないし、太ったら大変。

 私の顔のみで受付嬢になったのにその顔が醜くなったら所長にすぐにクビにされてしまうだろう。

 美味しいものをたくさん食べるのは却下です。

 じゃあ、他に何があるんだろう?

 やっぱり最後には本を読むことに戻ってくるらしい。だけど、最近は本を読み尽くして読みたいと思える本も少なってきたんだよな。

 漫画とかがあるみたいだけど、一度読んでみたらストーリーが子供向けっぽかったし、あんまり好きになれなかった。

 というわけで数年後も本を好きになれるかはわかったものじゃない。

 他に何かストレス解消になるものはないのかな?

 そんなことをずっと考え続けていた矢先。私の耳に聞き覚えのない音が聞こえてきた。

 パンという音が定期的に近くの施設からなってくる。

「あっ!」

 この音は確か聞き覚えがある。

 最近他国から流入してきたジムという施設にある一つの道具。スポーツセンターに打ってあるともいう殴られるためだけに生まれてきた代物。

「サンドバック」

 それがあれば私もストレスなく生活できるかもしれない。

 私はサンドバックがなっているジムに入って、そこにいた人にサンドバックを打ってもらえないかと聞いてみた。

「おじさん! そこのサンドバックって売ってるの」

 カリンからすればこのサンドバックに嫌いな上司のイラストを貼り付けて蹴ったり、殴ったりすればストレス発散になる気がしていた。

 それに運動不足解消にもなる。

 まさに一石二鳥。

 サンドバックを手に入れない理由がない。

 だけど、その好奇心だけでおじさんに質問したのがよくなかった。

「嬢ちゃん。このサンドバックは売り物じゃないんだ。だけど、嬢ちゃんはすげえ美人だから売ってやってもいいぜ? ただちょっとベッドで楽しませてもらうけどな」

 ウゲえ。

 忘れていた。

 自分が美人であることにうんざりする理由その3。

 ニヤついた気持ち悪い男が性的な目で見てくる。

 スタイルがいい人は全員理解できると思うのだけれど、話をしている最中に胸や顔をジロジロ見られるのは相当ストレスが溜まる。

 考えてみて?

 大して好きでもない男の人が胸の谷間を覗こうと前屈みになっている姿を。ものすごく気持ち悪い。

 ちなみに今も目の前のおじさんが似たような感じになっている。

 正直に言ってキモイです。

 サンドバックを買おうとして、サンドバック以上のストレスを感じてしまった。最悪だ。

 こんなことになるなら無防備に男性の近くによるべきではなかったのに、ストレスを解消できるチャンスだとわかっていたらそれを忘れてしまった。

 とりあえずこの店から逃げないと。

 こんな男に乱暴されたら私は自分を許せない。死んだ方がマシだ。

 ただでさえちょっと挨拶したくらいで勘違いした男が 告白してくる世の中。

 興味のない異性の好意ほどいらないものはない。

 申し訳なさそうに持っていた短剣を男に向けながら店を出て行って、私はまた帰路に着く。

 間違えた。 

 今は家じゃなくてダンジョンに行かないといけない。そもそもサンドバックなんて今の仕事に全く関係なかったのに、何を考えていたのだろうか。

 こんなことが続くと自分が嫌いになってしまう。

 さっさとダンジョンに向かおう。

「おい、ちょっと待て! なんで置いてくんだよ?」

 ちっ。

 会いたくない人物に会ってしまった。

「あなたに会いたくないからです」

 とはもちろんいう訳ない。

 私がそう思っても私が我慢すれば相手は嫌な思いをしないんだから、私が我慢すべきだろう。

「さっさとダンジョンに行こうか。あ、一緒にだからな。お前1人でダンジョンに行ったら何が起きるかわからないから同行するからな」

 まあ、仕方ないけど、いいか。

 そう思って走り出したら思いの外すぐに目的のダンジョンに到着した。

 ちなみにカイルはきちんとついてこれたようだ。

 何のために私が走ったと思っているんだろう? 

 ムカつく。

「ダンジョンには異変はないようですね?」

 いつもと同じダンジョンの入り口。

 いつもと同じ空気感。

 そして、いつもと同じくほとんど冒険者がいない環境。

 まあ、特に異変はない。

「そんなわけないだろ? ここには冒険者が大量にいるはずだったんだ」

「そういえばこの短剣って何に使うんだっけ?」

「だからここにいるはずの冒険者に渡すために渡されたんだよ」

「まあ、わかんないけど、いいか!」

「おい、俺の話を聞いてるのか!」

「ん? あなたこそ何を言っているんですか?」

「はあ? だから俺のいうことを無視するなよ」

「は? 私は独り言を言っていただけですけど」

 私の独り言に勝手に反応するとかマジでキモイんですけど。

「はあ? お前マジで会話の王道とか知らないのか? 頭おかしいだろ」

 まあ、そんなことはどうでもいい。

「お前はもっと王道というものを知った方がいいな」

 そう言えば辛くてよく聞いていなかったけど、この短剣は一体何に使えばいいんだろう? 確か冒険者がなんとかと言っていた気がする。

「無視するなよ」

 もしかして私がモンスターを討伐するってこと?

 いやいや、流石にそんなことは、ない、かな?

 もしかしたら普通にありえるかもしれない。

 自分のものにならない私という女は死んだほうがマシということなのかな?

 いや、流石にそんなことは、ないよね?

 とりあえずこんな夜中に冒険者の人はいないし、どうすればいいんだろう。1人でダンジョンに入るのはよくないと思うし、多分死んじゃう。

 プロの冒険者の人がいないと流石に厳しいだろう。

 うーん、どうしよう?

 森林に囲まれた夜のダンジョンは一瞬の魔力的な魅力を醸し出していたけど、その中に入るわけには行かないだろう。

 それこそ愚かな屍人になるわけには行かない。

 ゾンビになるのはゴメンである。

「まった」

「ん? どうした?」

 今の私には聖属性の武器がある。

 私は懐から短剣を取り出して、それを眺める。やはりよくギルドで見かける聖属性の武器。

 ゾンビのようなアンデットに対して圧倒的な有効性を持つ。

 これさえあれば大体ゾンビを倒すことができるだろう。じゃあ、もうダンジョンの中に入ってもいいか!

「あ、ちょっと待った。今所長から連絡されているから、ちょっと待っててくれ」

 というか冒険者に関連する短剣なのだからおそらくこれを冒険者にでも渡せばいいんだろう。

 仕方ないから入ってしまおう。

 難しく考えるよりも全然いい。

 カイルは何やら連絡魔道具を使っているから、置いていこう。ついてこられたくないしね。

 一歩踏み出してダンジョンの中に踏み込んだ瞬間。

 私はその決断を後悔することになる。

 冒険者たちの大量の死骸。ハエが集っているくさい肉塊。そして、ダンジョンの入り口に1人佇んでいる腐臭がすごい一体の人間。

 ダンジョンの外からでは暗くて見えなかったけど、そこは明らかにモンスターに敗れた冒険者の死骸が放置されていた。

「あっ」

 思わず口から嗚咽が漏れる。

 その嗚咽がモンスターの耳に聞こえた。

 あまりにも汚い音を出しながらそのモンスターは私に向かって進んでくる。足がすくんで動けない。

 動いて。

 動いて。

 動いて! 

 そのモンスターが私の目の前にやってきた。

「ゾンビ」


 冒険者ギルドの受付嬢はモンスターの情報を詳しく知っている。それはカリンも例外ではない。


 あれはゾンビだ。

 どう足掻いても私では勝てない。

 それにゾンビに殺されたとしたら周りの冒険者も時期にゾンビになって立ち上がってくる。

 人間のような見た目、肉が腐ったような腐臭。

 そして何より殺した人間を同じゾンビというモンスターにするというおそろしい特性。

 私なんかじゃ絶対にかなわない。

 嘘だ。

 私の人生はここで終わってしまうの?

 ものすごいスピードで近づいてくるゾンビをぼんやり眺めながら、私はそんな訳はないと思い出す。

 今の私には聖属性の短剣がある。

 それさえあれば、私はこのゾンビに打ち勝てる可能性がある。

 だけど私は完璧な思い違いをしていた。猛スピードで近づいてくるモンスター相手に私の細腕で短剣をタイミングよく引き抜けるわけがなかった。

 重いっ!

 完全にタイミングを逃して、私は剣を取り出そうとした右腕を噛まれてしまった。

 ああ、終わった。

 そう思った瞬間に走馬灯のように私の過去が流れ混んできた。


 幼少期の記憶。

 心の優しい母親はいつも冒険者の父に暴力を振るわれていたらしい。私が眠りについて、父親が酒を飲み始めてから暴力が振るわれていたから私はそのことに気付かなかった。

 母はきっと自分だけが我慢すればいいと思っていたんだろう。

 口癖のように「困ったことが起きたら自分の中に押し込んで我慢しなさい」と言っていたっけ。

 そんなことだから今の私にも我慢する癖がついてしまった。

 だけど、母は私が5歳になる頃に死んでしまった。

 原因は不明だけど、自分で自分を殺してしまったのだと思う。

 そのころに父は出ていってしまって、私は親戚の家に預けられた。今思い出しても本当に自分勝手な父親だ。

 絶対に許してやらない。


 思春期の記憶

 母親譲りの美しい容姿を受け継いでいた私は、男の子たちからものすごくモテた。

 当然のことだろう。

 私だって自分のことをものすごく可愛いと思う。だけど、クラスメイトの女の子にはそれが嫌に思えたのだろう。

 ムカつくけど、私に対してモノを隠したり、悪口を言ったり、気持ち悪い嫌がらせをしてきた。

 いじめって言っていいのかはわからないけど、とにかく嫌がらせが酷かった。

 そんな時に私の心を支配していたのは私だけが我慢すればいいという思いだった。

 私さえ我慢すれば全てが丸くおさまる。

 その考えだけで、私はひたすらに嫌がらせを耐え続けて、何も感じていないかのように振る舞う様子を見ていじめっ子たちもつまらなく思ったのか、彼女らは次第に何もしてこなくなってしまった。

 私があの頃の自分に何か言えるとしたら一言だけ。

 よくやった、私。


 成人後。

 もう言うまでもない。

 就職した冒険者ギルドで散々セクハラにモンスター部下に残業で碌な人生を歩んでいない。

 私の人生はいったい何だったんだろう?

 こうやって楽しくもない人生を送ってきて、最後は所長にこき使われてゾンビに噛まれて死亡。

 私はいったい何をしたかったのかな?

 こんなことになるのなら中学生時代に求婚してきた老人に嫁入りすれば良かった。

 そうすれば毎晩我慢すれば死ぬ危険などなかっただろう。

 私だけが我慢すれば、安定した人生を送れた。


 いや、私は何を言っているのだろうか?

 私だけが我慢すれば?

 そうやって暮らしてきて私にどれだけのストレスがかかってきたというの?

 私だけが我慢すればいい、そんなことを考えて私は今まで不幸になってきたというのに、どうしてそんなことを考えてしまうんだ。

 私は私の好きなように生きないといけない。

 誰かに縛られる筋合いなんてない。

 これからは自分の好きなように生きる。

 だから、こんなところでゾンビに噛まれて死ぬわけには行かない!


 その瞬間、脳裏に閃光が走った。


スキル<<自由憧憬>>を手に入れました。


 自分にスキルが手に入った。

 その事実だけで十分だった。

 私は自由を手に入れるまでは死ねない。

 その考えが脳内を支配した時に、私の中で力が爆増した。

 魔力を腕に込めて、私はゾンビを薙ぎ払う。

 魔力を込められた腕は一気に力を増し、噛まれた部位を治療して、ゾンビの頬を裏拳で吹き飛ばす。

 先ほどまではまるで死神のように考えられたゾンビが今は全く怖くない。

 私は聖属性の短剣を取り出して、それで切り裂こうとする。

 だけど、そんな簡単な殺し方をするよりも短剣を投げてゾンビの頭に突き刺した方がもっと気持ちいいだろう。

「私が魔力で力の強化して、聖属性の短剣でゾンビの頭を叩き割る」

 おおきく振りかぶって、腕をしなやかに死なさせる。

 まるで体をゴムのようにして短剣を投げつける。

 ははっ、上手く行った!


「1番気持ちいい方法で相手を倒す! これが戦闘の王道でしょ! コスパ最強だよ!」


 狙い通りにゾンビの頭に短剣がぶち当たって、ゾンビは動きを止めた。

 聖属性の短剣により命を落とした。

「はあ、はあ」

 息を切らしながら、私はダンジョンから急いで逃げる。

 ここにいたら鼻が故障してしまいそうだ。さっさとこんなところから出ていきたい。

「おい、カリン! お前どこいたんだよ! やっぱりダンジョンにいたのか、って、何があった?」

 カイルも一眼見て私の変化に気づいたらしい。それもそうかもしれない。私の魔力が爆増している姿を見れば明らかに何かあったと察することができるだろう。

「私は自由を見つけたの」

「意味がわからない」

「私は自分の中のゾンビを倒せたのよ」

「コスパよく敵を倒したのよ」

「なるほど、つまりゾンビを倒したのか」

 やっと理解してくれた。

 今の私はゾンビを倒して気分が絶好調。自由に生きると決めたし、次はどんなことをしようかな?

 うふふ。

 これからの人生が楽しみすぎる!

 そんな気分に浸っている中、急にカイルが独り言を言い出した。

「でもよかったな、カリン。戦っている相手がゾンビで」

「そうだね」

「知ってる? ゾンビって一体だけだと基本的に最弱なんだよ」

「すごーい」

「冒険者の間では基本的にゾンビはこう言われているんだ」

「へぇ、なんて言われてるの?」

 長々とした独り言の後にカイルは私にとって重要な言葉を言い放った。


「サンドバック」


「えっ?」

 サンドバック?

「ああ、「冒険者のサンドバック」。弱すぎてサンドバックのように殴れるからな」

「その情報ほんと?」

「本当だけど(やっと会話してくれた)」

 ああ、よかった。

 これからの私の行動指針が決まったよ。

「カイル!」

「いや、俺の方が強いんだから敬語使えよ」

 うざったいことを言うな。

「カイル! 私はこれからゾンビを殺しまくろうと思う!」

 ああ、私の自由はゾンビだ。

 これからはゾンビをサンドバックにして気持ちよく生きていこう。

「でもいいのか? ギルドの受付嬢がゾンビを殺戮しても? 印象悪いぞ?」

 ふふ。

 そんなことは全く気にしないでいいのよ。

 全然問題ない。

「カイル! よく聞きなさい! ギルドの受付嬢はストレス解消のためにゾンビを殺戮してもおかしくない!」

 こうして、私は自由を手に入れた。




 *


 作者からのお願い。


 この作品「ギルドの受付嬢がストレス解消のためにゾンビを殺戮してもいいのだろうか?」はファンタジア大賞に投稿する予定の作品です。


 そのため読者の皆さんにどれくらい面白いか感想をいただきたいと思っています。


 無理に感想を言えとは言いません。


 この作品全く面白くないな、と思われたら感想などいらないので、もし心優しき人がいらっしゃったらこの作品の1話の感想を感想コメントやレヴューとして投稿していただければありがたいと思います。


 もう一度言いますが、無理にとは言いません。

 それでも読者の皆様に余裕があれば感想を頂ければ作者は嬉しく思います。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ギルドの受付嬢がストレス発散のためにゾンビを殺戮するのはおかしいだろうか? 朱之ユク @syukore16

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画