第26話 飲み会の後
オオタ達は、酉の刻前に帰って行った。
酒は全部土産に、と置いていき、居間は酒瓶が一杯だ。
酔い止めのおかげか、少しふわっとした感じはあるが、気分は悪くない。
「マツさん、よく匂いだけで当てられましたね」
「うふふ。マサヒデ様、ほとんどの酒は分かります、なんて嘘ですよ。
普段から、全然呑んでないのに」
「ええ?」
くすくすとマツは笑い、
「うふふ。オオタ様のことですもの!
ああ言えば、それはもう希少なお酒を出すに決まっているではありませんか!」
「え、まあ、そうかもしれませんが」
「こう見えても、私、姫ですから、高いお酒でしたら、少しは分かります。
そうしたら、予想通り! うふふ、それにしても、王宮御用達のお酒だなんて!
お忘れですか? 私、王宮務めもしておりましたのよ」
カオルが笑い出し、
「ふ、ははは! 奥方様、やりますね!」
「外れても、珍しいお酒は呑めますもの。
開けてしまったら、味が落ちないうちに、すぐ呑みませんとね。
うふふ。如何でしょう?」
「はっ、ははは! マツさん、お見事です!」
「あーっはははー! マツさん、ずるいー!」
「うふふ」
笑いながら、マサヒデは居間を見渡し、
「さあて、この酒、どうしましょうか」
「呑んじゃう呑んじゃう!」
「高い酒もあるじゃないですか。全部呑んじゃうんですか?」
「開けたらすぐに呑みませんと、味が落ちてしまいますものね。
早いうちに呑んでしまいませんと・・・」
ぽん、とマツが手を叩き、
「あ、そうだ! もうすぐクレールさんが帰ってきますね!」
「あ! マツさん、あれか!」
「そう! 飲み比べと行きましょう!」
マサヒデは呆れた顔で、
「ええ? マツさん、本当に飲み比べするんですか?」
「強い物もありますし! ね、シズクさん?」
「うん! やろう!」
カオルが笑いながら、
「では、何か買ってきましょう。
つまみになるものを御用意します」
「カオル、気が利くー! よろしく!」
「うふふ。カオルさん、お願いしますね!」
カオルは笑顔で頷いて、マサヒデの方を向き、
「ところで、ご主人様。気分は如何でしょう?」
「ああ、全然悪くないです。結構な量を呑んだのに。
ちょっとふわっとした感じはありますね。
でも、全然酔ったって感じはしません。いや、すごいです」
「あ! じゃあ、マサちゃんも一緒に呑もうよ!
酔い止めがどこまで効くか試そう!」
カオルがシズクに顔を向け、
「シズクさん、駄目ですよ」
マサヒデに顔を戻し、
「ご主人様、早ければそろそろ薬が切れてくる頃です。
今のうちに湯で身体を清め、本日の夕餉は軽く。
まだ早いですが、夕餉を食べたらすぐお休み下さい。
湯も、湯船には絶対に入らず、さっと身体を洗うだけでお済ませ下さい。
もし酒が回ってきたな、と感じたら、途中でもすぐにお戻りを」
「ん、分かりました」
----------
がらりと湯の扉を開け、マサヒデが服を脱いでいる時。
(う?)
湯の湿った空気に混じって、脱いだ服から、酒くさいあの臭い。
思わず顔をしかめてしまった。
なるほど、身体を清めろと言われるわけだ。
このまま寝たら、布団が臭くなる。
脱いだ服を、ばさ、と軽く振り、畳んで棚に置く。
からりと湯殿をの戸を開けて、桶に湯を満たし、身体をこする。
(ふむ、今のところは、全然回ってこない・・・な?)
酔い止めがよく効いている。
カオルの調薬は素晴らしいものだ。
これで、パーティーの日も助かるだろう。
ばしゃ、と勢い良く湯をかぶって、さっと身体を拭き、ぎゅ、と手拭いを絞る。
立ち上がって「ぱしん!」と濡れた手拭いを肩から背中に当て、マサヒデは湯殿から出て行った。
----------
(お)
湯から戻ると、玄関前で女性陣の賑やかな声。
クレールの笑い声も聞こえる。
(ふふふ。盛り上がっているな)
からからから・・・
「只今戻りました」
「あっ!」
とクレールの声が聞こえ、カオルがさっと出て来た。
「おかえりなさいませ。ふふ、始まっております」
居間に上がっていくと、ワインの瓶が増えている。
クレールがホテルから持って帰って来た物だろう。
「戻りました。皆さん、楽しそうじゃないですか」
シズクがグラスを上げて、
「うはははは! たーのしいよー!」
豆腐、枝豆、刺し身、唐揚げ、照り焼き。
三浦酒天で買ってきたのだろう。
さすがにカオルでも、これだけの時間では作れまい。
「では、私も少し」
「ご主人様、酒は」
「ええ、分かってます。つまみの方を」
座って、爪楊枝が刺された唐揚げをつまむ。
「うん、三浦酒天のですね。美味しい」
刺し身に照り焼きと、ぷすぷすと爪楊枝を刺して食べる。
「さて。では、そろそろ寝ますね」
マサヒデが立ち上がろうとすると、クレールが寂しそうな顔で、
「もうですか? まだ早いのに・・・」
「申し訳ありません。そろそろ、酔い止めが切れるかもしれませんから。
横になっておかないと、また二日酔いになってしまいます」
「ううん・・・」
「では、皆さん、楽しんで下さい」
「はぁい・・・」
「おやすみなさいませ」
「おーやすみー!」
マサヒデが奥の間に引っ込むと、少ししてカオルが「失礼します」と襖を開け、
「頭痛薬をここに置いておきます。
夜に目が覚めて、ずきんと来ましたらば」
と、枕元に盆を置いた。
湯呑と薬が乗っている。
「ありがとうございます」
「それでは、おやすみなさいませ」
「おやすみなさい」
カオルが廊下で頭を下げ、すー・・・と襖が閉じられた。
横になって布団を被ると、襖の向こうから、皆の笑い声が聞こえる。
目を閉じてしばらくすると、急に眠気が襲ってきた。
薬の眠気ではないだろう。
感じていないだけで、やはり酔っているのだ。
「ふう」
と小さく息をついて、目を開ける。
ぐるぐる回るような感じは一切しない。
襖の向こうから、女性陣の華やかな声が聞こえる。
もう一度目を閉じ、少しすると、マサヒデは眠ってしまった。
勇者祭 19 出産祝い 牧野三河 @mitukawa
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