第19話 魔王の生活とシズクの買い物


 魔術師協会、居間。


 マツ、クレール、シズク、カオル。

 女性陣が茶を啜りながら、マツを見つめる。

 マツが魔王の仕事、というものを話し出した。


「奥方様。魔王様は、普段はどのような生活を?」


「お父様、朝から晩まで、魔の国全体から届く書類とずっと睨み合いなんです。

 ペンだこで、指が変な形になってるんですよ!

 毎日、机にはこーんなに高い書類が、いくつも!」


 マツがこんなに、と顔くらいに手を上げる。


「ええ? そういうのって、部下の人がやらないの?」


「勿論、皆様お手伝いはしてますとも。

 お城まで届くのも、市町村長だとか組合長では決裁出来ない物だけです。

 でも、魔の国の市町村の数、考えてみて下さいな。色んな組合もいーっぱい!

 各省庁を通って、皆様もお手伝いをして、やっとあの量なんですもの。

 そこに、他国からのお手紙なんかも届きますし。

 それら全部に目を通して、決裁して、指示して、お手紙にお返事を書いて・・・

 そんな仕事しながら、来客もありますし、祝祭や、パーティーも開いたり」


「魔王様って、大変なんですね・・・」


「目が痛いとか、肩が凝って死にそうだ、腰が、背中が、なんてぶつくさと。

 パーティーの準備も大変でしょう? この何倍も大きな物を準備するんですよ」


 シズクが、うんざり、という顔で、


「うへえー! って、私は何も準備の手伝いしてないけど」


「皆の前では格好つけて、威厳をって気合を入れてるんです。

 いつも甲冑を着て、兜を着けてるのは、疲れた顔がバレないようになんですよ。

 兜だけだと不自然だから、甲冑もだなんて! いくらお父様でも疲れますよ。

 うふふ。肩を叩いたり、背中を揉んであげると、それはもうお喜びになって」


 クレールが驚いて、


「ええー!? そうだったんですか!?」


「毎日山のような書類と格闘しながら、パーティーもして、お客様の相手をして、お手紙を読んで、お返事を書いて。徹夜もしょっちゅう! 豪華なのは見た目だけ。労働基準法なんて、完全に無視なんです。嫌ですよ、あんな仕事! 王位なんて、絶対にいりません」


 カオルが笑いながら、


「ふふふ。ご主人様が魔王様の前に立ったら、魔の国を半分下さい、とお願いして頂きますか? 魔王様もお喜び頂けましょう」


 マツがにっこり笑って、


「それはもう! お父様は飛び上がって喜ぶと思いますよ」


 あれ? とクレールが首を傾げ、


「ちょっと待って下さい。今まで、勇者祭で勇者になられた方々は、なんで国を下さいって言わなかったんでしょう?」


「国を願った方もおられますよ」


「でも、勇者の国はありませんよね?」


「お父様、そういう方々には、いきなり国の経営は無理だろうから、まずは何年かどこかの領主のお仕事をお手伝いして、勉強なさい。それから、もう一度、国が欲しかったら言って下さい。それでも欲しかったらあげますって言うんです。皆さん、何年もせずにうんざりして、何か貰って帰ります」


「あはははは! そんな仕事はしたくないよねー!」

「ですよね! あははは!」

「ふふふ」


 と、皆が笑っていると、は! とクレールが笑いを止め、


「あ! うぁーっ! そう言えば、昔、うちに勇者だったって人がいましたよ!

 ほら話だと思ってましたけど、本当に勇者だったんでしょうか!?

 武術指南してて、お父様のお仕事も手伝ってたみたいです。

 すぐ居なくなったので、何かお父様の機嫌でも損ねたのかと思ってましたけど」


「うふふ。本当に勇者の方だったかもしれませんね」


「はあー・・・もう少し、お話ししておけば良かったかも・・・」


「皆様、勇者になっても、絶対に国が欲しいなんて言わないことです。大変ですよ。

 クレールさんも、トミヤス家に入って良かったですね。

 領地経営しろって言われても、逃げられますもの」


「はい! 逃げます! そんなお仕事は嫌です!」


「でも、言われたら少しはお手伝いはしませんと、ワインが分けてもらえなくなるかもしれませんね」


「ええー! ううん・・・頑張ります・・・」


 クレールがのっぺりと畳に頬を貼り付けると、ちりん、と風鈴が鳴り、真っ二つに斬られた懐紙がひらりと舞って、鼻先を飛んで行く。目だけ動かして追っていくと、するりとカオルが手を伸ばし、カオルの懐に入って行った。



----------



 マツが立ち上がって、机の前に座る。


「さて、招待状の送り先をもう一度確認しましょう。

 お送りした分は減らせはしませんが、不足があるといけませんし。

 クレールさん、手伝ってもらえますか?

 カオルさんには、お薬を作って頂いて」


「は」「はい!」


 シズクは自分を指差して、


「ね、私も何か手伝う事ない?」


 皆がシズクを見る。


「ええと・・・」「・・・」「あの・・・」


 部屋が静かになる。


「分かったー。寝るー」


 ごろん、とシズクが横になる。

 あ、とマツが手を叩き、


「あ、そうでした。夕餉のおかずを買ってきてもらえますか?

 カオルさんは、お薬を作って頂かないとなりませんし」


 ん、とシズクが起き上がり、


「分かった! 何にする?」


「お魚にしましょう。マサヒデ様が好きな、鮎とかニジマスとか。

 好物でしたら、食べられるかもしれませんし」


「あんなにぐったりしてたけど、食べれるかな?」


「余るのでしたら、シズクさんとクレールさんで半分こしましょう。

 そうそう。お米もそろそろでしたね。買ってきて下さいな」


「分かった!」


 起き上がってシズクがどすどすと出ていく。


「あ、ちょっと! シズクさん!」


 慌ててカオルが止め、


「お金をお持ちします。買い物なんですよ?」


「あ、ごめんごめん!」



----------



 シズクが市場に歩いて来る。

 この辺りは初めてだ。

 皆がシズクを見て驚き、道を開けていく。


 マサヒデと会う前は、人目につかないよう、町に着いたら裏路地の汚い宿に一直線で引っ込んだ。

 皆を驚かせてしまうと分かっていたから、ほとんど外出はしなかったし、外出する時も、頭に何か被ったりしていた。

 今日は何も被っていないから、鬼の姿を丸出しだ。


「ん・・・んんー・・・」


 気不味い。

 少し肩をすくめて、シズクが魚屋を探しながら歩いて行く。


(あ、あった)


 魚屋の前に立つと、さー、と店主が顔色を変える。

 後ろで、皆が遠巻きに見て、こそこそ何か話している。


「あ・・・ううんと、鮎、あるかな。ニジマスでも良いけど」


「へい! こちらです!」


 編み皿に乗った鮎を、店主が捧げ持つ。


「あのさ、そんなにビビらないでよ。何もしないよ」


「へい!」


「私、マサちゃんの、あの、マサヒデ。マサヒデ=トミヤスの所の鬼だから。

 マサちゃんのご飯のお使いなんだ」


「へい! ・・・え! あー! あなた様がトミヤス様の所の!?

 や、鬼族の方が居られるとはお聞きしてはおりましたが」


 店主が顔を上げる。


「うん。いつもはここら辺は来ないけどさ、今日、皆、忙しくってさ。

 皆ビビっちゃうと思って、こっちの方には顔出さないようにしてたんだ。

 ごめんね、驚かしちゃって」


「さいでしたか・・・これは、お気を使わせてしまいやして」


 ぺこ、と店主が頭を下げる。


「いいよいいよ、私も長く旅してるからさ、こういうの慣れてるから。

 鬼って、やっぱりびっくりしちゃうよね」


「や、申し訳ございませんでした。

 ところで、いつもの、あの凛々しい別嬪さんは」


 くす、とシズクが笑い、堪らずにげらげら笑い出した。


「んふ! んふふふ! あははは! マサちゃんの看病してるんだ!」


「え! トミヤス様が、病なんですか!?」


 驚いて、店主が顔を上げる。

 遠巻きに見ていた皆も、ええ、と小さく声を上げ、こそこそと話している。


「違う違う! 三浦酒天の話、聞いてない?

 カゲミツ様が奢りにしちゃったって話」


「お、おお! お聞きしましたとも!

 そりゃもう、朝はその話で持ち切りで・・・

 ん? て事はだ、寝込んだってのぁ、まさか、酒で?」


「そう! 二日酔い! カゲミツ様に酒呑まされちゃってさ!

 で、二日酔いで寝込んじゃったんだ! 今朝もさ、べろべろ吐いちゃって!

 今は頭が痛ーいって寝てるんだよ! あははは!」


 ぷ! と店主が吹き出して、


「はーっははは! さいでしたか!

 あのトミヤス様も、酒には簡単に負けちまうって!」


「そうそう! あははは! 呑み勝負なら、誰でも一本取れちゃうよ!」


「ははははは!」


 周りから、くすくすと笑い声が聞こえる。


「でさ、昼も食べれなかったからさ。夜くらい、食べないとね。

 それで、マサっ・・・ヒデさんの好物の鮎、買いに来たんだ」


 店主がにこにこしながら、


「左様で! じゃ、こちら持ってっておくんなせえ!

 うちからの見舞いの品って事で、お届け、宜しく頼みますよ」


 ばさっと大き目の袋を広げて、編み皿ごと鮎を入れる。

 シズクが慌てて、


「あ、ちょっとちょっと! ちゃんとお金払うから!」


「良いって良いって! お見舞いなんですぜ!

 さあさあさあ、お持ち下さいませ!」


 店主がシズクの手に袋を押し付ける。


「ええ? ええー? 駄目だよ! ちゃんと払うよ!」


「良いんだ良いんだ! こりゃあ見舞いの品なんだぜ!

 鬼のねえちゃん、遠慮のしすぎも、無礼ってもんだ!

 こういう時は、遠慮なく受け取るのが礼儀だぜ!」


 シズクは首をちょっと傾げて、


「ううん、そういうもんなの?」


「そうさ! お代は今の面白えお話で十分! さ、持ってお行きなせえ!」


「んー・・・じゃあ、遠慮なく!」


「それで良いんですよ! じゃ、また来てくだせえまし!」


「ありがとー!」


 シズクはにこにこしながら、ぶんぶん手を振って、魚屋を後にした。

 遠巻きに見ていた者も、にこにこしながら、シズクを見送る。

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