第18話 これがコウアン・後
うっとりと鞘を見つめるマツを見て、カオルは満足そうに頷き、さー、とゆっくり、静かに障子を閉める。
「奥方様、申し訳ありません。この後、刀の方も見て頂きます。
埃が入るといけませんので」
「あ、いえ。良いんですよ。
刀をしまいましたら、また見られますし」
「皆様、驚いて頂きます。それでは・・・」
はらりと袱紗を解いて、白鞘に収まった雲切丸を出す。
手に取って、カオルがにやりと笑う。
「抜きます」
くい。す・・・
「わ!」「おおー!」「うお!?」
イマイが窓開けした、鎺から2寸。
「これが雲切丸。雲の間から差す天光の如く、と言われた刀です」
障子を閉めた薄暗い部屋の中でも、輝いて見える。
地金の鍛えが違う。
冴えが違う。
刀がただ綺麗な刃物、という程度のマツやクレールにも分かる。
これは、他の刀とは違う。
「奥方様。如何ですか」
「はあ・・・言葉では表せませんね・・・引き込まれそう」
「では」
カオルがすうっと雲切丸を抜いていく。
「あれ? カオルさん、全部綺麗じゃないですよ?」
「クレール様、綺麗にしなくても、刀は斬れます。
使うのであれば、むしろ、研ぎはこのくらいで納める方が良いのです。
あまり綺麗にしすぎると、斬れ味が長く持たないのです」
「え? じゃあ、研ぎはこれだけで終わりなんですか?
全部綺麗にしないんですか?」
カオルは窓開けしてある所を指差し、
「はい。ここだけでも、十分この雲切丸の美しさは分かりますでしょう」
「でも、勿体ないですねえ・・・」
「ふふふ。斬れ味を長く持たせたいのです。この、斬れ味を・・・」
カオルが雲切丸を横に寝かせ、懐から懐紙を1枚。
「あっ! 前に言ってましたね! 乗せただけでって!」
「ご覧下さいませ」
カオルが指先から紙を離す。
はらり・・・すわ・・・
2枚になった紙が、ふわりと畳の上に落ちる。
「ああ!」「うわあ!」「すっげえー!」
3人が目を丸くする。
「ふふふ・・・さ、クレール様。
そのお美しい髪の毛、1本だけで構いません。私に頂けますでしょうか」
「え、え、本当なんですか!? 髪の毛までって、本当に!?」
カオルがにやにやしながら頷く。
クレールが前髪をつまんで、ぴ、と抜いて、カオルに差し出す。
カオルがクレールの髪を摘んで、
「さて、皆様。よく目をお近付け下さいませ」
息を止めて、マツ、クレール、シズクが顔を近付ける。
「では・・・」
ふわりとカオルが髪の毛を乗せると、摘んでいた方が指先から垂れ、先がふわり、ふわりと落ちていく。皆の目が、落ちていく銀色の輝きを目を見開いて追っていく。
「ふふふ」
ふわり、とクレールの銀の髪が畳に落ちる。
ごく、と喉を鳴らし、皆が落ちた髪の毛を見つめている。
話には聞いていたが、実際に目の当たりにすると、身が震えそうだ。
「この斬れ味を、長持ちさせたいのですよ」
「はい・・・」「・・・」「うん・・・」
カオルが白鞘を取って、静かに雲切丸を納め、箱に入れて蓋を閉めた。
立ち上がって、さらりと障子と襖を開く。
「この刀は六ツ胴。刀剣年鑑にはそう書いてありましたが・・・
六ツ胴とは、人間6人の胴を一振りで斬れるという刀。
ご主人様の腕であれば、一振りで10人はいけそうですね」
マツが顔を上げ、
「一振りで、10人も・・・」
「まあ、10人がぴたりと大人しく並んでいれば、ですが。
さて。国宝の酒天切コウアンも、同じ鉄で作られているそうで。
国宝になろうというのも、良く分かりますね。
美しさだけではありません。この斬れ味は異常です」
「綺麗だから、歴史的な価値があるから、そういう物ではなかったのですね」
カオルが深く頷く。
「奥方様。これが、コウアンです」
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恐ろしい斬れ味を見て、皆、ちょっとどきどきしながら、茶を啜る。
カオルだけが静かな顔で、
「特別な力のない刀で、六ツ胴の作は、世に数本。
魔剣よりも数が少ないのです」
とか、
「歴代で最高は七ツ胴とか・・・
酒天切コウアンは、6人と、乗っていた台まで斬ったそうですが。
さて、これは、どちらが上なのですかね」
とか、
「シズクさん。鬼を斬った酒天切コウアンと同じですが、試してみますか」
とか、カオル1人がにやにや笑いながら冗談を言っている。
クレールが小さく手を挙げて、
「あの、カオルさん」
「何でしょう」
「さっき、むつどうって言ってましたよね。
6人斬れちゃうとか」
「ええ」
「それって、人を6人並べて・・・」
カオルはくすっと笑って、
「ふふふ、まさか。罪人の死体を重ねて斬るのです。
罪が重いものは、生きたまま重ねられたそうですが」
「ええー!?」
「当然、今はそんな事はしませんよ。
戦争時代の、400年前の記録です。
まだ物騒な時代でしたし、倫理観も今とは大きく違いますし」
「で、ですよね! びっくりしちゃいました」
「古い記録ですから、今はもっと斬れる物もあるかもしれませんね。
ご主人様の、ホルニ様から頂いた脇差は、猪の首を斬り落としたとか。
ホルニ様の打った作であれば、私程度でも3、4人はいけそうですね」
「そうですね・・・」
「まあ、ご主人様には刀で甲冑をも斬る技が御座いますから・・・
何人の死体を重ねようと、斬れてしまいそうな気はしますが。
甲冑を着せた死体でしたら、何人重ねまで斬れましょうか・・・
ううん、これは気になりますね」
またカオルが物騒な事を言い出した。
「え、ええ・・・気に、なり・・・ます、かも・・・」
こん! と鹿威しが鳴って、びく、とクレールが肩を上げる。
カオルが笑顔になり、ぽん、と手を叩いて、
「おお、良いことを思い付きました!
今度、奉行所から遺体を盗んで参りましょう!」
ぶ、と皆が茶を吹き出す。
ぎょ、とクレールが背を逸し、マツとシズクはむせながら、
「げふ! が、がおるしゃん!」「カオル!?」
「ぷ! ふふふ。皆様、冗談ですよ。
そんな事をしたら、ご主人様にクビにされてしまいます」
皆が口を拭い、くすくすとカオルが笑う。
マツが口を尖らせ、
「もう。悪い冗談はおやめ下さいな。
あんな斬れ味の刀を見た後では、驚いてしまいます」
「これは失礼致しました。
しかし、今の話で分かったことがありましょう。
奥方様は、戦争前には既にお生まれでしたよね」
「はい」
「当時、魔の国で、こんな事は許されたでしょうか」
「まさか! そんな事をしたら、お父様に首をはねられるか、消し炭にされるか」
「当時の人の国が、魔の国と比べ、どれだけ乱暴な国であったか。
時代もありますが、常識、道徳観、倫理観などは、国や地方、いや、人それぞれ。
しかし、それにしても、いくら罪人とはいえ、遺体を試し切りに使おうなどと。
人の国が魔の国に難癖をつけ、喧嘩をふっかけたのも、分かろうという物です。
今でも、人の国同士で喧嘩をしている始末なのですから」
マツは頷いて、
「難しいものですね。相手の常識、道徳、倫理を受け入れず、これが正しいのだ、と押し付けるのも間違いですし。今の我々も、後の世には何を考えていたんだ、と、首を傾げられてしまうかもしれませんね」
シズクは首を傾げて、
「んーと、つまり、あれか? じゃあ、昔の人の国は、何も考えないで、気に入らないからまず殴るみたいな、乱暴者みたいな? そんで、戦争になったって事だよな? そんだけ乱暴だったって事? 相手はでかいのに?」
「まあ、そういう事ですね。人の国は沢山ありますし、相手が大きくても数を揃えれば、なんて単純な考えだったに違いありません」
「あっははは! ばっかだねー!」
「全くです。いずれの国も、敵うわけもないのに勇者を送り続けたのも、万が一にでも魔王様を倒すことが出来れば、後に大きな顔が出来る! などと考えていたのでしょう。愚かな事です。仮に魔王様が倒されようと、魔の国が崩れる訳がないでしょうに・・・魔族全体が憤慨し、人の国など無くなっていたでしょう」
「あ! でもさ、もし魔王様が倒されちゃってたら、マツさん、どうなってたかな!? 今頃、女王様になってたかも!?」
マツは渋い顔をして、
「女王なんて絶対に嫌です。皆様、お父様の普段の生活を知りませんから、そんな事を言うのですよ。仮に次代の王と指名されても、私は絶対に、何としても辞退します。もうトミヤス家に入ったので、大丈夫だと思いますけど」
「そんなに嫌なの? なんで? 魔王様って、どんな仕事してるの?」
くすくすとマツが笑い出す。
魔王様の仕事とは、普段の生活とは、一体どんなものなのだろう?
皆がマツの顔を見つめる。
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