第6話 祖父と祖母・2
ずいっと鼻をすすって、カゲミツが頭を上げた。
懐紙を出して、目を拭く。
「や、すまねえ。情けねえ所を見せちまったな」
「良いんです、良いんです・・・お父上、ありがとうございます!」
マツがカゲミツの膝で、だらだらと涙を流している。
「ううん、ああもう、ちきしょう!」
と言って、カゲミツが天井を仰ぎ、袖で顔を拭く。
「はあー・・・うん! さあ、マツさん。顔を上げてくれ」
「はい」
カゲミツは真っ赤な目で、
「ふふ。祝は7日後だったな。お七夜だ。
ブリ=サンクのレストランだったな。人、集まるんだろ?」
「はい」
「名はもう決めたからな。皆の前で、どかんと決めようぜ!
ふふふ、魔王様には譲ってもらって悪いけどよ!」
「ありがとうございます!」
マサヒデも頭を下げ、
「父上、ありがとうございます」
「おう! お前にも譲ってもらったけどな! ははは!
そうそう、ところで、マサヒデよ」
「はい」
「お前、守り刀、用意したか」
「あ、いえ、まだです。
ホルニさんに打ってもらおうと」
「この馬鹿息子が・・・と言いてえ所だが、急な事だったから許してやる。
という訳で、俺が守り刀を用意してやるぞ。
守り刀と言やあ短刀だが、普通の刀でも良いだろ?
という訳で、帰ったら魔神剣を届ける。何せ初孫だからな、大盤振る舞いよ!」
「まっ、まっ魔神剣ですか!?」
ぎょ、と皆が驚いて背筋を伸ばす。
カゲミツはにこにこしながら、
「おうよ! このタマゴの色を見ろ。どうだ、ぴったりだろ?」
「いや、まあそうですが、そうですが! 魔神剣ですか!?」
「そうだ! 何だ、魔神剣じゃ不足か?
いや、折角の初孫だしな・・・月斗魔神にするか」
マサヒデは慌ててぶんぶんと手と首を振り、
「ととととんでもない! 過分に過ぎますよ!
それに父上! 魔神剣をここに置くのは、いくら何でも危険すぎます!」
「はあ? そうか?」
「留守の間に、盗まれでもしたらどうするんです!」
「大丈夫だろ? ここにはレイシクランの皆々様がいるじゃねえか」
と、カゲミツが庭を見る。
「いえ。先日も、他国の忍が単独でここに入ってきました。
それも、堂々と玄関を開けて」
カゲミツはちょっと驚いた顔で、
「何? ここに、単独で、玄関からだと? 嘘だろ?」
カゲミツがカオルの方を向くと、カオルが真面目な顔で頷いた。
マサヒデは真剣な顔で、
「本当です。それも、留守の間ではなく、皆がここに居ました。敵意のある方ではなかったから良かったものの、忍の中には、それほどの方も居るのです。もし、魔神剣が盗まれでもしたら、大変です」
シズクも頷き、
「うん。カゲミツ様、あの忍は本当にやばかった。
普通に気配は消してないんだ。でも強いって気配がひとっつもないんだよ。
あれ、おかしいよ。おばけみたいだって思った。
すぐ目の前で、手、延ばせば握り潰せるんだ。
なのに勝てる気がしなかったもん。
魔神剣なんて剣を置いといたらさ、あんなのが来るんだよ、きっと」
カオルも真面目な顔で、
「カゲミツ様。あれは異常です。異常すぎます。
強い、という言葉で表せる者ではありません。
もはや、この世界の生き物とは思えませんでした」
「う、ううむ、そうか? ここに魔神剣を置くのは危険だってのか?」
マサヒデは頷き、
「危険です。父上のお手元に置いておいて下さい。
魔王様の元を除けば、世界で一番安全な場所です。
魔神剣程の刀を狙うとなれば、あれ以上の忍が来ても、おかしくありません。
お気持ちは、誠にありがたいのですが」
「ううん・・・」
カオルが膝を進め、
「では、こう致しましょう。ここに置くのは、仮の守り刀と言う事で。
マサヒデ様が研鑽を積み、これなら魔神剣を守るに相応しい、とカゲミツ様が思えるようになりましたらば、魔神剣をこちらへお送り頂く、というのは」
「ええー?」
カゲミツが不満そうにカオルを見る。
「カゲミツ様、ホルニ様の腕はご存知で御座いましょう」
「そりゃまあ、すげえ腕だと思うよ。
見た時は、俺も思わず固まっちまったしな・・・」
「マサヒデ様のお子の守り刀と言えば、それは素晴らしい物をお打ちになって頂けるかと存じますが、ホルニ様では不足でしょうか」
「不足って、いやいや、それはねえけど」
「では、ホルニ様にお打ちになって頂きましょう。
あの腕で打ってもらう作が、仮となるのです。十分では御座いませんか?
この案、如何で御座いましょう」
ばん! とカゲミツが片膝を立て、
「ええい! 俺があげたいんだよ!」
「あなた、そんな子供のような。押し付けるのは良くありませんよ」
アキがカゲミツの袖を引っ張る。
カオルは落ち着いた顔で、
「でしたらば、カゲミツ様よりホルニ様へご注文を出して頂ければ。
これで、カゲミツ様よりの贈り物となります」
うんうん、と皆が頷く。
「ち! 何だよ、ああ言えばこう言う・・・」
アキがカゲミツの袖を引き、カゲミツが乱暴に座る。
「マサヒデも困ると言っているではありませんか」
カゲミツはマツの方を向いて、
「マツさん! なあ、駄目か?」
マツは少し首を傾げて、魔神剣の力を見せてもらった時を思い出す。
雷で巻藁が跡形もなく消し飛び、まるで父(魔王)の魔術のようであった。
ここに入ることが出来る忍はいるのだ。
例えマツでも、あれ程の者に入り込まれたら敵わない。
もし、あの魔神剣が盗まれでもしたら・・・
「お父上、あれ程の刀を守り刀に、というお気持ちは、大変ありがたいのです。
ですけれど、私が居ても、守り切れるとはとても思えません」
「何だよお、マツさんまでよお・・・もう少し、自分に自信持ってくれよ」
マサヒデが真剣な顔で、
「父上。実際に入ってこられたのです。それも、真正面からです。
自信云々ではありません。今の我々の元に置いておくのは、危険です。
我々では守りきれぬと、皆が身を持って分かっております」
「ああもう! 分かったよ!」
ふん! とカゲミツがそっぽを向く。
「・・・じゃあ、後でホルニさん所に行く」
「お父上、折角のお気持ちを蹴るような真似をして、誠に申し訳ございません」
「父上、申し訳御座いません。私の力不足のせいで」
と、マツとマサヒデが頭を下げる。
「いいよ、もう・・・
ホルニさんとも、会ってみたかったしよ・・・」
そっぽを向いたまま、小さく言って、羊羹を掴んで口に放り込む。
ほ、とマサヒデ達は胸を撫で下ろした。
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カゲミツの機嫌が少し直った所で、マサヒデが笑顔を浮かべて、
「父上」
「何だ」
「ふふ、そろそろ、赤子を見に行きませんか?」
ば! とカゲミツがマサヒデの方を向いて、
「おい! そ、そうだ! 見れるんだったよな!」
「はい。すぐ近くで見られます。
向かいの冒険者ギルドのお医者様が、見せてくれます」
「おお、おお! 行こうぜ!」
「わあ! 楽しみ!」
カゲミツとアキの顔が輝く。
マサヒデも笑顔で頷いて、
「では、マツさん」
「はい」
マツは立ち上がり、失礼します、と、カゲミツとアキの間を抜け、床の間のタマゴを抱きかかえた。そして、カゲミツ達の前に座り、
「お父上、お母上、行く前に」
と、マツがタマゴをそっと差し出す。
「お、おう・・・」
カゲミツが不安そうに手を差し出す。
「お父上、このタマゴ、落としても、割れることはありませんから。
シズクさんが全力で殴っても平気なくらい、固いんですよ」
「そうなのか? でもよ、赤子が中に居るんだろ?」
「大丈夫ですよ。さあ」
「おう・・・」
そっと、カゲミツがタマゴを受け取る。
「おお・・・この中に、赤子が・・・俺の、孫が」
ぐ、と抱きしめるように、カゲミツがタマゴを抱く。
稽古着に、かり、かり、と鱗が引っ掛かるが、鱗は毛程も欠けない。
ずしりと重い。分厚そうなタマゴの殻だけではない。
重みがある・・・赤子が中に居るから! この中に孫が居るから!
「ふふ、ふふふ。アキ! 見ろよ! 俺達の孫だ!」
「はい、はい!」
ば! とカゲミツは両手でタマゴを頭上に上げ、
「はっ、ははは! なあ、皆見てくれよ! 俺達の孫だ! ははは!
この俺が、お爺ちゃんになったんだ! ははは!」
カゲミツは笑いながら、また泣き出した。
はしゃぐカゲミツを見て、皆の目にも、また涙が浮かんだ。
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