第9話 家族の反応

 九歳にして、アルベルフ家の”試練”を突破したロスト。


 その功績は家族を超えて、分家やおじ様にも伝えられた。


 ロストがたったの半年でSランク冒険者に任命されたこと。

 そして右腕を失って尚、以前よりも研ぎ澄まされた実力。


 この偉業は、アルベルフ家の歴史上前代未聞の事態であった。

 誰も成し遂げられなかった結果を、ロストは打ち立てたのである。


 その才能は絶対的なもの。

 当主の座は、間違いなくロストの手に渡るだろう。


 焦燥、嫉妬、好意、期待――あらゆる者が、あらゆる感情を抱く。


 しかし、そうとは知らず、ロストが帰還してから二日後の夜。

 アルベルフ家は呑気に食事会を開いていた——ロストを祝うために。




*   *   *


≪ロスト視点≫


 食卓を囲む、豪華な料理。

 鶏肉、豚肉、牛肉……肉に占領されたダイニングテーブルを囲むように、両親とリリアお姉ちゃんと俺は椅子に座っている。



「ロスト様、この度はおめでとうございます」



 ニコニコと笑みを浮かべるメイドが、俺のグラスにシャンパンを注ぐ。

 この世界ではアルコール摂取の年齢制限が存在せず、俺のようなガキでも酒が飲める。



「ロストよ、お前の活躍は大変目覚ましい。一族の繁栄に寄与してくれてありがとう」


「い、いえ……お父様、こちらこそありがとうございます」



 俺のグラスに乾杯するルシウス

 彼は、俺がSランク冒険者に任命されたことに酷く喜んでいた。


 冒険者のランクは、E~Sの六つに分類されており、Sランクが最上位である。

 Sランクの冒険者に選ばれるのは、上位一パーセント。

 冒険者として活動を始めてから一年足らずでSランクに上り詰めた者は、俺だけらしい。

 だから、父のご満悦も納得できる。

 俺の杞憂は、一瞬にして吹き飛んだ。


 とはいえ、今の俺は右腕を失っている。

 以前よりも強くなったのは明確だが、やはり片腕で戦うのはリスキー。


 それは、当然のことながら父さんたちも把握していた。


 リリアお姉ちゃんが、不満そうに口を開く。



「お父様、早く一流の”治療師”を見つけてください」


「分かっている。だが、切断された右腕を再生できるほどの”治療師”はなかなか見つからんのだ」



 ”治療師”……回復魔法を使って病気や怪我を治す、魔法使い。

 ゲームでいうところの、ヒーラーみたいなものだな。


 父さんたちは、俺の右腕を治せる”治療師”を探していた。

 そんな人間が存在するか不明だけど、出来るなら治療して欲しい。


 やっぱり、片腕だと限界がある。



『腕が惜しくなったのぉ~』


「人のまえで話しかけるな」



 アザベルが横槍を入れる。

 かなりムカつくけど、彼女の発言は正しかった。



「その分、緊迫感があって楽しいから問題なし」


『どんな理屈じゃ! 死んだら終わりなんだぞ!』


「大丈夫、俺は天才だから。なんとかなる」


『そんなマインドでよく生きられるのぉ~』


「こんなマインドだからこそ、生きていけるのさ」



 腕がある分には越したことない。

 だけど、ないものねだりをしても仕方がない。


 失ったものは、戻らないことの方が多い。

 ならば諦めるしかないのだ。


 あとは、時の流れに沿って自分らしく生きていくだけ。


 くよくよ悩んでたら、せっかくの人生が勿体ないからな。



「お姉さま、お父様、そしてお母様……俺は腕がなくても平気です。必ずや、立派な『戦士』になりますから」



「ロスト……」



 驚嘆した素振りを見せながら、父が頷く。



*      *      *


≪ロブレム視点≫



 くそがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


 どうして、ロストが生きてんだよッ!


 あいつが一人になったのを見計らって”殺し屋”を雇ったのにぃぃぃぃぃ!!!



「クソガキめぇぇ!!!」



 ドアの隙間からリビングを覗く。


 父さんも母さんも……リリアお姉ちゃんまで、あいつの帰還を喜んでいる。


 クソがッッ!!


 みんな、あいつの本性を分かってないんだッッ!!


 ロストは、もはや人間じゃね……人の姿をしたバケモノだ。


 六年前、俺が六歳のとき……ロストに半殺しにされた。

 あいつは俺の骨を何十本も折り、俺を殺そうとした。


 あいつと戦って分かったんだ。

 あいつは……殺しを楽しんでやがるッ!!


 精神異常者だ。

 人を、動物を、痛めつけることに何ら罪悪感を抱いていない。

 いや、それどころか、楽しんでいるように見える。


 そう、それだ!


 ロストと決闘して感じた……圧倒的な恐怖。


 背筋が凍るぐらいの、畏怖。


 その正体は、ロストの本性にある。


 いま思えば、ナイフ一本で魔物を狩ったのも異常だ。

 しかも、三歳で。


 ロストは、生まれた時から異常だったんだ。

 俺には、あいつの正体が分かる。

 みんな、騙されてるんだ。

 あいつは、嘘が上手いから。



「どんな手を使ってもいい……ロストを殺してやる!」



 このままだと、アルベルフ家がロストに乗っ取られる。

 正義が、悪に騙されているのだ。


 みんなを救わないと。

 目を覚ましてあげないと。


 本当の英雄は、この俺なのだ!

 この危機的状況を、ただ一人理解している俺こそが!


 あいつに骨を折られ、体が満足に動かせなくなった。

 でも、頭の切れ味は最高級。


 戦闘で勝てないなら、”精神”と”策略”で勝利してやる!



「よっと」



 タイミングを見極め、俺は裏口から屋敷を出る。

 外に出ると、一人の男が立っていた。



「久しぶりです、ロブレムくん」


「あぁ久しぶりだ、フェアラート」



 こいつの名前は、フェアラート・アルベルフ。

 アルベルフ家の分家の子供である。

 年齢は、ロストと同い年。



「例の”ブツ”、持ってきたか?」


「はい、これでございます」



 フェアラートが指をさす——そこにあるのは、大きな布袋。

 屋敷の外壁に寄りかかり、布で姿を隠している。

 よく見ると、布には何枚もお札が貼られていた。

 まるで、”何か”を封印している感じ。

 嫌な予感がする。


 近づくだけでも、額に汗が滲んでいく。



「めくっていいか?」


「はい。そのかわり、鞘は絶対に抜かないでください。命を吸い取られますから」


「お、おう」



 俺が狼狽えている中、フェアラートは涼しい顔で怖いことを言う。

 年下のくせして生意気だ。

 いつか俺が教育してやる——ダメだ、そのくだりは一度経験している。

 俺は凡人なんだ。

 フェアラートやロストみたいなバケモノには絶対に勝てない。


 だからこそ、こうやって回りくどい作戦を立てたんだ。



「よし! やるぞ……」



 俺は再度決意を固め、ゆっくりと布を捲る。


 すると目に映ったのは……禍々しいオーラを放つ幻の妖刀――”メルブルク”であった。

 


 



 


 

 

 

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