第8話 Sランク冒険者
ロストが家を去ってから半年が経過。
季節は冬となり、地面は雪に埋もれていた。
屋敷のリビングで、三人の男女が食卓を囲んでいる。
一人は、ロストを育て上げた長女リリア・アルベルフ。
お肉を口に入れてモグモグさせながら、彼女は喋り始めた。
「もう半年が経過しましたね。そろそろ帰ってくるといいのですが」
「ん、ロストなら大丈夫だと思ったのだが……心配だ」
リリアの言葉に反応したのは、ロストの父―ルシウス・アルベルフ。
当主様である。
「だから私は反対だったんですよ。そもそも九歳の子供に一人暮らしさせるなんて過酷すぎます」
「カルマ、お前の気持ちはよくわかる。だが、『戦士』には強さが必要だ。甘やかせば甘やかすほど、ロストの寿命は短くなる」
「……必ずしも『戦士』になる必要があるのですか?」
「ロブレムが”壊れた”せいで、おじ様はロストに夢中だ。遅かれ早かれ、ロストは『戦士』にならねばならない」
「そもそも……なぜ兄弟同士で決闘なんかさせるのですか? ロストとロブレムは、まだ子供なんです!」
「それが伝統だからだ!」
ルシウスの意見に反対するのは、母――カルマ・アルベルフ。
カルマは、ルシウスやリリアよりも息子たちのことを心配していた。
ロストが失明したときは、ヒステリックになって精神病を患ったぐらいだ。
「カルマ、安心してくれ。ロストは”魔眼”持ちだ。そう簡単に負ける男ではないさ、多分」
「お母様、ロストは私の弟子であり弟です。たしかに心配ではありますが、きっと平気です」
「まぁそうね……」
ロストの才能は、この中の誰よりも著しい。
彼の存在は、アルベルフ家の人間からしたら奇跡に近いだろう。
何万ページにも及ぶ「魔物図鑑」を、一歳で読破。
三歳で魔物を討伐、しかもナイフだけで。
遂には、”魔眼”まで顕現させた。
目覚ましい成長速度に、誰もが唖然とした。
だからこそ、
むしろ期待するのは当然の事として、その感情が嫉妬にまで発展しなかったのはひとえにロストへの愛が深かったからだ。
逆にロブレムは、嫉妬の怪物へと堕ちてしまったが。
「ロブレムの分、持って行きますね」
「あぁ。いつも通り部屋のまえに置いとけば勝手に食べるよ」
「お父様、ロブレムを追放するのはいかがでしょ?」
「そういうことは言うな、リリア。あいつだって大変なんだから」
「ふ~ん、ロブレムもリビングに来ればいいのに。せっかくの肉が勿体ない」
リリアは愛と期待を胸に抱きながら、お肉を頬張る。
アルベルフ家の雇ったシェフの腕前は超一流で、舌の肥えたリリアも目をキラキラと輝かせるほど。
食欲が、どんどん膨れ上がってくる。
まだまだ、お肉が食べたい——そう思ったリリアは、父親の皿に目を向けた。
前に座っていた父親のお肉にまで手を伸ばそうと思った時、ふいに彼女は立ち上がる。
「——お父様!」
「あぁ、感じたぞ」
即座に剣を取る、リリア。
厳戒態勢で、剣を構える。
「この魔力量……膨大です!」
「魔族かもしれん。母さんとロブレムを護れ!」
突然感じた、おぞましい量の魔力。
リリアは剣を手に持ちながら、ゆっくりと玄関へと足を進める。
——とその時。
玄関が開いた。
扉の先には、冬の訪れを告げる雪が舞い上がっていた。
そんな雪景色の中に、一人。
分厚い毛皮のコートを着た少年が立っている。
ロスト・アルベルフだ。
* * *
この家を出てから、約半年。
”タイガーキング”との戦闘で負った傷を治療しながら、俺はひたすらに魔物を殺し続けた。
殺して、死体をギルドに渡す日々。
毎日が火線で、いつも死と隣り合わせだった。
本音を言うと、右腕を失って損した。
やっぱり、片腕で戦うのはキツかった。
止む負えず魔法だって使ったし、勝つために望まぬ殺害方法を採用したこともあった。
だけど、一日たりとも家に帰りたいとは思わなかった。
もっとレヴィ―ル城塞都市で冒険者活動を続けたかった。
そのぐらい、充実した日々だった。
無茶をした日にはアザベルの拳骨を食らう羽目になったけど。
「ロスト!」
俺が扉を開くとすぐ、リリアお姉ちゃんは剣を地面に置いた。
コートに付着した雪を払って、俺はゆっくり家の中へ入る。
「ただいま戻りました、リリアお姉ちゃん。そして、お父様」
「おかえり、ロスト。よく頑張ったね」
天使のような表情で、リリアお姉ちゃんが微笑む。
「見事Cランク冒険者になったんだね。しかも九歳で……さすが私の弟」
「いえ……Cランクではありません」
父さん、お姉ちゃん……マジですみません。
俺はCランクになろうと頑張ったのです。
だけど、欲望が抑えられなくて。
「駄目だったのか?」
「……はい」
父が、沈んだ声で質問する。
マズイな、この雰囲気は。
脳裏に浮かぶ、二文字の言葉――追放。
ラノベとかでありがちな展開だ。
俺が頭を悩ませていると、リビングの奥にいる母を見つけた。
俺と目が合うとすぐ、母は眉をひそめながら口を開いた。
「もういいじゃないですか?! ロストは半年も頑張ったのですから」
「——ッ!」
そう言って母は俺に歩み寄ると、俺のロングコートを脱がしてくれた。
殺伐とした部屋の空気感に、母の暖かみが広がっていく。
凝った肩をほぐす、お風呂みたいに。
お母さんって、こんなに優しい人だったんだ。
あったかい人だ。
”いつも旦那の愚痴を吐く生物”と認識していたのに。
この世界の住民と前世の世界の住民じゃ、価値観がまったく違うんだな。
「ロスト……?」
突然、凍ったみたいに母が固まる。
顔が真っ青だ。まるで死人の鏡。
急にどうしたのだろうか——と思いながら、母の顔を凝視。
母の眼が、一点に注がれているのが分かった。
——腕の無い、
「ロ、ロスト……う、腕が」
「心配しないで、お母様。腕の一本ぐらい、良い思い出です」
俺の腕を見て、母は膝を折る。
そして嗚咽を吐きながら、俺の体に抱き着いた。
そ、そんなに力強く抱かないで欲しんだが……。
珍しく母は泣きながら叫んだ。
「ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね」
「えっ? なにが、です?」
思わず唖然とした。
俺の腕を葬ったのは、紛れもなく魔物だ。
親が謝ることではない。
俺が戸惑っていると、今度はリリアお姉ちゃんが口を開いた。
「どうして腕がないの?」
「魔物に斬り落とされました」
「……魔物の名前は?」
「”タイガーキング”です」
「Sランクの魔物……まさか単騎で戦ったの?」
「はい、倒せましたが……このざまです」
「……り、立派ですわ! よく倒したね!」
母に次いで、リリアお姉ちゃんまで抱き着いてくる。
お姉ちゃんは、負傷した右手を避けながら、優しく俺を抱き上げた。
「もう”試練”なんてどうでもいい。生きてるだけ奇跡よ。さぁ、ご飯でも食べましょうね~」
リリアお姉ちゃんは笑みを刻みながら、俺をリビングに運ぶ。
食卓には、豪華な肉料理が並んでいた。
されるがまま、俺はリビングのソファに腰かける。
フカフカのソファだ。
やっぱり実家は心地よい。
レヴィ―ル城塞都市のホテルもハイクオリティだったけど、俺の家の方が快適だったな。
「ロスト、待て」
冷え込んでいた空気がようやく溶けたと思ったのに、父親の重い声に呼び止められた。
俺と
お互い見つめ合う。
そして、父はゆっくりと俺の傍に近づいた。
なんだ?
平手打ちでもされるのか?
そう思って身構えていると、突然彼の右手が伸びて——俺の頭に置かれた。
もしかして、撫でてる?
俺の予想とは裏腹に、父は口を緩めて微笑んだ。
「よくぞ、帰ってきた」
「父さん……」
その言葉を聞いた時、俺の中でようやく荷が下りた。
ベッドに意識を落とすように、ほぐれるような心地よさが胸を覆った。
何度も俺の頭を撫でた父は、やがて手を止め身をひるがえす。
「さてロストの帰還を祝して、記念祭でも開こう」
「あ、ありがとうございます」
ふと見ると、リリアお姉ちゃんが満面の笑みで俺を見ていた。
目が合って、微笑み返す。
すると何を履き違えたのか、リリアお姉ちゃんは頬を緩めながら再度俺に抱き着いた。
勢いに乗ったまま、俺はソファに押し倒される。
「可愛いな~ロストは!」
「は、恥ずかしいです」
リリアお姉ちゃんの素晴らしいお体が、俺の全身に密着する。
や、やめてくれ……興奮する。
ソファとお姉ちゃんに挟まれる俺。
俺はこんなにも興奮しているのに、お姉ちゃんは未だマイペース。
余裕な態度で話し始めた。
「だけど……”タイガーキング”を倒したなら、Cランクぐらい余裕だと思うのにな~」
「た、確かにそうですね」
事実、俺は初日でCランクに昇格した。
問題は……そこで帰宅しなかったこと。
俺は欲望に負け、結局最高ランクに到達するまで戦い続けたのだ。
「ロスト、今のランクは?」
「Sランクです。本当はすぐに帰ろうと思っ——―……
ん??
空気が、再び凍り付く。
勢いに乗って、ちゃっちゃと事情を話そうと思ったのに。
やっぱり許してくれないのかな?
すぐさま俺は言葉にブレーキをかけた。
沈黙が、リビングに走る——。
その沈黙を破ったのは、父さんだった。
「お前は、神だ——」
と。
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