第152話 兎と兎の共同戦線


「おーい、大葉理沙ー出かけようぜー」


 翌日の昼頃、そんな声と共にガンガンと玄関を叩く音が聞こえた。

 本日巧君は唐沢さんと一緒に車を見に行ってしまったので、残っているのは私と雫ちゃんだけ。

 ゲンジさんって人は良く分からないが……多分唐沢さんのサポートに回っているのだろう。

 しかしまぁ、彼女から私を誘って来るなんて珍しい。


「雫ちゃん? どうしたの? 何か買い物?」


 はて? と首を傾げながら出迎えてみれば。


「相っ変わらず、プレイヤーとは思えない程呑気だなお前。つぅかこのパーティは皆そんなもんか」


「うん?」


 良く分からないけど、とりあえず外に出ろと急かして来る彼女。

 正直今の状況だと……あまり外出も気が進まないんだが。

 以前はそんな事気にせず、escapeから貰った探知阻害に頼って動き回っていたのが嘘みたいだ。


「オラオラさっさと準備しろよ。まさかお化粧するまで出られませーんなんて言って、何時間も無駄にすんなよ?」


「着替えるから、着替えるだけだからちょっと待ってて」


 やけに早く早くと言って来る彼女に疑問を覚えながらも、平日の昼間から二人でお出かけする事になってしまった。

 補導とかされないと良いなぁ……。


 ※※※


「えっと、それで……何でこんな所に?」


 街中に出て来たかと思えば、連れて来られたのはビルの裏手。

 昼間なのに薄暗い様な裏路地だった。


「過保護なおっさんと、お前がいちいち気にするガキが居ない内にと思ってな。はっきり言うぞ、大葉理沙。アンタの理想や信念は勝手にしろ、でもこのままじゃ仲間を巻き込む事になる」


 パーカーのフードを深く被った雫ちゃんから、鋭い眼差しを向けられてしまった。

 つまりはまぁ、Redoの話なんだろうけど。


「えと……」


「甘いって言ってんだよ、どいつもこいつも。何でお前をパーティに置いているのか分からないくらいに、アンタはお荷物だ」


 彼女の言葉に、グッと唇を噛んだ。

 分かっている、そんな事改めて言われなくても分かっているんだ。

 でも、どうしたら良いのか分からないのだ。

 私も“殺し”を経験してしまえば、何か変わるのかもしれない。

 一人殺してしまえば、後はなる様になるのかもしれない。

 でも、どうしても踏ん切りが付かないのだ。

 戦う覚悟は決めたつもりなのに、どうしてもその一線が越えられないのだ。


「最初に言ったろ、勝手にしろって。別にそこを否定するつもりはねぇよ、私が一番新参者だし。黒獣でさえ許してるなら、私が口出しする事じゃない」


「え? あれ?」


 雫ちゃんからは、予想外の言葉が続いた。

 では今、私は一体何を責められているのだろうか。

 いまいち理解出来ず、思わず首を傾げてしまったが。


「大葉理沙、アンタはもっとRedoに“慣れる”必要がある。殺さないにしても、ソレを貫くだけの力と思考力が求められるって言ってんだよ。前回お前は私とfortに指示を出した、アレはしっかり戦えていたと私は思ってる。けど……“相手を殺せ”って指示を、アンタは私達に出せるか?」


「っ!」


 思わず、息を飲んでしまった。

 確かに前回の戦闘では、私は二人に指示を出した。

 でも向こうも賞金首で、相手が簡単に死なないと予想出来たからこそ、圧倒的火力で脅せばサレンダーしてくれたのだ。

 だからこそ、誰も殺さずに済んだ。

 だがこれからも同じ状況ばかり、良い方向に転ぶとは限らない。


「理解はしてると思うけど、自覚してない様に見えるんだよ。だから一応言葉にしておこうって思った訳だ。アンタの特化した力は“スピード”、その一点。だったら囮とサポートは出来るだろうさ。けど私やfortを使う以上、覚えておけ。私達は“手加減”が出来ない武器を使ってるんだ、そういう奴等を使うってのは……そう言う事なんだよ」


「分かってる……私は、皆に“殺し”を押し付けて――」


「だからそうじゃねぇって言ってんだよ! 舐めんな!」


 雫ちゃんが私の襟首を掴んで、壁にドンッと押し付けて来た。

 その瞳はこれまで以上に吊り上がっており、私の事を真っすぐ見つめて来る。


「私達はRedoプレイヤーだ、殺し殺されなんて当たり前なんだよ! ソイツ等に殺しの指示を出したからって、“私のせいで”なんて気負われる方が迷惑だ。私もfortも、当然黒獣も、もう何人も狩ってるクズなんだよ! だがアンタは違うんだろうが。だったらソレでも良いから“戦う事”に慣れろって言ってんだよ! 戦う事を恐れるな! お前だってプレイヤーだ、お前は仲間達を生かす為に剣を振ってんだろうが! だったらいちいち下を向くな!」


 それだけ言って、バシッと私の両頬に手を当てて来た。

 そして。


「姉さんが言ってたんだ、大葉理沙は絶対に助けてくれるすげぇヤツだって。だったら、あんまり情けない所ばっかり見せないでくれよ」


 ちょっとだけ涙を溜めながら、彼女はそんな事を言って来た。

 あぁ、馬鹿だな私。

 巧君やこの子を守りたいなんて思っていたのに。

 いつだって守られてばかりで、いつだって不安になって。

 前回の戦闘で学んだじゃないか。

 怖い時ほど、笑え。

 笑って強者を演じろ。

 そうすれば仲間には安心を、敵には恐怖を与えられる。

 なら、私のやる事は。


「ありがと、雫ちゃん……もう、大丈夫」


「ヘッ、世話の焼ける。今日のデイリー、確認したかよ?」


「自ら戦闘を挑む、だったね」


「アンタと私だけでのタッグ戦だ、練習には丁度良いだろ」


「でも、サレンダー狙いで行くからね」


「勝手にしろ、指示を出すのはアンタだ」


 それだけ言って、二人してニッと口元を吊り上げるのであった。

 殺し殺されの世界で、綺麗事を貫くなら。

 私だって、強くならなければいけないんだ。

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