第151話 黒獣先生


 翌日。


「さて、勉強会始めましょうか」


 唐沢さんの一声を共に、机に向かっている学生が三人。

 私、巧君、雫ちゃん。

 つまり小中高と揃って居る訳だ。

 それぞれ教科書を開き、各々様々な顔をしている訳だが。


「なぁ黒獣……コレ、何か意味あんのか? 出席日数的な意味で、結局留年だろ? 中学までならまだしも……大葉理沙は意味ねぇんじゃねぇの?」


 雫ちゃんがぶー垂れた様子で言葉を残してみれば、彼はゴホンッと咳払いしてから。


「黙れ、クソガキ。確かに出席日数は足りないかもしれない、しかしお前達が勉強をしない理由にはならない。知識とは力だ、それに補習を受ければ進級はさせてもらえるかもしれないだろ。せめて高卒の資格は持っておけ」


 物凄く冷たい瞳を向ける唐沢さんに対し、雫ちゃんがビクッと背筋を伸ばすのであった。

 昨日の夜、いったい何があったのやら。

 ここでもしっかりと上下関係が成り立ってしまった様だ。


「唐沢さん! 僕は次に買う車の話がしたいです!」


「リユが作った問題プリントを今からやってもらいます。それで80点以上取れたら許可します」


「頑張ります!」


 巧君に関しては、やる気満々。

 思わず変な笑い声が出てしまう程に、この子は唐沢さんに懐いている。

 もしかたら、彼の事を父親代わりに思っているのかもしれない。

 そんな事を思ってしまえば、少々センチメンタルな感情になってしまうが。


「では各々、プリントを進めて下さい。教科書に全部書いてありますから、自らで調べ、考え、問題を解いてみてください」


 なんて台詞と共に、私達の勉強は始まった。

 私達の通っている学校の教科書のデータを読み込み、リユが問題をプリントしてくれた様だが。

 なんか、こういう空気も久しぶりだ。

 などと思いながら、問題を解いて行けば……あれ?


「あ、あの……唐沢さん。コレ、習ってない様な気がするんですが……」


「先程も言いましたが、全部教科書に書いてあります。簡単に言うと、学校に行かなくても教科書があれば勉学は学べます。そこに書いてある事を調べて理解し、自分なり考えながら問題を解いてみましょう。以上です」


 あ、この人。

 思った以上にスパルタだ。

 学校に行かないなら、自分で学べと言っている。

 授業の様に、最初からいちいち説明してくれるって事は一切ないらしい。

 つまり、私達は自ら教科書で学ぶしかない訳で。


「え、えぇと? 新しい式だけど……こうすれば良いのかな?」


「はぁ~もう意味分かんねぇ。これであってんの? 黒獣」


「唐沢さん! 出来ました! どうですか!?」


 全員でプリントを提出してみれば、彼は苦い顔を浮かべ。


「皆合格点には至らず、不正解が多い。一つずつ教えていくから、まずはそれぞれ教科書をちゃんと読み込む様に」


 そんな訳で、個別授業が始まった。

 雫ちゃんはプレイヤーとしての意識が強かったのか、それとも元々なのか。

 中学初めの頃の教科書を引っ張り出して、唐沢さんから教わっていく。

 巧君に関しても、転校が多かった件を含め基礎から。

 そして私に関しては。


「ひー!」


「理沙さんが一番順当に進んでいるんですから、頑張ってください。このまま高三の内容を全部覚えてしまえば、教える側に回りますよ」


 と言う事で、一番ビシバシ教えられてしまった。

 あっちもこっちも勉強が進んで行く中、どうしても思ってしまう事が。


「唐沢さん、教えるの上手いですよね……もしかして、教師を目指していたりとか?」


「違いますよ。俺はただ……久しぶりに娘に会った時、その場で宿題を見られる様にって。色々考えていただけです。元々の環境でも、なかなか会えない間柄でしたから」


 この人は、何処までも真面目なのだろう。

 そして、先を見る人なのだろう。

 だからこそ、学習する幅の違う私達でも面倒を全て見られる。


「素敵ですね。唐沢さんは、凄く頼りになるお父さんです」


「であれば、問題集をやりましょうか」


「うっ!」


 そんな訳で、私達はその日一日机に向かう事になったのであった。

 こんなに勉強したの、高校に入ってから初めてかも……。


 ※※※


『兄貴! 特殊クエストも更新されましたし、車を買うチャンスですよ! 関係者がプレイヤーじゃないって事を調べ上げた店の一覧を送信しますね!』


「お前、意外と有能だよな。びっくりするわホント、ありがと」


 最初こそ、疑っていたのだ。

 急に裏切ったり、寝首を掻くのではないかと。

 だというのに、ゲンジは堅実に俺の指示に従ってくれた。

 主に周囲のプレイヤー情報と、車両販売店の情報収集。

 それらをリストアップしてくれて、逐一報告をくれる。

 おいおいおい、こいつ本当に有能だぞ。

 Redoと関わらなければ、絶対優秀な社会人になってただろ。


『どうしても目で観察した上でって話なるので、相手が上手く隠していたら分かりません。でも店員を付けてみても怪しい所は無かったっすね。客に関しても、出入りの少ない店を選んでおきました! これ以外に、気になる店があったら言ってくださいね。偵察してきますから!』


 そんな訳で、安全であろう車の販売店のページが送られて来る。

 おぉ、すげぇ。

 探索するにも、あぶり出す為にも。

 ステルスってやっぱり重要なんだなぁ何てことを思いながら、彼が送って来たサイト一覧を眺めていれば。


「前の……続きですか?」


 勉強によりクタクタになった理沙さんと。


「あぁ! コレ凄く頼もしい車ですよ! ラリーの試合で走ってました!」


 ウキウキと背中に乗っかって来る巧君。

 そして。


「おい黒獣、せめて恰好良い車にしようぜ……荷物みたいに運ばれるのはマジで勘弁。あと脆かったり遅い車は止めてくれ……リアルで襲われた時マジでヤバイから」


 げっそりした顔で俺の端末を覗き込んで来るrabbit。

 君達、疲れているのは分かるんだけど。

 行動がゾンビみたいだ。

 思わず引き攣った笑いを浮かべてしまったが。


「これ! コレにしましょう! 後ろも狭くないし、色も派手じゃないです!」


 巧君が大きな声を上げて指さすソレは。

 ほぉ、結構良いかもしれない。

 見た目もそこまで派手ではないし、そこら辺にも走っている車だ。


「明日にでも実際見に行ってみようか」


「是非!」


 と言う事で、俺の購入する車が決まったかもしれない瞬間であった。

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