第147話 独り
久しぶりに帰って来た我が家。
シャワーを浴びて、一息ついて。
いつもだったら、“もう大丈夫だ”って安心出来た筈の場所。
だと言うのに、どうしても前回“強襲”を受けた時の記憶がチラついてしまう。
今ではその時戦闘を挑んで来た相手も、二つ隣の部屋に住んでいるというのだから不思議な話だが。
それでもココは、“落ち着ける”場所では無くなってしまったのは確かだ。
身バレさえ発生してしまえば、家に居る時だって油断できない。
そういう感情が少しでも湧いてしまえば、家の中でさえビクビクしてしまう。
「私の家って……こんなに広かったっけ」
以前は巧君が居たのだ、でも今は隣の部屋に住んでいる。
たったそれだけ、ほんの数歩歩けば辿り着く場所に相手は居るのに。
今では一人で部屋に居るのが怖いと感じてしまっている。
私は賞金首じゃない、だからこそ狙われる可能性は低い。
だというのに、コレなのだ。
お風呂に入る時でも、ご飯を食べる時でもチラチラとリズの事を見てしまう。
物凄く頑張って皆の平和を取り戻したと言うのに、以前より不安になっている。
一度経験してしまえば、人間は簡単に忘れられないと言う事なのだろう。
皆は、こんな環境で常に生活しているのか?
“賞金首”であるという意味を、改めて理解した気分だ。
自身はその高みに到達していない、たかが一人のプレイヤー。
でも、以前自室に居て襲われた経験がある。
それだけで、こんなに怖いのだ。
パーティーの仲間たちは、どんな気持ちを抱いて一人で部屋に居るのだろう?
「怖い……」
『マスター、大丈夫です。以前はこの環境で住んでいたんですよ?』
「前の私は、どんな気持ちでココに座っていた? 襲撃を受けるかもって、何で警戒しなかった? どうしたら、そんなに能天気になれる? 私は今、一人なのに」
ガクガクと震える身体を押さえながら、未だ乾かしていない髪の毛にバスタオルを押し付けた。
私一人で何が出来る? もしも今この場で“強襲”を掛けられたら?
そんな事ばかりが脳裏に過り、どうしても以前の様な余裕が生れない。
だって雫ちゃんが言っていたじゃないか、リアルでの強襲も存在するって。
もしも武器を持った人が、急に部屋に押し入って来たら?
そう考えると、何度も何度も玄関の鍵が閉まっているのか確認してしまった。
実際唐沢さんだってリアルで襲われているではないか。
なら明日から、道路を歩く時ですら警戒しないといけないと言う訳だ。
どうして今まで警戒せずに過ごせていたのだろう?
今の状態では、テレビを付けて外部の音を遮断するのさえ怖い。
どうしてリアルなら大丈夫だって油断して、呑気に音楽なんか聴きながら道路を歩いていたんだろう。
次の瞬間には、後ろから車が突っ込んで来るかもしれないのに。
もはや警戒すればするほど怖くなる。
ある程度割り切る事は必要なんだと分かっているのだが、一度経験してしまうと……どうしても。
「せっかく帰って来たのに……前よりずっと怖い。どうしよ、リズ……」
『今夜は、fortの部屋にでも行きますか?』
ソレも良いのかもしれない、このままでは全く眠れそうにない。
というか、普段の行動さえ満足に出来そうにない。
物凄く情けないけど。
そんな事を思いながら、周囲を警戒しながら端末を胸に抱え。
ゆっくりと移動を始めた所で。
「うひゃぁぁっ!?」
胸に抱いたRedo端末から、着信音が響いた。
あまりのタイミングで、思わずリズを取り落としてしまったが。
画面を確認してみれば、“AK”というプレイヤーネームが。
たかが文字だ、モニターに表示された相手の名前だ。
だというのに、物凄く安堵の息を溢してしまった。
「もしもし……理沙です」
『あ、理沙さん? 今大丈夫ですか? 少しは落ち着きました?』
いつもより気の抜けた様な唐沢さんの声が、部屋の中に響き渡った。
普段だったら音楽を流していたり、テレビをつけっぱなしにしていたり。
そんな事ばかりしていたからこそ、気が付かなかったが。
通話相手の声でさえ、こんなに響く部屋だったのか。
「だい、じょうぶです……というか、助かりました。ありがとうございます」
『うん? 良く分からないけど、大丈夫って事で良いのかな。ちょっと相談に乗って欲しい事がありまして……』
何でも、唐沢さんが新しく車が買いたいんだとか。
でももしかしたら、私達を乗せる事もあるかもしれない。
更に言うなら、巧君が車に興味を示していたので色々と相談しながら車を決めたいと言葉にして来た。
ホント、この人は。
自分の車なんだから、私達に気を遣わず好きな物を購入すれば良いのに。
『こういう型式の、こういう色の車なんだけど。多分検索すれば出て来ると思うんだ。ちょっと調べて貰って良い?』
「分かりました。えっと、これからな? あー、あー? えぇ、あの、ちょっと派手じゃないですか?」
『でもホラ、巧君とかマニュアル車に興味あるって言ってたし。どうしても、ね?』
「や、分かりますよ? そう言う車なんだなぁってのは、分かります。でもちょっと派手と言うか……あまり目を引くのは不味いんじゃないかなぁって。それこそ他のプレイヤーに“あの車は黒獣だ”ってバレたりしたら、移動中でも強襲されそうですけど」
『そっかぁ……やっぱそうだよねぇ。コレだけの大金を好きに使えるって事態が初めてだったから、調子に乗った。本当にごめん、こんなのに乗るの恥ずかしいよね』
「いやいやいや! 格好良いと思いますよ!? えぇと? 外車? で良いんですかね? でもちょっと日本だと目立つカラーリングって言うか、一目で分かる車は不味いんじゃないかって思いまして! それだけです!」
唐沢さんと会話している内に警戒が解れたのか、徐々に瞼が下がって来るのを感じた。
運転なんかも唐沢さんに任せきりだったというのに、私も結構気を張っていたのだろうか?
なんか、落ち着いたらドッと眠気が襲って来る。
『こ、こっちの車はどうかな? 国産車だし、結構普通だと思うんだ。前から乗ってみたかったというか』
「えぇと、なんですか? 今度は……うん? これは……四人、乗れるんで……しょうか」
視界がぼやけ始め、頭の重みが更に増して来た気がする。
そんな訳で、ゆっくりと瞼を閉じながら机に突っ伏してみれば。
『ありがとうございます、黒獣』
『いやぁ、何と言うか。むしろ疲れてる所付き合わせちゃって申し訳なかったかな、理沙さん寝ちゃった?』
そんな会話を聞きながら、夢の世界へと旅立つのであった。
あぁもう、唐沢さんの車選びを手伝わなきゃいけないのに。
何てことを思いつつも、眠気には勝てずそのまま睡魔に負けてしまう。
こんな事言ったらいけないのかもしれないけど、話すだけでも楽しかった。
不思議と怖いという感情も薄れた気がする。
そう思ってしまえば、口元は自然とにやけてしまうのであった。
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