第146話 とりあえず足が欲しい


「え、兄貴達移動手段無いんですか? 流石に危なくねぇっすか?」


「新幹線に無賃乗車してた奴に言われたくないよ……」


 駅に着いてから、さぁ帰るかとばかりに歩き出した俺達だったが。

 genjiというプレイヤーに早速突っ込まれてしまった。

 そうだよね、プレイヤーの癖に公共機関の乗り物ばかり使ってるとか、正直馬鹿のやる事だよね。

 分かってるんだけどさ、分かってるんだけど仕方ないんだ。

 途中で廃車にしちゃったんだから。


「俺、単車ありますんで……一人ずつ送りましょうか?」


 とか言いながら、駅近くの駐車場を指さすgenji。

 バイクが止めてあるって事は、大した期間は東京からは離れていなかったらしい。

 だとすると、本当にコイツの行動力と調べる能力は警戒した方が良いな。


「こっちのパーティの住所を全部把握出来るから楽だってか?」


「本当に疑い深いっすね兄貴! だったらホラァ! 俺の免許証っす! ここに住んでます!」


 とかいいつつ、馬鹿正直に免許を差し出して来るgenji。

 本名を“須田すだ 源氏げんじ”というらしい、住所もしっかり書いてある。

 おいおい晒すな、馬鹿か貴様。


「ちなみに一人暮らし彼女無し、金もポイントも無いので、絶賛居候させてくれる場所募集中です!」


「知らん」


「弟分の面倒を見てくれてこそ兄貴分じゃないですかぁ!」


 はっきり言おう、物凄く鬱陶しい。

 更にはrabbitがドン引きしているんだが。

 おかしいな、変な行動をしているのはコイツだけなのに、俺まで引かれている気がする。


「とにかく皆、一旦家に帰ろう。巧君と霧島さんには、近藤さんから住所が送られてきているよね? そこに帰る様に。送迎はするから、周りには気を付けるんだよ?」


 何てことを言ってみれば、巧君が此方にスマホの画面を向けて来た。

 そこには、知らない住所が表示されているが……。


「コレ、大葉さんの部屋の隣です」


「あ、ちなみに私はその隣な。私だけは離れた方が良いんじゃねぇかなって思ったけど……結局は助け合えって事なのかねぇ。近藤の野郎、おせっかいばかり焼きやがって」


 などと言いつつ、巧君とrabbitがそれぞれ困った顔としかめっ面をしていた。

 それに対し、理沙さんは絶望した顔をしながら。


「え、巧君が引っ越しちゃって……あれ? つまり私のご飯は……」


 駄目な人が、一人。


「巧君」


「大丈夫です……両隣の部屋の二人の栄養状態は、僕が何とかします」


 よし、解決。

 この辺も近藤さんに相談して、色々と工面してもらおう。

 と言う事で、皆して帰ろうと歩き出してみると。


「兄貴! 俺は!?」


「知らん、家に帰れ」


「家賃滞納してるんですよ!」


「知らん! 帰れ!」


「調査系なら、お手伝い出来ますからぁ!」


 と言う事で無事に帰路に着いた訳だが。

 コイツ、マジで付いて来るつもりじゃないだろうな。


 ※※※


『んじゃ、まずは兄貴のアパート近く探索してきますね。成果次第で仲間にしてくれるって約束、忘れないで下さいね! あ、何か追加で調べて欲しい事あったら連絡くれればやっときますんで!』


 端末から元気な声が聞こえ、genjiがRedoへとログインしたみたいだ。

 何でもステルス能力に特化しており、対戦を挑んでも挑まれても、相手が彼を見つけられず終わる事が殆どなんだとか。

 ある意味escapeの能力の一部に近いスキルなのだろう。

 エセ侍みたいな恰好している癖に、忍者みたいなヤツだ。

 とはいえ、俺一発で見つけちゃったけど。

 などと思いつつ、一人になった部屋の中で腰を下ろした。

 新しくescapeに用意してもらった住居、だからこそ落ち着ける筈もないのだが。


「はぁぁぁ……」


『住所教えちゃって良かったんですか? マスター』


「仕方ないだろ、ずっと付いて来るんだから。皆の住所を教えるよりマシだ」


『なぁんともまぁ、ウチのパーティにも変なのが増えちゃいましたねぇ。色々変わりましたけど、とにかくお疲れ様でした。やっと落ち着ける空間に戻って来ましたね』


 リユの声を聞きながら、帰りがけに買って来た缶チューハイを開いた。

 ソイツを喉の奥に流し込み、もう一度息を吐いてみれば。

 なんだか、物凄く力が抜けた。


『ずっと張りつめていましたから、守る者が多いとやはり疲れるんでしょう。あの“genji”とかいうプレイヤーがおかしな真似をすれば、すぐに報告しますから。マスターは一度ゆっくり休むべきです』


「悪いな、リユ。今日はお前に頼り切りになりそうだ……流石に、疲れた」


『でしょうね。相手の領地を荒らすだけではなく、民草まで毟り取って幹部を倒してまわり、更には当主の首を取ったんです。更に言うなら、帰り道ですらコレですから』


「ハハッ、何か酷い言われ様だな。まぁその通りなんだが」


『以前に比べて警戒する事が増えたのは確かですが、Queenの驚異は去りました。ですから、今日くらいはゆっくりして下さいマスター。私が付いております』


 やっと一人になれた。

 リユが居る以上、この言葉が正しいのかは分からないが。

 でも俺は昔、ずっとこの状態で戦ってきたのだ。

 ここ最近がとにかく異常だったと言う他無い。

 どんどんと守る者が増え、相手の城に乗り込む様な真似をして。

 俺は、そこまで野心家という訳では無かった筈だ。

 目の前の事、家族の事だけで手一杯だった筈なのだが。

 だがその全てをこなして、今日……帰って来た。

 現状の目的としては、一度家族の無事を確認し記憶がどうにか戻らないかのチェック。

 それ以外には、特に無い。

 だからこそしばらくは、仲間の無事を確認しながら以前同様の生活を送れば良いだけ。

 なんというか、やっと……戻ったなって感じがする。


「やっぱり俺は周りの人まで保護出来る様な、立派な人間にはなれないよ。そう言う意味ではQueenは相当偉大な存在だったんだろうな」


『しかしソレも、マスターの前では敗れました』


「人を管理、安全を保障するってのは……勝ち負けじゃ無いんじゃないかな」


『かも、しれませんね。しかしマスターは皆を守った、それも事実です』


 守れた、のだろうか?

 居なくなってしまったアイツの事を考えれば、その言葉にさえも疑問が残るが。


『マスター、いつまでも引きずっても仕方ありません。なら、前を向きましょう? 貴方は今、生きているんですから』


「だな、その通りだ。なら、目の前の目的から決めて行こうか」


 いつまでも過去に囚われ、不安ばかり抱いていても仕方ない。

 以前の俺は、普段からこうだったのだから。

 そう考えれば、少しだけ楽になった。

 優秀な仲間が居た時の感覚を、いつまでも引きずっても仕方ない。

 本当に、その通りだ。


「目の前の目標としては、やっぱり家族に金を送る事。そして無事を確かめる事、Queenに弄られた記憶がどうなるか確かめる事」


『その為にはまず……』


「車だな、個人の移動手段はやっぱり欲しい。そして出発には、皆の安全確保も必須」


『後者は後回しでーす! まずは前者! せっかくポイントを荒稼ぎして来たんですから、好きな車買いましょう! 関東に帰って来たからには、存分に羽を伸ばして下さいまし! あ、クエストに関してはコッチでも調べておきますから。マスターはまず乗りたい車を選ぶ所から始めましょう。どれにしますかぁ?』


 なんだか妙にウキウキした様子のリユが、俺に車の販売情報を提示してくるのであった。

 まずは普通の事をやって、気を緩めろって事なのかもしれないが。

 ホント、世話の掛かる主人も居たものだ。

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