第145話 古いタイプの変人


「……そこか」


「へ? 一発で見つかった?」


 後ろの車両に居たのは……なんだか不思議な鎧を着た男。

 全体的にスマートな形に収まっているものの、鎧の上から更に日本甲冑を所々装備しているかの様な見た目。

 はっきり言って、物凄く動き辛そうだ。

 そんな奴が車両の端っこで身を小さくしながら、固まっているのだが。

 何だ? 対戦を申し込んでおいて、何をしている?

 もしかして、これで隠れているつもりなのだろうか?


「俺に勝負を吹っ掛けたのはお前か。なんのつもりだ、こんな所で。死にたいのなら相手してやるが、遊びのつもりなら今すぐサレンダーしろ」


 それだけ言って端末を相手に向けてみれば、リユに表示された相手の情報は……やけにキルログが少ない。

 所謂、殺さなければ生き残れない戦闘を経験した類だろう。

 クソッ、やり辛いな。

 相手はどうやら、進んで殺人を犯すタイプでは無さそうだ。

 思わず舌打ちを溢してから、もう一度睨みつけてみれば。


「えぇと、やっぱし黒獣……さん? で良いんすよね」


「……俺を知ってるのか?」


 何やらプルプルし始めた相手は、此方の鎧を確認してから妙に挙動不審。

 AKというプレイヤーネームはあまり露見していなかった筈だが……しかし俺を名指しで決闘を挑んで来た。

 つまりコイツは、リアルの方で俺の顔を知っていたという事だ。

 だったら、潰しておいた方が合理的ではあるのだが……。


「どうするんだ、早くしろ。戦うのか、逃げるのか。とっとと選べ」


 声を掛けながら近づいてみれば、彼は更にガタガタと震え始めたが。

 やがて決心したかのようにピタッと動きを止め、そして。


「俺を仲間に……いえ、弟子にして下さい!」


「……は?」


 床に額を擦りつけるのであった。

 また、厄介なのが湧いたな。


 ※※※


「あれ、唐沢さん? どこに行ってたんですか?」


「えぇと、まぁ……トイレ?」


 席に戻ってみれば、理沙さんだけは丁度起きた様だ。

 先程良く分からない奴に絡まれたが、これは彼女達にも情報を共有すべきかどうか……正直、迷うな。


「何か問題が?」


「いやぁ、何と言うか……」


「あったんですね、話して下さい」


 何か最近、理沙さんの圧が強い。

 と言う事で、残り二人が起きない内に先程の事を話し始めた。

 相手の名前は“genjiゲンジ”。

 彼の話では、以前関東に出現したnagumoに遭遇したが呆気なく敗北。

 しかし負けを認め、助けを乞うた所。


「去レ、貴様ハ倒すべき存在ではナイ」


 と普通に解放され、その男気に惚れ込んだとか何とか。

 その後度々遠くからnagumoを観察している内に、俺と戦闘している場面を目撃。

 最後の一騎討に感動を覚えたとかで、ずっとこっちの事を探していたんだそうだ。

 そして先日の戦闘で目を引く上に特徴的なfortの情報が掲示板に上がり、大体の居場所を把握。

 更に高速道路の状態を見た上で、新幹線を使うのではないかと予想を立てたらしい。

 Redoを使ってひたすら無賃乗車を繰り返していたが、本日見事に俺の事を発見したと説明を受けた。

 最後に、俺にその事を伝える為に勝負を挑んで来たと。


「あの、ふざけてます?」


「そう思うよねぇ……」


 正直俺も、そう思いたかった。

 でも本当にそんな変人が居たのだ。

 行動力もそうだが、この調査能力はあまり甘く見てはいけないと思い……一応、フレンド登録はして来たが。

 思い切り溜息を溢して、今度こそゆっくり眠ろうと瞼を下ろしてみれば。


「あ、そろそろ到着するみたいです。やっぱり新幹線だと早いですね」


「……はい」


 これまでの苦労はなんだったのかというレベルで、すぐさま東京に到着するのであった。

 新しいアパートに付いたら、三日くらい引き籠ってぐーたらしよう。

 無駄な決意を固めてから、残る二人を起こし新幹線を降りてみれば。


「兄貴ー! 黒獣の兄貴ー!」


 そんな事を叫びながら、手を振って此方に走って来る馬鹿が一名。

 思わず走り寄り、ガシッとソイツの顔面を掴み取ってみれば……意外だ、結構若い。

 下手すればescapeよりも若い様に見える男が、アイアンクローを受けて悶えている。


「その名前をリアルで口にするな。それから、やっぱりリアルの方の顔は知ってるんだな」


「す、すんません。顔に関しちゃnagumo戦のすぐ後に、ちょろっと調べました……俺、ステルス系のスキル多いんですよ……いだだだっ!」


 と言う事は、既に此方の面々の顔は割れていると言う事だ。

 あぁくそ、また面倒なのに好かれてしまったな。


「唐沢さん……もしかして、その人が」


 理沙さんだけは彼が何なのか察したらしく、若干引きつった表情を浮かべているが。

 どうやら残念な事に、コイツが馬鹿の正体らしい。

 普通にリアルでも顔を晒して来るとは思わなかった。

 などと思っている内に相手はわちゃわちゃと暴れ始め。


「兄貴! 俺本気ですからね! 一生付いて行きます!」


「こんな人の多い場所で気持ち悪い発言をするな、目立つな」


「いだだだだっ! 割れる! 割れます兄貴!」


 テンションの高いボンクラに対し、此方は更に指の力を強めた。

 本当に大丈夫か? コイツ。

 もはや激戦区になっているであろう地域のど真ん中に踏み込んだのに、こんな煩いのを連れていては余計に危ない気がするのだが。

 更に言うなら、弟子がどうとか言っていたが……兄貴って呼び方はどうなんだ?

 君いつの時代の人間?


『東京には着きましたし、今の内に潰しておきます?』


 片耳に突っ込んだイヤホンから、リユのそんな言葉を聞えて来た。

 ホント、ソレをやってしまった方が安全確保出来るのかもしれないが。


「これでも……俺の“狩る対象”になってないんだよな……」


『不思議なモノですねぇ、すぐに狩られてしまいそうなプレイヤーなのに』


 二人揃って、それはもう大きなため息を溢してしまうのであった。


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