第134話 静かな帰り道
『マスター、どうしますか?』
運転席の近くに置いた端末から、リユの声が響く。
どうしますか、ねぇ……どうすれば良いんだろうな、ホント。
「俺が何をするにしても、お前は肯定してくれるんだろう? リユ」
『えぇもちろん、私は貴方の欲望全てを肯定致します。しかし……迷っているなら、私も共に考えて、助言致します』
「俺は本当に、良い相棒を持ったよ」
そんな言葉を残しながら、もう暗くなってしまった夜の道路を見つめていた。
結局あの後、俺達はそのままログアウトしただけ。
対戦相手はまだ残っていたが、残る面々からもサレンダーが届き事なきを終えた。
そして事態の収拾と共に現れた“近藤”に後始末を任せ、帰路に着いた訳だ。
「コチラが一段落してからにはなってしまいますが、出来る限り手を貸しますので。どうぞ、遠慮なくご連絡下さい。この度は、ありがとうございました……」
それだけ言われて、フレンド登録と名刺を貰ったのみ。
本当に、それだけだった。
あまりにも実感のない終わり方、呆気ない終末。
俺達を狙っていたQueenという存在が居なくなったからこそ、また平穏な日々が続けられる。
そう納得出来れば良かったのだが。
「本当にアイツは、居なくなったんだな」
『えぇ、その様です。しかし言っていました、“また会える”と。なら、死んだ訳ではないのでしょう』
「そう、だな」
チラッとルームミラーを確認してみれば、力尽きたらしい若者たちが眠っていた。
人数は変わっていない。
一人減った筈なのに、また新しい一人が増えてしまったのだから。
霧島雫、Redoネーム“rabbit”。
彼女だけは、本人の希望もあって此方で預かる事になった。
Queenが子供達に掛けた呪いは、本人が居なくなれば解けるというモノではないらしく。
真偽が判明するまで、理沙さんの事を見張るんだ……なんて言っていたが。
もう、姉妹かというくらいに信頼を置いているらしい。
二人して身を寄せる様にして眠っているのだから。
『記憶の方はどうですか? マスター』
「そっちに関しても、やっぱり相変わらずだな……しかも、アイツのスキルが催眠の類ではないとすれば」
『一時的なごまかしでは無く、データの改ざん。マスターに施されたのは……家族に対しての
「もしかしたら、このままって事もあるのかもしれないな」
だとすれば、今後俺は。
顔も分からない家族に対して金を送り続ける訳だ。
なんとも、滑稽な話があったものだ。
しかし止めるつもりは無い。
例え記憶が無くとも、事実として俺には妻子がいるのだから。
二人の為に戦うと、そう覚悟してRedoに参加したのだから。
『escapeが最後に送って来たデータに関しては、どう考えていますか? 私としては少々判断に困ると言うか。もしもそうだった場合根底が崩れると言うか……』
「この世界そのものに関してのデータ……だよな。しかも送られてきたのは、俺の記録。“以前”のRedoで、黒獣というプレイヤーが最期まで戦って来た記録」
はっきり言って、信じられるモノでは無かった。
彼のデータ送信により、現実のモノとは思えない様な記憶すら多少“思い出して”はいるのだが……流石に、すぐに呑み込む事は出来ないだろう。
なんたって、俺が死亡した時の記憶なのだ。
Queenの配下と思われるプレイヤーに、俺の家族は襲撃を受け全滅。
この事態に、俺は怒り狂った。
結果周囲のプレイヤーを蹂躙し、その時に生まれたのが“黒獣”と呼ばれる暴君。
元々器用に戦っていた訳ではない様だが、それでもあそこまで壊れていなかった。
嘆き、悲しみ、絶望の淵に立ったその時に。
俺と言う人間は、Redoに新しい人格を産み落としたらしい。
そのデータが“今回の世界”にコンバートされた結果が、スクリーマーの正体。
つまり俺の悪感情が生み出した化け物が、最後の状態を保ちながら最初からやり直した訳だ。
そりゃ強いし、現状とは精神状態が乖離している訳だ。
しかし何故記憶までは引き継がなかったのか、何故俺自身がアレを拒否しなかったのか。
そして何より、何故今が“何週目か”という事にすんなり納得しているのか。
気味が悪いが、まるで違和感を覚えないのだ。
いや、escapeから“違和感”を与えられてしまったからこそ、疑問の方が先行しているのかもしれない。
とはいえ、分かっている事もある。
俺は“前のRedo”で、nagumoに敗北したという事実。
だからこそ、勝利者にはなれなかった。
でも今回は既に彼に勝利しているという、とても不思議な気分のままハンドルを握っていた。
『これから、どうしますか?』
「どう、したら良いんだろうな?」
ハッと笑いながらため息を溢してみるが、俺の目的は変わらない。
というか、変えられない。
例えそれが、数少ない“違和感”だったとしても。
俺個人としてはコレに目を向けるか、目を逸らしたまま生きるかって話になるのだろうが。
それでも、今は深く考えたくはない。
「まずは、皆の安全確保だな」
『此方にゴーストが残っていますからね、RISAさんとfortは多分問題ありません。以前同様探知阻害のプログラムが効いています。しかし問題は……』
「rabbitか」
『終わったからこその感想になりますが、もう少し向こうの女王様が有能だったら良かったんですけどねぇ……恐らくfortの時の様に、探知阻害可能なプレイヤーを逐一派遣していたのでしょう。rabbitにそういった能力はありません』
ミラーで再び視線を向けてみれば、何だか寝相の悪い女子が一人。
さっきまでは理沙さんと寄り添う様に眠っていたのに、今では隣の席に座る彼女に乗っかるどころか、更に隣の巧君にまで頭を乗せている。
これがキャンピングカーではなく、普通の乗用車とかだったらどうなっていたのだろう。
全く、厄介なのが増えてしまったモノだ。
とはいえ、放り出す訳にもいかず。
「ゴースト、お前にも協力してもらうぞ」
『分かっている。私という端末の使用権は、唐沢歩に対してアクセス許可が出ている。好きに使え』
此方も、随分と頼もしい仲間が一人増えたと言って良いのか。
思わず溜息を溢してしまうが。
『マスター、その……一度Redo云々を抜きにしても、家族に会いに行きませんか? ホラ、直近の危機は去った訳ですし、新しい目的がある訳でもありません。なので顔が思い出せなくても、直接会えば記憶の上書きと言うか。なんていうか……その』
リユが、気まずそうにそんな事言って来た。
俺の事情も、今回の件も含めて。
その上での提案だと、そう思って良いのだろう。
今一度俺に戦う意味を与える為に、そういう意志もあるかもしれないが。
「そう、だな……皆が大丈夫そうなら、一度行ってみるか」
「っ! はい! 行きましょうマスター! コレは絶対、貴方の為にもなります! 本当の意味でリフレッシュも必要ですって!」
嬉しそうな相棒の声を聞きながら、此方としてはもう一度ため息を溢してしまうのであった。
今更、こんな俺が……というのもあるが。
本当に思い出せないんだよ、家族の顔が。
でもリユの言う様に、もしかしたらって事もある。
だからこそ行くべきだ、とは思うのだが。
何故だろうな。
それだけは、やってはいけないラインな気がしてならないのだ。
「まぁ、本当に皆の安全確保が出来たらな」
『大丈夫です! そっちに関してはリユちゃんも全力でサポートしますからねぇ!』
「そうかい、頼もしいよ」
呆れた様な笑い声を上げながら、俺達は住んでいた街に向けて車を走らせる。
全然故郷って感じはしないのは……俺が地元の人間じゃないからだろうか?
これでも、結構長い時間過ごしていたのな。
それから……。
「なぁ、高速乗った瞬間滅茶苦茶混んでるんだけど……」
『こ、これはなかなか時間が掛かりそうですね……もうどこかで一泊します? 戦闘の後ですし』
帰るのはまた遅くなってしまうかも知れないが、それも良いのかもしれない。
急いで戻る理由も、特に無いしな。
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