第133話 終戦


「ズアァァァ!」


『目的地に到着しました、マスター』


 やけに分厚い壁をこじ開けてみれば、そこには大量の電子機器が。

 その中心に置かれている椅子には、誰も座っていない。

 そして。


「これは……」


『escapeの端末と思われます』


 椅子の近くに、一台のRedo端末が転がっていた。

 拾い上げて端末横のボタンを押し込んでみると、普通に電源がついたではないか。

 この端末は、持ち主のプレイヤー本人でないと反応さえしないと言っていた筈なのに。


『やっと来たか、黒獣』


「……“ゴースト”か」


 相手の端末は、静かに声を上げた。

 リユと同じ声だと言うのに、本当に別人だと感じられる雰囲気で。


「escapeはどこへ行った?」


『もう、ここには居ない』


「質問に答えろ、ゴースト。アイツは今、何処にいる?」


『答えられない。私にはその“権限”が無い』


 またそれか。

 リユにも散々言われた言葉だ。

 権限権限権限、あぁくそ……もううんざりなんだよ。

 思わず舌打ちを溢しながら、とりあえずゴーストを鎧の中に仕舞おうとしてみれば。


『もう、戦闘は終わった。決着は着いた、帰ろう』


「何を言ってるんだ? お前は。escapeが居ないんだぞ?」


 訳の分からない事を言って来るゴースト。

 思わず再び正面に持って来て、相手の事を覗き込んでみると。


『黒獣に幾つかヒントを残す事を許されている。それが私の出来る、最後の仕事だ。Redoにおいて、端末とプレイヤーは一心同体。“俺を連れ出してくれ”と、そう言われていた筈だ』


 確かに、言われた。

 しかし。


「もう一度聞く、ゴースト。escapeは、アイツは今どこにいる?」


『答えられない』


「答えろ馬鹿野郎! 仲間が消えたんだぞ! 連れ戻すのが俺の仕事だろうが!」


 握り潰す勢いで力強く端末を掴みながら、大声を上げてみるが。

 相手は、慌てた様子など微塵も見せずに。


『escapeは、もう居ない。彼は答えに辿り着いた。だから、未だ残されているお前に言葉を伝える為に私を置いて行った』


「つまり……? アイツは、死んだのか?」


『死んだという表現は正しくない。しかし、この世界ではもう会えないという意味では、その言葉が一番質問の答えとしては相応しいと考える』


 コイツが何を言っているのか、良く分からない。

 結局、何がどうなったんだ?

 俺達の生活を脅かすQueenの討伐、それを実行する為にこの地へ足を運んだ俺達。

 それは達成されたじゃないか、確かにQueenはこの手で殺した。

 だというのに、この結果は何だ?


『嘆くな、獣。お前には似合わない』


「ふざけるなよ……俺達の安全を確保する為に、今回の戦闘を挑んだんだろ? なのに、一番被害の少なそうなアイツが居なくなるって……どういう事だよ」


『戦闘とは、そういうものだ』


「うるせぇ! そんな事分かってんだよ!」


 我慢できずに、そこら辺にあった機械を殴りつけた。

 盛大に吹っ飛び、ドミノ倒しみたいにサーバールームは滅茶苦茶になっていく訳だが。


『帰ろう、ここにはもう何も無い』


「お前は……それで良いのか? ゴースト」


『escapeが……マスターが望んだ結果だからな。私は、ソレを肯定する』


「そうかい。どいつもこいつも、同じような事を言うんだな」


 それだけ言って、今度こそ鎧の中にゴーストを仕舞い込んだ。

 これで、良かったのか?

 ゴーストはこう言っているが、本当にコレがescapeの望んだ結果だったのか?

 当の本人が居ないので、答えを聞く事は出来ないが。

 更に言うなら。


「中途半端情報だけ残していきやがって……答えが分かったなら、教えてから逝けば良いものを」


 八つ当たりとばかりに、無理矢理こじ開けた制御室の扉を足で吹っ飛ばしてから。

 ため息を一つ溢し、仲間達の元へと戻って行くのであった。


 ※※※


「黒獣!」


 建物から出て来たその姿を見て、思わず駆け寄ってしまった。

 いつもだったら、鬱陶しいと怒られるかもしれない。

 ケッ、と吐き捨てる様に見下されるかもしれない。

 そんな事を思いながらも、仲間の無事を確認してとても安心した気持ちになったというのに。


「……ただいま、理沙さん」


「……え?」


 相手からは、少し困った様な声が返って来た。

 だって、え?

 今の声って、まさか。


「唐沢、さん?」


 あり得ない。

 だって彼は、“こちら側”に入れば黒獣という怪物に変わる存在。

 Redoの世界において、彼は誰よりも強者を演じていた筈のプレデター。

 だというのに、今の彼からは。

 いつも通りの、優しい雰囲気が感じられた。


「えっと、コレって……」


「色々あってね……また後で説明するよ。今はまず、帰ろうか。もう、終わったから」


 それだけ言って、私の兜の上に掌を乗せて来るのであった。

 いやでも、待って欲しい。

 だって、一人足りないのだ。

 彼は皆以上に相手の本拠地に乗り込み、そしてその活躍は約束されていた筈なのに。


「え、えっと……escapeは? 一緒じゃないんですか? あ、もしかして後で合流するとか、そう言う事ですか?」


「……」


「そうですよね? だって二人が負ける筈ないですもん。誰よりも凄い賞金首、まさに頭脳と肉体ですよ。そんな二人が組んでいるのに、どっちかがやられるなんて――」


「理沙さん、帰りましょう」


 私の言葉を唐沢さんが遮り、此方の肩を掴んで来た。

 その掌は、少しだけ震えていて――


「帰ろう。もう、終わったんだ」


「……はい、了解しました」


 彼の言葉で、雰囲気で。

 理解出来てしまった。

 私達をここまで導いてくれた、助けてくれたescapeはもう居ない。

 今回の敵には完全勝利したのに、大事なモノを失った。

 それは、避けられない現実なのだろう。


「え、えっと……それで、これから。どう、しますか?」


 ひたすらに混乱している事が、自分でも分かっていた。

 でも唐沢さんだけに背負って欲しく無くて、自分一人の責任だなんて思って欲しくなくて声を上げてみれば。

 結局、大人を頼る“子供”みたいな発言をしてしまった。

 そんな私に、彼は一つ微笑みを溢してから。


「どうにかするよ」


 それだけ言って、兜の奥で笑って見せる。

 ごめんなさい、どうしようもない子供で。

 ごめんなさい、頼ってばかりで。

 貴方の方が傷ついているのが分かっているのに、私は気の利いた言葉も掛けてあげられない。

 何処まで行っても、私は……対等にはなれない。

 そんな事を、今更ながら実感するのであった。

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