第132話 歪んだ微笑み


「だぁぁ! 鬱陶しい! 何なんだコイツ!」


「近接戦特化な上に、一対一が得意なんでしょアンタ! 早くその白いの片付けてよ!」


「うるせぇ! テメェだってさっさと後ろの兵器共を――」


 仲間割れとも言えない子供の喧嘩を始めた所で、fortとrabbitの銃撃が彼等を襲う。

 それが収まった瞬間、遠距離型の賞金首が仲間達に向かって巨大な弓の様な武器を構えるが。


「ハハッ、ハハハッ! 遅いね、君達。遅すぎるよ」


 その子が攻撃を放とうとした所に合わせて、相手の腕ごと蹴り上げた。

 弓の狙いは明後日の方向へ向かい、放たれたデカイ矢は遠くにあった建物を破壊している。

 私の攻撃では、彼等にダメージは与えられない。

 でも刃が通らなくても、物理的な影響は及ぼす。


「こ、このっ! アンタみたいな雑魚の攻撃、全然効かないのよ!」


 急に近距離に現れた私に弓を使う事を諦めたらしく、矢を掴んで此方に攻撃を仕掛けて来た相手。

 コレも弓兵の戦い方というモノなのだろうか? 弓を使うプレイヤーにココまで接近した事がなかったから分からないけど。

 確かに、矢をそのまま突き刺されたって十分死ぬ可能性はあるだろう。

 というか私の鎧じゃ、簡単に貫かれると予想出来る。

 でも、“当たれば”の話だが。


「そうみたいだね。それで? 君達の攻撃は私にいつ届くのかな」


 踏み込んで来た相手に此方から接近し、側面に回って足を引っかけた。

 一対一で戦闘になっていれば、こんなに上手くはいかなかった筈だ。

 でも今はfortとrabbitという脅威に晒されながら、私と言う存在に相手にしているのだ。

 多分、冷静に対処出来る状況ではないのだろう。

 それに私と言う何でもない存在の情報は、彼等にほとんど共有されていないみたいだ。

 だからこそここまで生き残っている上に、一向に攻撃を当てる事が出来ない相手を必要以上に警戒している。

 更に言うなら。


「フ、フフ……アハハ! この程度で、賞金首なんだ?」


「お前ぇぇ!」


「退けっ! 俺が相手する!」


 煽れば煽る程、私が笑う程に。

 相手は冷静さを欠いて行く。

 黒獣の真似をしただけのつもりだったけど、こんなにも効果があるなんて。

 敵の方が圧倒的に強い、私なんて片手間に消し飛ばしてしまえる程に。

 でも、戦場においての“笑み”は。

 余裕を見せつけるような雰囲気で、無理にでも上げる“笑い声”は。

 こんなにも、相手に恐怖を与えるのか。

 こんなにも、冷静な思考を奪い去る程の強者を演じられるのか。


「死ねぇぇ!」


 近接戦に特化したらしい相手が、やけに光る剣を振りかぶった所で。


「リズ、“鈍重化”」


『了解です、マスター』


 スキルを使った瞬間、周囲一帯のプレイヤー達の動きが鈍くなった。

 まるで重力でも増したのかと言いたくなる程、動きがゆっくりになる。

 ただし、私だけはいつも通りだが。

 そしてこの効果は、“プレイヤー”にしか影響がない。

 つまり。


「fort、rabbit。一斉射撃」


 その場から離れつつ、二人に指示を出してみれば。

 スキルの効果範囲に居る仲間達も、えらく重そうに動いてはいるが。


「最初から照準を合わせていた僕達には、あまり関係ないですね。弾はそのままの勢いで飛ぶみたいですから」


「ハ、ハハハ……おっそろしい。アレで本当に賞金首になってないのかよ、RISAって」


 例えトリガーを引き絞る指が重くなった所で、攻撃そのものに影響が無いのならそこまで関係ない。

 なんたって彼等は、引き金一つで大量の銃火器が使用できるのだから。

 だがソレを回避しようとする相手は違う。

 避ける事も、防御する事もままならないという事態に陥ってしまうのだ。


「アハハッ! やっぱり、私のスキルと二人の相性は良いみたいだね。実戦で使ってみて、良く分かったよ。さぁ、これでもまだ戦うのかな? そろそろ諦めても良いんだよ?」


 笑い声を上げている間にも、Queenの子供達を銃撃が襲っていく。

 攻撃役は、私じゃない。

 私の攻撃は相手には通用しなくて、どうしたって届かない。

 こんな戦闘に遭遇しても、潔癖を保てる理由。

 それは私が“弱すぎる”から。

 いつまでもソコに拘って、仲間を犠牲にするつもりは無い。

 皆の役に立ちたい。

 その願いを叶える為に、選んだ方法は。


「補助しか出来ない私は……盤面を作る。私の“指揮”で皆に攻撃してもらって、その責任は私が負う。だったら、皆とも対等になれるよね?」


 戦艦の先端に着地し、今回の対戦相手を見下ろした。

 もはや戦場には、戦えそうな人物は残っていない。

 先程から前面に出ていた面々も負傷したらしく、地面に伏せながら苦しそうな声を上げている。

 死者は……出ていない、と思いたいけど。

 後衛でも蹲って動かない子達も居るから、正確には分からない。

 だったら、もう終わり。

 これ以上戦っても、無駄に人が死ぬだけだ。


「全員、サレンダーしなさい。貴方達にはもう、勝機は無い」


 宣言と共に、周囲に“蜘蛛の巣”を張り巡らせる。

 完全に戦闘の意思を削ぎ落す為に、これ以上戦っても絶対勝てないと思わせる為に。

 まだ抵抗する気でいたらしいプレイヤー数名はモゾモゾと動いているが、此方の糸を突破出来なかったらしく。

 一つ、また一つとサレンダーの通知が届く。


「私達の勝ち、それで良いね?」


「化け物が……」


 糸に捕まっている一人が、私に向かってそんな台詞を呟いた。

 それに対し、一瞬キョトンとしてしまったが。

 次の瞬間には、ニィッと口元が吊り上がる。


「本物の怪物に、会った事が無いんだね」


 呟きながら戦艦を飛び降りて、糸の中進んで彼の目の前に立ってから。


「私は知ってるよ、“本物”を。とても怖くて、強くて、そして優しい怪物。あの人の真似をしているから、今日は逃がしてあげる。でも……もしも“次”があったのなら」


「ヒッ!」


 悲鳴の様な声を上げる彼の兜を覗き込み、微笑みを浮かべた。


「こんな風に簡単に逃がしてあげないから。悪い事、しちゃ駄目だよ?」


 それだけ言ってから、全員のサレンダーを了承するのであった。

 もしかして私の端末も、黒獣と同じ様に個別のサレンダーを受けられる仕様なのかな。

 それともescapeが何かしら手を回してくれたのか。

 まぁ、どっちでも良いか。

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