第131話 戦場に立つと言う事
「ガァァァァァ!」
叫びながら、頭を抱えた。
痛い、痛い!
これまでに無い程の苦痛が襲ってくる中、何か大きなモノが削られていく。
俺の戦う理由、勝つための活力。
それらがどんどん、俺にとって“価値のないモノ”に変わっていく。
コレがQueenの攻撃、催眠だ何だとescapeは言っていたが。
正直言って、そんな生易しいモノでは無かった。
ガリガリ、ゴリゴリと脳みそに
そして消えていく、俺の戦うべき理由。
思い出せ、俺が相手を殺して来た理由を。
何と何を天秤に掛け、守りたいが為に敵を殺して来た理由を。
ひたすら自分に問いかける様にしながら、頭を抱えてみるものの。
「思い……出せない」
我が子を抱いた妻が、笑っている。
その光景を思い出してみれば、顔にモザイクが掛かるのだ。
俺の守りたかったモノ全てに、邪魔が入るのだ。
不味い、身体に力が入らない。
この“スクリーマー”に活力を与えているモノ、それはプレイヤーの闘争心。
だからこそ、戦う理由が無くなるのは不味い。
そう思って、牙を噛みしめてみる訳だが。
『もう良いよ、俺が代わる。というか……最初から俺が戦うべきだったんだ』
ハッ! 何を今更。
“表側”のお前が出て来た所で、何の役にも――
『お前は、“リユ”に残された記憶だったんだな。全てを失って、貶められて、怒り狂った俺の姿。最後まで戦い抜いた結果生まれた、俺と言う“過去”の存在』
いったい何を……いや、それ所じゃない。
今はQueenをぶっ殺して、このおかしな攻撃を止めないと。
なんて事を思いながら無理矢理身体を動かした瞬間。
フッと、全身が軽くなった。
まるで肉体という重りから解放されたみたいに。
「俺が代わる。今のお前よりかはまだ、“奪われる”事に慣れているからな。お前程絶望の淵に立っていないから。この先は……ちょっと分からないが」
『ふざけるな! 戦うのは俺だ! お前が“表側”で、俺が“裏側”だろうが!』
「まだ完全に思い出せている訳じゃないんだ。でも、お前はずっと戦って来た。少し休め、“黒獣”。今度はお前に頼らず、俺が“叫ぶ”よ」
その声と同時に、身体から意識が引き剥がされた。
まるで強制的に眠るみたいに、覚醒した意識が緩やかに幕を下ろしていく。
ふざけるな、ふざけるんじゃねぇ。
だって俺は、アイツ等の為に。
アイツ等がやられたからこそ、復讐を心に誓って。
そして、最期はnagumoに……。
あれ? これ、いつの記憶だ?
『お疲れ様でした、マスター。少しだけ、休みましょう? いつだって、頑張り過ぎちゃう人なんですから。貴方は』
どこからか聞えて来るリユの声を聞きながら、ゆっくりと瞼を閉じるのであった。
あぁくそ、どいつもコイツも勝手な事ばかりしやがって……。
※※※
「ま、待って! 此方は貴方が欲しいモノを何でも準備出来る力があるわ! さっきまでの獣とは違うんでしょう!? 話をしましょう!?」
首を掴んで持ち上げた女王様が、未だにそんな言葉を吐いてくる。
思わず舌打ちを溢しながら、ギリッと掴んだ掌に力を入れてみれば。
「ほ、ホラ。これでどう? 私の端末よ? 貴方に預けるわ、もはや絶対服従を誓った様なモノでしょう? だから、ね?」
受け取ってみれば、確かに本人の端末の様で。
プロフィールが開かれており、彼女のアバターが表示されていた。
で?
「私と貴方が力を合わせれば……それにホラ! escapeだって居るのだから、何だって出来るわよ!? Redoでトップを目指す事だって夢じゃない。コレだけの強者が揃っているのだから、ホントに何だって出来るわよ!? 面倒な処理や手配は私がしてあげる、だから!」
「だから、なんだ?」
更に掌を強く締めてみれば、彼女の鎧はメリメリと潰れ始め。
「お願いだから、殺さないで! 私は貴方の役に立つ! 貴方に忠誠を誓っても良い! だから、助けて! 殺さないで“黒獣”!」
もはや泣き叫ぶ勢いの彼女に、ため息を一つ溢してから。
「俺のプレイヤーネームは“AK”だ。そんな事すら調べ上げられなかったのか? 無能」
それだけ言って、彼女の首を握り潰した。
ゴキッと言うか、グシャッと言うか。
妙な感触を掌に残しながらも、相手は大人しくなってブランと垂れ下がる。
コレが、人を殺す感触。
こんなモノを、俺は全て黒獣に押し付けて来たのか。
全く……反吐が出るな。
「こちらAK、escapeどこにいる? すぐ救助に向かう」
死体を投げ捨て、Redo端末を取り出してみれば。
『やぁ、唐沢さん。“こっち側”へようこそ』
いつも通り、煽った様な声が聞こえてくるのであった。
ったく、コイツは。
「いいから教えろ、何処にいる。すぐ迎えに行ってやるから」
『ホント、どこまでも良い人だよ。アンタは……だからこそ、あそこまで狂わせてしまったゲームを、俺は認めない。俺一人なら、こんな感情は出てこなかったのにね? ある意味俺は、アンタを救う為にRedoに参加したのかもな』
「なんだよ、気持ち悪い台詞を吐くな」
『ハハッ。そう、気持ち悪いくらいにアンタに入れ込んだプレイヤーが……俺以外にも居たって事さ。nagumoや、そしてrecorderも。それぞれ関わり方が違っても、黒獣というプレイヤーは多くの者の記憶に残った』
「……escape、今そんな情報はどうでも良い。お前は、今、何処に居るんだ? すぐに助けに行く。ログアウト出来ないのなら、俺に勝負を挑め。すぐにサレンダーを認めて五体満足で“リアル”に帰してやるから。俺のスキルなら、ソレが出来る」
『ククッ、ハハハッ! そう、それが唐沢歩だよ。自らよりも他者を優先する“良い人”、だからこそ悪環境にあっても自らを制御して来た。その我慢強さが……仇となった。だから、Redoに目を付けられた。より最悪なストーリーを、次々に与えられた』
「escape!」
端末を掴みながら、思わず叫んでしまった。
彼は今、救助を求める状況だった筈だ。
だったら、無駄話は後だ。
一度リアルに戻ってしまえば、傷は治る。
ゆっくり話したいのなら、また酒の席でも用意すれば良いだけの話。
だからこそ、早く彼を助けたかった。
だと言うのに。
『マップを更新した。俺はココだよ、連れ帰ってくれ。それから、しばらく連絡が取れなくなるかもしれないけど……大丈夫だ、また会える。だからこそ、言葉にしよう。“またね”、唐沢さん。アンタは何度繰り返しても、黒い獣と呼ばれるプレデターに成長した。それは、アンタの意思であり強さだ。俺達には無い、“守ると決めた存在”を何としても守り抜く力。どんな形であれ、ソレを誇れ。アンタはもう、何度も最後まで戦い切っていたんだ。今回こそ、その勝利を願ってるよ』
それだけ言って、通話が切れた。
あぁ、全く。
どいつもこいつも。
気になる言葉ばかり残して、俺の前から消えやがって。
随分と古い記憶が、彼から送られて来た“何か”によって少しだけ蘇った。
『マスター、良いんですよ? 怒りを叫ぶ行為も、泣き叫ぶ行為も。私だけは、肯定致します』
「……スマン、リユ」
『はい、どうぞ。ご自由に』
「ふざけるなぁぁぁ! escape! お前は死ぬなよ!? 生きてろよ!? すぐ行くからな!?」
目的の座標目掛けて、壁やら扉やらすべて破壊しながら突き進むのであった。
これ以上、失って堪るか。
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