第118話 強攻策
なんか、久し振りに良く寝た気がする。
先日は前回とはまた違う旅館に泊まったが、他からの干渉は無し。
そもそも人が少ない地域&調べられる限りプレイヤーが居ないであろう場所を選んだらしく、強襲を受ける事も無かった。
グッと身体を伸ばしてみれば、そのタイミングで襖が開かれ。
「あ、おはようございます唐沢さん。よく眠れましたか?」
ニコッと微笑む理沙さんの姿が。
なんか、色々バグってきたなぁ俺の日常。
こんな所を妻に見られたら、大問題も良い所だ。
思わず乾いた笑みを溢してしまったが、とりあえず朝の挨拶を交わしてみれば。
「唐沢さんが起きたら今後の行動方針が決まったから話し合おうって、escapeが」
「あぁ、はい。わかりました。それで……大丈夫ですか?」
あんな事があったばかりなのだ、思わずそう声を溢してみると。
彼女は、少しだけ暗い顔をしてから。
「正直、よくわかりません。escapeから貰った資料に、茜の事が書いてあった時は……また復讐心が湧いたのも確かです。ソレを目的に今後を生きても良いのかもしれない、そうも思いましたけど。でも私にとっては……」
無理して笑った様な表情を浮かべながら、彼女は此方に笑みを向けた。
今までより、少しだけ大人っぽい表情で。
「黒獣に言われた“生きる理由”の方が、しっくりくるかなって。死にたくないから生きる、生きたいから足掻いて足掻いて生き残る。私みたいな弱い存在はそれで良いのかなって、第二目標として他の事を考える事にしました。思考停止って言われちゃえば、ソレまでですけど」
その答えは、どこか諦めにも近いモノだったのだろう。
しかしながら、Redoにとっての彼女の存在はあまりにも歪。
だからこそ、それくらいの方が心の防波堤にもなるのかもしれない。
が、しかし。
「その節は、本当に偉そうな事を言って申し訳ありませんでした……」
「あ、頭を上げて下さい唐沢さん! 私としては、ホントに原点というか。その、嬉しかったですよ? それに、黒獣もやっぱり唐沢さんなんだなぁって思えて……」
「それはそれで心に来ると言うか」
「もう、いいから早く支度して下さい! 今日にでも行動を起こすかもって言っていたんですから!」
それだけ言って、襖を締められてしまった。
はぁ……とりあえず着替えるか。
もはや何度目か分からないため息を溢しつつ浴衣を脱いでみれば。
「唐沢さーん? 終わりましたかー?」
「え? あ、すみません。まだです」
何やら急かして来る声が。
不思議に思って室内を見渡してみれば、彼女の旅行バッグの中から飛び出している私服が見える。
そういえば、理沙さんも浴衣だったな。
「すぐ出ますので、もう少しお待ちを」
「いえいえー、ごゆっくりー」
今度から旅館でも、部屋を別にしてもらおう。
防御という意味では、今の方が安全なのだろうが。
俺達に若い子達の様なラブコメはいらないのだから。
※※※
「来たか、黒獣」
「せっかく着替えたのにサウナに呼び出すな馬鹿野郎」
「今日は忙しくなるからね、昨日の酒も全部抜いておいた方が良いと思って。ボンヤリしたまま仕事をされても困る」
「寝て起きたらスッキリだよ、酒は残って無い。二日酔いにもなってない」
いつも通りの会話をしながら隣に座ってみれば、彼はふぅと熱い息を溢してから長い前髪をかき上げ。
「今回ばかりは、ガチで行くよ。全員の安全を確保する為には絶対に必要な保険だ」
「こっちはいつもガチだよ。と、言いたい所だけど。どういう事だ?」
妙な事を言い出すescapeの方を向き直ってみれば、見ているだけでイラッとしそうな残念イケメン野郎がニッと口元を歪めてみせた。
以前理沙さんが俺に懐いているとか何とか言っていたが、こっちとしてはお前の方がそう言う問題を起こさないか心配だわ。
「相手の主力は本社に集まっている。ソコを突破する為には、より個人の実力を高める必要が出て来た。更に前回の近藤という男の情報提供が本当なら、相手の能力がより鮮明に数値化する事が可能。だったら、こっちも必要な能力値が見えて来るってものだ」
「信用できるのか?」
「俺が調べた限りは、資料通りと思って良いと思う。隠蔽能力も強いから、絶対とは言わないけど」
「なら、安心だ」
「少し俺を信用し過ぎだと思うけど?」
「裏切るのなら、相手になる」
「おっと、そりゃ不味いね」
クックックと笑うescapeは再び真剣な表情に戻り、此方に冷たい視線を向けて来た。
それはもう出会った頃の様な、此方の事を何とも思っていない様な瞳で。
「俺は今から、アンタの事を駒として使うよ。アンタのルールもある程度無視、俺達が全員で生き残れる為のポイント稼ぎの特攻役。短い時間で、他の面々も強化する必要が出て来たんだ。今回の城攻めは、間違いなく一人では成し遂げられない」
「前みたいに、俺だけだと対処出来ない賞金首でも居るのか? えぇと、なんだっけ。
正直、あんなのが何人も居るなら攻略不可能だ。
SF長距離ライフルをバスバス撃たれたら、流石に回避しようがない。
スクリーマーの“感覚”能力を持ってしても、限界があるだろう。
「アイツはQueenの子供達からしても“大当たり”の部類だと思う。けど他の面々も、なかなかどうして厄介だ。しかも有象無象が大量に居るからね……であれば、こっちの陣営の強化は必須だろう?」
「具体的には?」
「アンタには、この街に居る“狩る対象”のプレイヤーをひたすら潰して貰う。しかも“向こう側”に入ったままで、だ。無関係なヤバイのに当たらない様こっちで誘導するけど、連戦どころの話じゃない。でもQueenと繋がりのある面々を端から潰していく形になるから、盤面はかなり動かす事になるね」
それはまた、随分と派手に動くみたいだ。
相手の本拠地に攻め込むだけでは無く、此方からこの土地全てに喧嘩を売る様な真似をする訳だ。
そしてそのポイントを使って、俺を含め周りの面々を強化すると。
ハハッ、随分と強攻策に出たものだ。
「らしくないな、escape。いつもなら俺達の姿ですら、晒す事を嫌うのに」
「でも、それをやるだけの価値はある相手って事だよ。パーティの安全という意味でも、Redoの事を調べる意味でも。ウチのプレデターは、こんなふざけた話でも乗ってくれるのかな?」
全く、コイツは。
こんな所まで来て、後に引けない状況だとは分かっているだろうに。
意地悪く、選択肢を残して来るのだから。
本当に困ったものだ。
「やるしかない、だろ? どうせ逃げ帰っても、怯えて暮らすだけだからな」
「それでこそ、我らが賞金首のプレデターだ」
さて、今までは散々中途半端な行動を取っていたが。
そろそろ反撃の狼煙を上げる時間という訳だ。
だったら、やろうか。
城を守る駒を端から喰い散らかし、喰った分だけ此方は強くなる。
そして最後に喰いつくのは、ふんぞり返った女王様の首元ってシナリオだ。
「戦闘の意思が無いと思われるプレイヤー、キルログの無い相手に関しては……」
「分かってる、ソイツ等は放っておくさ。可能な限り誘導でもして、アンタの視界にさえ入らない様にしよう。但しスピード勝負だからね、善悪の判断は俺に委ねてもらう事になる」
「なら、決まりだ」
コレを成し遂げないと、俺達の平穏は帰ってこないからな。
さぁ、本格的に城攻めの時間だ。
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