第117話 何を望む


「あぁ、おかえり」


 Redoをログアウトして部屋に戻ってみれば、既に帰って来ていたらしいescapeが何かの資料を読みながら待っていた。


「無事だったか、良かった。相手は?」


「お陰様で。向こうは一旦雲隠れするってさ、こっちからの呼び出しにはすぐ応えられる様にするって言ってたけど」


 えらく気楽な声を上げているが、それで良いのだろうか?

 今回の連中だって、彼が俺達の居場所を教えた可能性だってあるのに。


「……逃がして良かったのか?」


「ま、今日の所はね。俺だけ彼に張り付いていても、やられる可能性の方が高いし。あと、色々とお土産も貰って来たから」


 それだけ言って、ベシベシと書類の束を叩いていた。

 まぁコイツがそう判断したのなら、何かしら相手の手掛かりを掴んだという事なのだろうが……。


「あ、あの……また何か、お二人で事態を進めていたって事なんですかね……」


 おずおずと声を上げる理沙さんが、此方の話に食いついて来た訳だが。

 やはり、元気がない。

 まぁ彼女がプレイヤーとなるきっかけを作った相手と遭遇し、更には勝てなかったのだ。

 もっと言うなら俺達の手で彼女の目的である復讐を掻っ攫ってしまったのだから、無理もない。

 どう声を掛けて良いものかと、思わず考え込んでしまったが……でも正直、後悔はしていない。


「あまり大人数で動いても目立つだけだからね。それにRISAとfortだって顔が割れているんだ、あまりフラフラされても困るんだよ」


「そう……ですか」


 彼女の態度に違和感を持ったのか、escapeは怪訝な顔をしながら資料から目を放し。

 そして、思い切り溜息を溢した。


「あれかい? またイジけちゃったのかいウチの白兎さんは。今回の相手の事は俺の方でも確認したから、ある程度察しは付くけど」


「おい、escape。言い方ってもんが……」


 流石に今の理沙さんに、あまり煽り文句の様な言葉をぶつけるのは……などと思っていたが。


「いいえ、一応新しい目的も出来ましたので。多分、問題ないです。すみません」


「あっそ、なら良いよ」


 改めてハッキリとした声を上げる彼女に安心したのか、escapeは資料に視線を戻してから一束ほど此方に差し出して来た。


「これは?」


「Queenの過去の行動記録。どちらかと言えばRISAが読んだ方が良いかな」


 受け取ったソレをそのまま彼女に渡してみれば、理沙さんは急に眼を見開いてから。


「……コイツが、こっちにも最初から絡んでたって事ですか」


「どうだい? もう一つくらい新しい目的があった方が、生きやすいだろう? 例えそれが復讐という行動だとしても、活力には代わるからね」


 意地の悪い笑みを浮かべるescapeと、やけに視線を鋭くする理沙さん。

 これはまた、若い子に悪い感情を抱かせる事態が発生したみたいだ。

 出来れば、程々にして欲しいんだけども……。


 ※※※


 翌日の早朝、再び運転席に座りながら。


「それで?」


「なに? 黒獣」


「とぼけるな、理沙さんに渡した資料。霧島茜さんの資料だろう? それに、その後の状況を説明しろよ」


 後ろの席で眠っている二人を確認してから、助手席に座っている性格が悪いのに問いかけた。

 すると相手は資料から目を放し、ふぅとため息を溢してから。


「RISAが自らの実力不足を痛感しているのは前から分かっている事だ。だったら無理やりにでも前を向かせた方が良いだろう? 例えそれが褒められた手段ではなくても、そうしないと俺達にとって“邪魔”になる」


「そうかい、お優しい心遣いもあったものだな」


 ハッと笑い声を洩らしてみれば、escapeも渋い顔を浮かべ。


「そうは言っても、仕方ないだろ? 生きる目的の無い戦士を戦場に送り出せばどうなるか、分かり切っている答えだ。そして彼女だけで放置すれば、間違いなく……」


「まぁ、な」


「でもそれ以上に、色々と新しい情報が入って来てね。簡単に言うと、個人の事情に付き合ってご機嫌を取っている場合では無くなってきているって所かな」


 やけに意味深な発言をするescapeに思わず視線を向けてみれば、前を見ろと怒られてしまった。

 運転中だからね、分かるんだけどさ。


「後で資料も見せるけどさ、今の所判明した個所だけを説明しておくと……俺の妄想が現実味を帯びて来たって所かな」


「この世界そのものが~ってヤツか?」


 だとしたら話の規模がかなり大きくなる上に、結局俺達は何の為に戦っているんだって話になって来る訳だが。

 自らの想像を肯定する情報が出て来たと言うのに、彼は全く嬉しそうな雰囲気など見せず。


「その情報の断片を、Queen……というか、彼女が囲っているプレイヤーが持っている可能性がある。なんでもRedoには終わりというか、“クリア”が存在するらしい」


「……クリア、ねぇ。ソレを達成すれば、全てのプレイヤーが解放されるとか、そういうのがあるのか?」


「さてね、でも何かしらの“権利”が与えられるらしい。こればかりは、向こうもまだ情報が掴み切れていない様だ」


 だが実際、その“クリア”が発生した場合どうなる?

 俺達というプレイヤーは、その後普通の生活を送る事になるのか?

 それとも、escapeの想像通りこの世界全てが“ゲーム”の様な扱いだった場合……終わった物語には続きが必要無くなり。

 全て削除される、とかな。


「まだ分からない事ばかりだけどね。しかしその“権利”とやらがこの世界そのものに関わるモノだった場合、アンタなら何を望む?」


「俺は……」


 何を、望むんだろうか?

 Redoなんてゲームは無い方が良い、それは確かだが。

 コレに助けられた俺が、そんな言葉を吐くのは間違っている気がする。

 後ろの二人の様な存在からすれば、間違いなく忌むべき存在なのだろうが。

 俺の場合には、Redoに関わらなければ“あの夜”で終わっていた人生なのだから。


「想像も付かないな。どの話も抽象的過ぎて、俺の手に余る」


「ま、普通はそうだよね」


 そんな言葉を交わしつつ、静かに道路を眺めていると。

 escapeが今一度ため息を溢してから。


「SFなんかの映画であるけどさ。実はココが全部ゲーム世界で、現実はとんでもない状態でした……そっちで、つまり“現実”で目覚める権利が与えられます。なんて話だったらどうする?」


「それこそ、考えたくもないな」


 そんな事態に陥ったら、俺達はいったい何のために生きて来て、ここまで戦って来たのかって話になってしまうのだから。

 とてもじゃないが、想像すらしたくない。

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