第116話 生きる意味


「おい、お前等。とっとと“向こう”に戻るぞ、引き籠りだけ残して来ちまった」


 ダルそうにしながら、黒獣がゴキゴキと首を鳴らしながら近づいて来た。

 巧君が無事で、この人がこっち側に来てるって事は……多分リアルの方に残っていた二人も処理してくれたのだろう。

 あぁもう、何か。


「すみません、でした……ありがとうございます、黒獣」


「あん?」


 地に伏せたまま声を上げてみれば、相手はつまらなそうな声を返して来た。

 まぁ、そうだよね。

 黒獣にとっては、私の悩み何て些細な事だろうし。

 今回も友人の仇だったというのに、私は“殺し”を戸惑う云々の前に手も足も出なかった。

 こんなのが仲間に居ても、興味の一欠けらも……。


「鬱陶しいな、なんだ? いつも通りウジウジウジウジしてんのか? 好きだなぁ、お前は。そんなにイジけて面白いのか?」


 相手は全く空気を読まない様子で、私の首元を掴んで持ち上げてくるではないか。

 ホント、小動物みたいな扱いで。

 その扱いに、今日だけはブチッと来てしまった。


「そんな訳……ない」


「あ?」


「っ! 面白い訳ないじゃないですか! 悔しいんですよ! 私は結局何も出来ず、何にもなれず……茜を殺した奴等にだって、全然敵わなかった! 今まで賞金首とか、やけに強いのを相手にして来たから調子に乗っていたんです。普通のプレイヤーなら何とかなるって一人で攻め込んで……結局は、このザマです」


 グッと唇を噛みしめながら言葉を紡いでみれば。


「え、えっと……状況が良く分からないですけど。大葉さんは凄く頑張ってると思いま――」


「頑張るだけじゃ! 何にも救えないんだよ!」


 八つ当たりも良い所だ。

 巧君が励ましの言葉を送ってくれたのに、私は感情のままにそれを遮ってしまった。

 悔しい、悲しい。

 そんな感情ばかりが胸の中を渦巻いていた。

 私は、何も出来ない。

 それが今回で本当に証明されてしまったみたいで。

 心の中で巧君に謝りながらも、情けなさで涙を溜めて。

 本当、どうしようもない……。

 なんて事を思った瞬間。


「なら、どうする? 白兎」


 黒獣が私の事を彼の目の前に持って来て、拳を振り上げた。


「死にたいのか? なら、殺してやる。オラ、どうしたいんだ? 言えよ。ガキの癇癪に付き合ってる場合じゃねぇって事だけは理解してるよな?」


 思わず、涙が零れた。

 悔しい、悲しい、力が無い。

 今までそんな事ばかり考えて反発的な意思を持っていたのに、今では“怖い”と思ってしまった自分が情けなくて。

 それら全ての感情が溢れ出し、ボロボロと涙が零れた。


「答えろ、白兎。てめぇは何の為にRedoで戦う? お友達の仇を取りたい。そりゃもう無理だ、諦めな。蜘蛛女の仇は俺が負けを認めさせた上に、今隣にいるしなぁ? 茜……だっけか? そっちも俺とfortで喰っちまった。なら今のお前の目的は何だ? そこだけに拘るプレイヤーなら、目的が無くなった以上、死んでも構わねぇよな?」


「黒獣!」


「黙ってろfort、口を出してぇなら俺が関与する前にお前が解決しろ。ソレが出来ねぇなら、黙ってろクソガキ」


 やけに攻撃的な言葉を使いながら、彼は更に私を持ち上げる。

 もはやこのまま地面に叩きつけられて殺されるのではないかという位置まで持って来てから、ポツリと。


「てめぇの欲望を口にしろよ、白兎。ここは、“そういう”世界だ」


 その声を聞いた瞬間、今まで以上にボロボロと涙が零れた。

 だって、だって……私は。

 今とても自分勝手な欲望を抱いてしまっているのだから。

 紗月には、本当にごめんって謝るしかない。

 貴女を殺したfortという存在を、私は守ろうとしてしまっている。

 茜には、なんて言ったら良いのか分からない。

 彼女を痛めつけたプレイヤー達を見つけたのに、私は何も出来ないばかりか、仲間達に解決してもらった。

 だからこそ、謝罪の言葉ばかりが頭に浮かぶが。


「……ぃ、きたい」


「あぁ? 聞えねぇぞ雑魚」


「生きたい! 死にたくない! こんなゲームの中で、エフェクトになって消えたくない! あんな風に、何も残らず消えるのなんか嫌だ!」


 そう叫んでしまった。

 人としての目的、目標。

 そう言うモノでは無く、ただの生存本能。

 私の心を支配しているのは、今はそれだけ。

 相手のプレイヤーに脚を奪われた時、多分もう駄目だって思ったんだ。

 前衛型が笑い声を上げた瞬間、死ぬんだって思った。

 だから皆に助けられて、どこまでも安心している自分が嫌だった。

 今回の敵は私が倒さなきゃいけなかったのに、生きている事に安堵した自分が居たんだ。

 そんな弱い自分が嫌で、否定しようとしたけど。

 その感情さえも、黒獣は見抜いていたんだろう。


「私は、生きたい! 死にたくない!」


「クハハハッ! そうだ、それで良い! 結局はソコなんだよ! 俺達は死にたくないから戦ってる、生きていたいが為に相手を犠牲にするクズだって事だ!」


 それだけ言って、黒獣は私を地面に放り投げた。

 脚に力が入らなくて、そのまま地面に倒れ込んでしまったが。

 それでも彼は笑い声を上げて。


「だったらどうだ? お前は何を恥じる? 俺達は生きている、相手をぶっ殺して、今を生き残ってるんだよ。だったら笑え、白兎。お前は、アイツ等が死んでも生き残ってる。つまりお前の方が強かった、それだけなんだよ。理由だ経緯だはどうでも良い、生きている。それが全てだ。お前は、アイツ等より“強い”と評される位置に立っている。だったら、笑え白兎!」


 とんでもない暴論に思わず笑いが零れた。

 イカれてる、そうとしか言いようがない。

 だというのに。


「ハ、ハハハ」


「てめぇは俺に勝ったプレイヤー様なんだろう? だったら下らねぇ事でいちいちメソメソしてんな、鬱陶しい」


「黒獣って、意外と根に持ちますよね……まだそんな事言ってるんですか」


 もしかしてコレって、黒獣なりに励ましてくれていたりするのだろうか?

 いやないか、黒獣だし……。

 でももしもそうだとするなら、間違いなく唐沢さんから生まれたアバターだという事なのだろう。

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