第112話 意志と現実


「続いて有住巧に関しては……こちらは、完全に一度Queenの手に落ちた子供ですから。個人の情報は完全に割れていると思って下さい。此方が把握出来ないのは、escapeが保護した後の情報のみ、という事になります」


「アンタ等……そんな手を使って子供を追い詰めて、恥ずかしくないのか? 彼等を何だと思っているんだ? 俺達とは違う、自ら戦う事を選んだって訳じゃないんだぞ?」


 思わず奥歯を噛みしめながら、グラスを握った瞬間。

 パリンッ! と派手な音を立てて砕け散った。

 あぁ、クソ……イライラする。


「黒獣、落ち着いて。相手はソレに異を唱える為に、俺達に協力しようとしているんだ」


「だが、これまで関わって来たのは事実だ」


「その通り、だからこそ許してやれなんて言わない。が、しかし。今この場でこの男を狩った所でどうなる? アンタは今、冷静な思考を持ち合わせている筈だ。それに俺達だって同じ穴の狢、プレイヤーなんてクズばかりだと忘れた訳じゃないんだろ?」


 隣に座るescapeから新しいグラスを渡され、ソレを一気にグイッと煽ってから。

 はぁぁぁ、と大きなため息を溢した。

 そうだ落ち着け。

 目の前に居る相手は、この状況を覆したくて俺達に情報提供をしようとしているのだ。

 だからこそ、彼に敵意を向けた所で意味はない。

 これまで見過ごして来た、見ない様にして来た事実は変わらないにしても。

 変えようと決断し、姿を現したのだ。

 だったら、彼に当たっても仕方ない。

 だからこそ、もう一度ため息を溢してから相手を見据えてみれば。


「本当に、私が思っていた“黒獣”という存在とは違い……貴方は、非常に慈悲深いのですね」


「喧嘩を売っているのか?」


「いいえ、まさか。此方としては、貴方の様な人に協力を求められた事が幸運だったとさえ思います」


 相手はやけに緩い笑みを浮かべて、更に資料を差し出して来た。

 そこに載っているのは、やけに若い面々達。


「コチラは現状Queenが育てている賞金首のリストです。コレだけの数の子供達が、今も女王の手によってRedoに関わっています。どうか、お願いです。彼女を止めて下さい……その楔さえ無くなってしまえば、彼等彼女等は自由に生きられる」


 そう言って頭を下げる彼に対し、此方の気持ちは何処までも冷めて行った。

 何を、今更。

 これまではお前も手を貸していた事例なのだろう?

 そんな感情が湧いてくるが。


「黒獣、アンタなら分かる筈だ。個人でどうこう出来ない問題は無数にある。その上で、今回行動を起こした愚か者がコイツだった。それだけだ」


「あぁ、理解してるさ。理解はしているが……納得はしていない」


「だろうね。社会ってのは、大体そんなものだ」


 なんて言葉を吐くescapeに、此方の意見を呑み込みつつ鋭い眼差しを相手に向けてみれば。


「貴方の仰る通り、私はQueenという存在に協力し、取り返しのつかない事態に進めてしまった張本人。今更聖人を語るつもりも、無実を訴えるつもりもありません。しかし……やり直したいと、そう考えました」


「アンタの言葉を、信用に価すると思える根拠は?」


 ギリギリと拳を握り締めながら、敵意を露わにして見た結果。

 相手は、非常に穏やかな顔を浮かべ。


「私にも……子供が出来たんです。我が子を見て思いました。Queenの行いは、この子さえも不幸に巻き込む可能性がある愚行なのかと。賞金首のRedoプレイヤーに育てる為に母を奪い、幼子の自由を奪い、洗脳するかの如く自らに依存させる。これは、許されない事だ。そして彼女に手を貸してしまった私も、また同罪」


「で? 贖罪すれば救われるとでも?」


「いいえ、私は罪人です。Redoがどうとかではなく、間違いを犯した人間です。だからこそ、せめてもの償い。彼女によって不幸になってしまった子供達を救いたいと、考えております。その為に何年も掛けてQueenのスキルを欺く対抗スキルを育て、異を唱える者を集めました。どうか、お願いです……本来なら私が彼女を消し去るべきなのですが、私では無理なのです。ゲーム内でも、ゲーム外でもどうしても反旗を翻せなかった。貴方方の力が……どうしても必要なんです。ですからどうか」


 それだけ言って、彼はテーブルに額を当てる勢いで頭を下げて来た。

 本気、という事で良いのだろう。

 彼の雰囲気からは、此方を騙そうとする“気配”が感じられない。

 だからこそ、信じても良い。

 そう思えたのだが。


「……あん?」


「どうした? 黒獣」


 今何か感覚の端っこに異物が引っかかった様な、妙な感じを受けた。

 なんだ? リユも警告して来ない事から、プレイヤーを探知したって事では無いと思うのだが。

 ハンドサインを出して、一応escapeに探知を依頼する。


「アンタの事は後回しだ、まず教えろ。お前以外に、探知を妨害出来るスキル持ちはどれくらい居る? そして、アンタの意志がQueenに気付かれている可能性は?」


 思わず鋭い言葉を上げ、彼の事を睨みつけてみれば。


「これから説明しようとしていたのですが……Queenは我々のスキルをコピーし、一時的に配下に与える事が出来ます。その為、情報処理的な能力が得意な人物がいれば、それが数十数百という数に膨れ上がる可能性も――」


「黒獣、当たりだ。向こうにお客さん」


「チッ、そんなのがウジャウジャ居るなら調べようがねぇよな!」


 すぐさまRedo端末を取り出し、仲間の状態を確認すると。

 あぁクソがっ! RISAと表示されているプレイヤーネームが、目の前で“ログイン”の表記に変わってしまったではないか。


「escape!」


「こっちは良い、アンタは向こうに行ってくれ。あぁくそ、二重三重に探知回避をして来て面倒な奴等だとは思ってたけど……まさか、こういう事だとはね。そりゃ見つける方が難しい訳だ」


「どうでも良い、俺は向こうに行くぞ!? 一人で残されたからって……死ぬなよ?」


「ハハッ、そりゃどうも。若干“混じってる”ぞ、黒獣。行ってこい、こっちはどうにかする」


「了解だ。リユ!」


 それだけ言って、Redoにログインした。

 周囲から人は居なくなり、居酒屋の個室に黒鎧が一人出現する。

 そして。


『今回の仕事は戦闘が始まってしまったRISAさんの保護と、未だログインしていないfortの無事を確認。つまり“向こう側”と“こちら側”に保護対象が居ます! 良いですね!? 戦うだけが仕事じゃないんですよ!? 分かりましたねマスター!?』


「ガァァァァァ! メンドクセェんだよボケがぁぁ!」


 叫び声を上げながら、居酒屋の壁をぶち破って跳躍するのであった。

 ダルイ! どいつもこいつも“こっち側”で勝負を挑んで来やがれ!

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