第110話 些細な関わり


「まずは此方の現状から説明しようかと思っておりますが、先に何か聞いておきたい事等はありますか? 信用を得る為にも、可能な限り要望に応えようと考えています」


 とてもキチッとした態度を取る相手、近藤さんと言ったか。

 彼は席に付いて、飲み物だけ注文した後はずっとこの調子だ。


「ご丁寧にどうも……私は――」


「黒獣、名乗るのは不味い。アンタの顔は割れていても、名前までは知られていない可能性がある」


 名乗ろうとした俺を即座に止めて来るescape。

 確かにRedoとして考えれば正しい判断なのだろうが、何と言うか……良いのだろうか?

 相手からは名刺まで貰っている状態なのに。

 なんて事を思いながら渋い顔を浮かべていれば、相手は此方に微笑みを返し。


「構いませんよ。此方は貴方方に協力を求めている立場、そちらが不利になる要素は可能な限り隠して下さい」


「何というか……申し訳ない」


 向こうが社会人的な態度だと、やっぱり昔の癖が出て来るというか。

 此方も相手に対してペコペコしてしまう。

 その間も、escapeだけはふんぞり返るみたいにしながら足を組んで座っていたが。

 彼の場合は顔を晒す訳にはいかないってのは分かるが、フードも被ったままだし態度悪いぞお前。


「それじゃ先に質問、ここ最近黒獣に勝負を挑んで来る民間人。アレはQueenの息が掛かった者達って事で良いのかな? 関係者とまでは呼べないけど、多少なり繋がりがある連中ばかりだよね」


 偉そうなフードマンが急にそんな事を言い始めた。

 おい、なんだそれ。

 俺も聞いてないぞ。

 思わず突っ込みそうになったが……もしかして、カマを掛けている可能性もあるのか。

 という事で、しばらく黙ったまま相手の様子を伺っていれば。


「そちらも当然聞かれるだろうと予想して、顧客リストを用意しました。Redoに関わっている面々の情報をまとめておきましたので。どうぞ、こちらを」


 バッグから書類の束を取り出し、そのまま此方に差し出して来た近藤さん。

 受け取って目を通してみれば、思いっきり彼の会社顧客情報。

 分かってる、分かってるんだけどさ。

 こうも堂々と個人情報の流出が目の前で行われると、思わず頭を抱えてしまいたくなった。


「取引先や、顧客。つまり一般のお客様などでも、ゲームに関わっている人間は結構多いんです。そして、Queenの傘下に入る事で“狩られない”事を約束され私生活を送る。今回の様な緊急時には駆り出され、所謂“捨て駒”として扱われるプレイヤー達です。彼等に情報共有を行い、目撃情報、戦闘結果を元に貴方方の居場所を割り出そうとしている状態ですね」


 向こうも向こうで、派手に此方の個人情報を流失してくれていた様だ。

 というか、かなり手広くやっているな……まさか会社外の一般プレイヤーまで取り込んでいたとは。

 そこまで出来る程の脅威として君臨しているのか、それとも以前escapeが言っていた様な特別なスキルを使用しているのか。

 今の所は分からないが、目の前に答えをくれる人が居るのだ。

 だったら、この機会に根掘り葉掘り聞いてしまった方が良いだろう。


「RISAさんとfortに関しては? どれほど個人情報が漏れてしまっているんでしょうか?」


 そう言って身を乗り出してみると、彼は少々驚いた顔を浮かべてから。


「黒獣は……私が思っていた人物とは違った様ですね。てっきりご自身の情報漏洩を心配したり、戦力を調べようとして来ると思っていたのですが。まずは子供達の心配ですか」


 それだけ言って、フッと表情を緩めてみせた。

 多分嫌味を言われた訳ではないと思うのだが……ちょっと反応に困るな、これは。


「こっちの詮索は無し、質問に答えてくれないかな? “Butlerバトラー”。プレイヤーがリアルでどんな人間だろうと、今は関係ないよね?」


「えぇ、そうでしたね。では、お答えいたします」


 escapeにより遮られてしまったが、彼は何と言うか……ちょっとだけ嬉しそうにしていた様に見えた。

 俺にはそこまで人を見る目というものは無いが、もしかしたらこの人は結構信用できるのかもしれない。

 最初に言っていた“子供を不幸にするQueenを止めたい”と言うのは、本心なのかもしれない。

 なんて言葉にすれば、escapeからは簡単に信用し過ぎだと笑われるのだろうが。


「まずは大葉理沙に関して。彼女の場合は顔と住んでいたアパートの位置が特定されている程度です、現状はもぬけの殻になっているのでご心配には及ばないかと。個人情報を手に入れると言うのは、映画の様に上手くはいかないモノですから」


 やはり、ウチのハッカーが頭おかしいだけだったらしい。

 まぁそうだよな、普通の行動で相手の情報を手に入れるって結構大変だろうし。

 ストーカー行為に近い所まで行けば、郵便物などから名前やら電話番号やら調べられそうだが。

 とはいえ、安心出来る訳ではないのは確かだが。


「彼女の名前が判明したのも、此方の過去の資料にデータが残っていたのが原因ですから。それからfort、有住巧に関しましては――」


「ちょ、ちょっと待った! 過去のデータにRISAさんの情報があったって、どういうことですか? 今回の件以前に、彼女とQueenが関わっていた経歴があると?」


 思わず声を上げ、話を止めてしまったが。

 相手からは驚いた顔を頂き、escapeからは溜息を貰ってしまった。

 え、何? もしかしてescapeは既に何か掴んでいる感じなのか?

 一人だけ事態に付いて行けていない様で、ちょっと恥ずかしいんだが。


「え、えぇと……以前此方の“rabbitラビット”と遭遇したのは、ご存知ですよね?」


「あぁ、えぇと、はい。何でも彼女の友人の妹だとか……」


 言葉にしてみれば、再びescapeからため息が上がり。


「彼女の友人、霧島きりしま あかね。RISAをRedoに招待した人物。片親であり、その人物もまた生活費の為に学生の頃から働いていた。そこに舞い降りた“稼げるゲーム”、この話に彼女は飛びついた。父と妹の生活を守る為に、プレイヤーとなった。ホラ、この時点で色々と似通っている人物がいないかい?」


 彼の言葉に、ゾッと背筋が冷えた気がした。

 どこかで聞いた様な話だ、それもここ最近で。


「正確に言うと、ソレはまだ計画の途中段階だったんです。生活の基盤となっていた霧島茜という存在の消失、そして父親さえも居なくなったその瞬間。彼女の妹である霧島きりしま しずくは、大きな絶望を抱きながらQueenの保護を受けゲームに参加する。これは現実のモノとなりました、計画通り霧島雫は短期間で賞金首に上り詰めた」


「その時点で……Queenが関わっていた、と?」


「はい、その通りです。しかし予想外の出来事が一つ、大葉理沙をRedoに招待した……というより、助けを求めたという事実。コレに対し、霧島茜経緯で彼女を調べる機会があったんです。友人という立場にあれば、そして彼女の事を語る妹がいれば調べやすかったんだと思います。子供の語る“本人のみ”の情報とはなってしまいますが……それでも、手を出しやすい子供という意味で、“候補”としてリスト入りしてしまった。しかし既にアバターが決定していた為、優先順位はとても低かった」


 ゾワゾワする。

 それ程前から、此方の周囲にも手を広げていたのかという恐怖もそうだが。

 何より、胸の奥から嫌悪感と憎悪が広がっていく。


「彼女の……大葉理沙の友人を殺したプレイヤーは、お前達の関係者か?」


「……当時はバイトだったみたいですが、今ではウチの社員として働いています。各地に派遣する戦力として、Queenに忠実な駒ですよ。今でも同じような事を続けています」


 あぁ、どいつもこいつも。

 狂ってるんじゃないのか?

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