第109話 接触者
夕飯の時間に起こされてみれば、何か皆浴衣を着ていた。
旅館だからね、正装なのかもしれないけど。
物凄く堪能しているね君達。
なんて思いつつも、部屋に運ばれて来た食事を見て思わず目が覚めた。
「か、唐沢さん……蟹ですよ、蟹が居ます」
「そうだね、これは……凄いね」
やけに興奮気味な理沙さんは此方をガクガクと揺らして来て。
「蟹ってアレですよね!? 足をバキッってやって食べるんですよね!? 僕初めて食べます!」
興奮状態のもう一人、巧君も早く早くとばかりに袖を引っ張って来る。
そんでもって最後の一人、引き籠りハッカー様はと言えば。
「随分と当たりの時期に来たみたいだね、贅沢しようじゃないか。とはいえ……蟹って食べ辛いんだよなぁ……特に胴体が、脚は好きなんだけど」
そんな事を言いながら、蟹の胴体を突いていた。
蟹が喰えると言うのに、贅沢な奴め。
「何年振りだろうなぁ……普段家で料理しないから、こういう所じゃないと食べる機会も無いし」
よく考えてみれば、この中で普段から料理しているのって巧君くらいなんだよな。
俺も一人暮らしが長いので、一応それなりに出来なくもないが。
見るからに生活力無さそうなescapeに、見た目の割に生活力が壊滅的な理沙さん。
そう考えると、こういう所で美味しいモノを食べないと皆の舌が肥えない気がする。
今後巧君がちょっと贅沢を覚えて、スーパーとかでもこういう食材を購入しない限りは。
escapeの場合は、金で解決する可能性もあるが。
「さて、それじゃ……食べますか!」
「「いただきます!」」
皆揃って手を合わせた瞬間。
「黒獣、酒は頼まなくて良いのかい? せっかくの蟹なのに」
「……頼む」
「飲み過ぎはダメですからね!? ただでさえ唐沢さん怪我人なんですから!」
「良いモノを食べると回復も早かったりするんでしょうか……? 唐沢さん! 僕の蟹も食べて下さい!」
何だかんだ、ウチのパーティも仲良くなったものだ。
※※※
「それで? 今日も“夜勤”が発生するのか?」
「さぁ、どうかな。相手次第にはなるけど」
若い二人が寝入った頃、俺達は旅館からすぐ近くの居酒屋に来ていた。
この距離であれば二人の状態は逐一モニター出来る上、戦闘に巻き込まれてもすぐに救援に駆け付けられる距離……という事らしいが。
「大丈夫なのか? 相手はQueenの関係者なんだろう?」
「その通り。しかしQueenに対して反抗意識を持っている人物であり、彼女に一番近い存在。そして反乱分子をまとめている人間だ……と、本人は言っているけどね」
「確証はない、と」
「だが実際に俺と連絡が取れるくらいの実力者である事は間違いない」
そんな事を言われてしまうと、余計に警戒してしまうんだが。
それ程の人物が、此方とコンタクトを取って来た上に……今から会いに来ると。
相手はescapeと同じ情報戦特化の人間であり、自称反乱分子。
今の所安心出来る要素が一つも無いんだけども。
更に言うなら、コレが罠だという可能性の方が高い。
「こっちの場所が掴めている時点で、結構ヤバくないか?」
「今まで俺達が泊っているホテルを特定したのがその人物の仕業である場合は、非常に不味いね。しかしながら妙な点が多いのも確かだ」
「というと?」
二人揃って酒を片手に、個室で静かに話していれば。
コンコンッと扉をノックする音が聞こえる。
それと同時に、escapeは室内だというのにジャケットを羽織り、デカいフードで顔を隠し始めたではないか。
「今まで黒獣を襲っていたのが、Queenの会社とは関係の無い人物に思えるプレイヤーばかりだったのに対し、今回は本社の人間がコンタクトを取って来た上に顔も見せるっていうんだ。何かしら意図があるんだろうね……どうぞ? 入って来てくれ」
彼が声を上げれば、扉が静かに開かれ……入って来たのは、非常に普通のスーツの男。
見るからにサラリーマンという恰好をしているが、果たして。
「初めまして、私は
それだけ言って、此方に名刺を差し出して来る相手。
社会人の癖で立ち上がり、相手の自己紹介を聞きながら名刺を受け取ってみれば……非常に、普通の名刺だ。
聞いた事は無いが普通の会社名が書かれており、彼の本名や連絡先も書かれている。
生憎と現状は名刺を持ち歩いていないので、此方は返す事が出来なかったが。
「それで? わざわざ俺に個別で連絡を取って来た理由と、それだけの実力がありながらこんな真似をした理由を聞こうか?」
偉そうな言葉を残しながら、俺の隣に移動して相手に席を空けるescape。
台詞はなかなかアレだが、結構間抜けな事してるからな? お前。
などと思っている内に相手は対面席に腰を下ろし、深く頭を下げた後。
「私の御願いは、非常に単純です。Queenを止めて下さい。このまま行けば、彼女は今まで以上の子供達を不幸にする」
顔を上げた彼は、非常に真剣な表情で此方を見つめて来た。
その瞳は、escapeではなく俺の事を見つめている。
「詳細を……話して貰っても良いですか?」
「はい、此方に出来る可能な限りの情報提供を致します。なので……どうか、お願いします。黒獣と呼ばれる賞金首。貴方しか居ないと、私は確信しております。彼女に勝てるのは、野性的な圧倒的な暴力。だからこそ、こうしてリアルでも姿を現しました」
それだけ言って、彼は今一度頭を下げるのであった。
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