第104話 何処へ行こうと、運が無い


 ホテルにチェックインの際、少々問題が起きた。


「あ、あの……随分と若いお客様がいらっしゃる様ですが。失礼ながら、御関係を伺っても?」


 だ、そうで。

 まぁそうだよな。

 おっさんが一人、若い男が一人。

 高校生の女の子が一人と、小学生男子が一人。

 いったい何の組み合わせなんだと、俺でも思う。

 そんな訳で、早速言い訳に困ってしまった所。


「私が長男、此方は父です。それから長女に、次男です。母は……まぁ色々と問題がある人ですので。少々歪ですが、今はこうして家族で旅行に来たという訳ですね」


 にこやかな笑みを浮かべながら、escapeがとんでもない事を言い始めた。

 おい待て貴様、お前の様な息子を持った覚えはない。

 というか、俺が幾つの時に子供を作ればお前が生れるんだ。

 色々とツッコミどころはあったが、ホテルの従業員は頬を引きつらせながらもチェックインを済ませてくれて。


「大変失礼しました。色々大変でしょうが、頑張ってください」


 何かを察したらしいホテルマンにルームキーを頂いてしまった。

 察するな、頼むから。

 とんでもなく複雑な家庭にしないでくれ。

 そんな事を思いながらエレベーターで数階上がり、それぞれの部屋にバラける訳だが。


「唐沢さん! そっちの部屋に遊びに行っても良いですか!?」


 旅行のテンションなのか、巧君がキャッキャと浮かれている。

 何処の部屋に行こうとも、多分内装は同じだが……まぁ良いか。

 どうせビジネスホテルだし。


「良いよ、いつでもおいで。部屋番号を間違えない様にね? どこも見た目は同じだから」


「はい! 分かりました! あ、そういえばご飯は……」


「一度荷物を置いたら、すぐに一階で集合しようか。こういうホテルは、食事付きの方が少ないんだ。どこかで外食して、それから黒獣おじさんと遊べば良い」


「escape、その名前を出すなよ」


「お互いにね?」


 そんな会話をしつつ、遠征一日目は無事に過ぎていく。

 この辺で旨いというお店をescapeが探してくれて、皆揃って舌鼓を打ち。

 ホテルに帰って来てからは、皆それぞれの部屋に戻って行く。

 巧君は随分と眠そうにしていたが、理沙さんと同じ部屋の為心配はいらないだろう。

 という事で、俺はちょっとお酒でも買いに……なんて事を思っていたのだが。


『マスター、承認制の戦闘が申し込まれました。“決闘”ですね』


「……勘弁してくれよ、本当にすぐ近くのコンビニに出ただけだぞ? 帰ったら風呂とサウナに行こうとしていたのに」


『地元プレイヤーって線は薄そうですけどね、この辺ビジネスホテルばっかりですし。本当に運が悪い』


 このまま拒否してしまっても良いのだが、そしたら他の皆に牙を剥くかもしれない。

 それどころか、既に対戦を申し込んでいるかも。

 だとすれば、俺は前衛としてRedoにログインしておく方がパーティとしては安全なのだろうが……。


「一応escapeに連絡を入れておいてくれ。残り二人は……あまり不安を煽りたくないな」


『RISAさんからメッセージが届いています』


「……まさか、向こうが先に絡まれたか? 内容は」


 思わず端末を取り出し、モニターに鋭い視線を落としてみれば。


『ビデオカード? と言うモノを買ってみたのですが、コレってどう使えば良いんですか? てっきりテレビを見るのが有料なのかと思ったんですけど、普通に見られるんですね。何に使う物なのか分からなくて……』


 この子、いらん物買ってるし……。

 そういうのはね、今のご時世全く必要ないというか。

 家族には知られなくない様な有料動画を見る際に購入する人が多いんだよ?

 つまり、君には必要ないモノだ。

 映画とかも見られるけど、そういうのが見たいなら月額でもっと安く加入できるサービスが腐る程あるから。


『此方は私が返答しておきますので、マスターはお気になさらず。目の前の戦闘に集中して下さい』


「いやお前、絶対ろくな返事しないだろう? 分かってるんだぞ?」


『てへっ』


「てへっ、じゃねぇ」


『はい! 試合を了承してログインしまーす!』


「リユ! 本当におかしな事送るなよ!? 後で確認するからな!?」


 と言う事で、俺はRedoの世界へと放り込まれるのであった。


 ※※※


「なるほど……これで有料番組が見られる様になるんだってさ」


「それなりの値段ですから、映画とかの種類が豊富って事なんですかね?」


「だと良いねぇ~」


 とか何とか会話しながらパンフレットを捲っていれば、急にエッチな感じの広告ページが。

 思わずズバンッ! と音がする程の勢いでパンフを閉じた訳だが……あれ? まだそれなりにページ数があるんだけど。

 もしかして、この先のページはずっとこんな感じ?

 だとすると、えぇと?

 もしかして有料番組の視聴って、こういうのが主だったりするんじゃ……。


『マスター。黒獣の端末、“リユ”からメッセージが届いています』


「え、あ、うん。確認します、巧君はそのまま。決して好奇心で続きのページを開いたりしない様に」


「あー、えーっと……了解です」


 なんて会話をしつつ、リユから届いたメッセージを開いてみれば。


『基本的にパンフレットを見て頂いて、見たい番組や映画が無ければエッチな動画を一人で楽しむ為のサービスですかね! 偏見をぶち込んだ個人的な意見ですけど! fortの性教育もほどほどに!』


 思わず、端末を枕に向かってぶん投げた。

 私、完全に余計な物購入した!

 有料サービスの動画サイトだったら普通に登録してるし、タブレットだって持ってきているから大きな画面で見たい訳じゃ無いなら、これだけで十分足りた!

 だというのに、だというのに!

 何てことを思いつつ、変な事を聞いてしまった唐沢さんに通話を掛ける。

 多分返答に困って、リユに返事を送らせたのだろう。

 一言でも良いから謝っておかなければ。

 そう、思っていたのだが。


「大葉さん! これ、この映画! 結構古いんですけど、凄く良い映画ですよ! お父さんと一緒に見た事あります! 見ませんか!?」


 キラキラした目で、巧君がパンフレット健全な場所を指さしていた。


「う、うん。寝る前に一緒に見よっか。でもちょっと待ってね? 今唐沢さんに通話を……」


『あぁ!? なんの用だ白兎! 取り込み中だ!』


 端末からは、黒獣の怒鳴り声が帰って来た。

 あ、あれぇ? もしかして、ログインしていらっしゃる?

 さっきまで「これからお風呂行ってサウナ行くんだー」みたいなテンションだったのに。


「あー、えーっと。もしかして、対戦中ですか? こんな所まで来て、いつも通りに。私もそっちに行った方が良いでしょうか?」


『ガァァァ! ハッ、雑魚が! 適当に相手を選んで喧嘩を売るからこうなるんだ、良い勉強になっただろ? オラ次! とっとと掛かって来……はぁぁぁ、今ので最後か。んで、なんだって? お前が俺と対戦するって話だったか?』


「いえ、すみません。もうお風呂入って寝ます、おやすみなさい」


 それだけ言って、通話を切った。

 なんかもう、終わったみたいだし。

 というか、うん。

 唐沢さん……escapeからの探知阻害も貰っているのに、どうしてこんな偶発的な戦闘に巻き込まれるの。

 貴方本当に運悪すぎですって……だってココビジネスホテルなのに。

 地元民が泊まる施設じゃないでしょうに、相手だって出張とかで宿泊しているだけでしょうに。

 もしかしたら、この地に泊まるプレイヤーを端から狩っている様なヤツが居たのかもしれないけど。

 だとしても、フレンドリストを見る限り巻き込まれたのは黒獣だけみたいだ。

 ログインの表示が出ているのは彼のみ。

 あ、今戻って来た。

 何かもう、黒獣は何処に行っても行動が変わらないなぁ……。


「巧君、映画の前にお風呂行こうか。大浴場みたいだから、一応escapeか唐沢さんと一緒に入ってくれる?」


「分かりました! 唐沢さんの部屋には行って良いって許可貰いましたし、誘って来ます!」


「あ、多分本人Redoの関係で自室に居ないから。escapeの方に先に声掛けておいで……」


 どうしてこう、遠征一日目にして精神的に疲れる事態が発生するのだろうか。

 これもまた、絶対Redoの悪い所だよね。

 基本的にルールがガバガバ過ぎるのよ……マジで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る