第101話 降伏


「唐沢さん!」


「……っせぇな、騒ぐな」


 戦闘が終わった瞬間此方に走ってきた白兎が、俺の体を支えて来た。

 チッ、情けねぇ。

 こんな雑魚に介護される程スタボロにされるとは。

 だが。


「クッ、ククク……あぁ、楽しかった」


「言ってる場合ですか!? 右腕! 大丈夫なんですか!? 早くログアウトして下さい!」


 やけに慌てた様子を見せる白兎の声に従って、自らの右腕に視線を向けてみれば。

 おーおー、こりゃまた派手なスキルな事で。

 アイツの稲妻が鎧に刻印されたかのように、不気味な模様が浮かび上がり。

 まるで脈動しているかの様に感じる程。

 デバフか何かか? まさかリアルに戻ってもこのままだったりするのは、ちょっと勘弁して欲しい所だが。

 だが俺には“逸れ者”のスキルがある、バフもデバフも効かない筈……まぁ何とかなるか。

 思わず大きなため息を溢してから、さっさとログアウトしようとリユに声を掛けようとした瞬間。


「動かないで頂けますか? 賞金首」


「あぁ?」


 俺達を取り囲む様にして、数十人のプレイヤーが姿を現したではないか。

 手に持っているのは、ここ最近よく見かけたゴツイ銃火器。

 つまり、侍とやり合う前に叩き潰した連中のお仲間って訳だ。


「随分とお強い様ですね、流石に驚きました。特徴の無い物理特化のプレイヤーが、まさかレイドモンスターまで討伐するとは。それとも目に見えない所で役立つスキルでも持っているのでしょうか?」


 何やら語り出した敵のリーダー格が端末を取り出し、此方に“強襲”を仕掛けて来た。

 ハッ、なかなかどうして落ち着いてやがる。

 これで俺達は“対戦中”の扱いになった訳だ。

 すぐにログアウトする事は出来ない、つまり俺は片腕の状態でコイツ等を狩らないといけなくなったって事になる。


「我々の要望はいくつかあります。大人しく従って頂ければ、命までは――」


「ベラベラベラベラとうるせぇんだよ、ハイエナ」


 鉄球をコンバートして、すぐさま相手に投げつけてみれば。


「ほぉ、左腕でも意外と当たるもんだな」


 流石に利き腕程の威力は出なかったが。

 それでも、相手は弾け飛んだ。

 やっぱりコイツ等、一人一人では話にならないくらいに弱い。

 というか、他の奴らより連携してくるという程度なら、俺からしたらあまり関係ない。


「どうした、お喋りなのはさっきの奴だけか? だったら後はやる事やろうぜ、雑魚共。手負いの所を狙って来たんだろう? 何をボサッと眺めてやがる」


 カカカッと笑い声を上げながら踏み出してみれば、改めて連中は慌てて銃を構える。

 所詮はこんなもの。

 群れようがデカい態度を取ろうが、さっきの侍野郎みたいに覚悟が決まってるプレイヤーの方が圧倒的に少ない。

 あぁ、つまらねぇな。

 さっきまでは良い気分だったってのに。

 もう話すのも面倒クセェ、まとめて喰い散らかして――


「あん?」


 まだまだ数の居る雑魚共に対して踏み出した筈が。

 数歩歩いた所でガクッと膝が地面に付いた。


『マスター、流石に限界です。貴方は通常のプレイヤーの集団、次に賞金首の一人。そして先程レイドを終えたばかりなんですよ? いくら何でも、身体を酷使し過ぎです。“スクリーマー”の影響で興奮状態にありますが、既に限界を超えています』


 リユから、そんな有難いお言葉を頂いてしまった。

 ハッ、だったらどうする? このまま大人しく殺されろってか?

 御免だね、こんな雑魚共相手に。

 だったらさっきの侍と相打ちになった方がマシだった。

 だからこそ、諦めるという選択肢はあり得ない。


「リユ、鉄球を寄越せ。脚が駄目でも左腕はまだ動く」


『……在庫切れです。その他アイテムも、遠距離で攻撃し合うのに向いている代物がありません』


「チッ!」


 あぁクソ、イライラする。

 群れる害虫相手に、手も足も出ねぇってか。

 なら、身体がぶっ壊れようとも無理矢理動かして――


「私が、戦います」


 俺の目の前に、白い鎧が立ちふさがった。

 此方とは違う、目を逸らしたくなる程白い鎧。

 弱い癖に戦闘に参加し、運よくここまで生き残って来たソイツ。

 本当に“運が良かった”、“たまたま死ななかった”だけの女が。

 此方に背を向けながら、相手に向かってボロボロの長剣を構えていた。


「私が、殺します」


 そんな言葉を紡いでみせるが、明らかに怯えている。

 先程の様な強敵に挑む際には、意識すらしなかったのだろう。

 コイツ自身が弱いから、ほんの少しでも自分が勝てるとは思っていなかったから。

 だからこそ、全力で突っ込んで行けたのだろう。

 しかしながら、今は違う。

 相手は普通のプレイヤー、ただ数が多いだけだ。

 もしかしたら、“殺してしまうかもしれない”。

 それを理解しているからこそ、ビビっているのだろう。


「大葉理沙、だな? 我々は既に君の情報を掴んでいる。降伏しろ、そうすれば君の関係者には手を出さない」


 敵の内の一人が、そんな事を言い放った。

 なるほど、コイツは既に“リアル割れ”が発生したって事か。

 まぁ、俺も時間の問題だろうが。

 だが相手の言葉は、白兎にとってはかなりダメージがあったらしく。


「なっ、え……だって、そんな……」


 より一層、震えが増した。

 あぁ、駄目だな。

 コイツはもう戦えない。

 なら、やはり俺が戦うしか――


『二人共、伏せていろ。まぁ、誤射するほど下手じゃないけどね』


 端末からそんな声が聞えて来たと同時に、戦場に青い光がまき散らされた。

 忘れる筈もない、侍の前に戦った奴が使っていたレールガン。

 しかしさっき聞えて来た声は。


「ハ、クハハッ! 随分と派手な登場じゃねぇか、escape。いつもみたいに姿を隠さなくて良いのかよ?」


 視線を向けた先には、巨大な戦艦が此方に向かって迫って来ていた。

 そして、その先端で馬鹿デカイライフルを構えているescapeの姿が。


『必要なら、表舞台にだって立つさ。一人じゃ流石にごめんだけどね、今は戦艦が付いて来る。だったら、ビビッて引き籠っていても格好悪いだろう?』


「でけぇ武器が手に入った瞬間調子に乗りやがって、厨二病が」


『でも、助かっただろ? 俺に残った少年の心に感謝するんだね』


 ふざけた事を言い放つescapeが再びレールガンを乱射して場を荒らしてみれば、相手連中は慌てふためいた様子で瓦礫に身を隠し始める。

 これだけでも既に勝負は決まっている様なモノだったのだが。


『警告します、今すぐサレンダーを送ってください。そしたら、“了承してあげます”。でも戦うと言うのなら……今から、全力で貴方達を攻撃します。僕の事を知っているみたいですけど、以前と同じだと思わないで下さい。もう“特殊サレンダー”を送る事はありません。僕は、戦う意味を見つけましたから。繰り返します、サレンダーして下さい。警告に従わない場合……全力で皆様を潰します』


 fortの声がこの戦場に響き渡った事により、相手の戦意は完全に失われた。

 そりゃそうだ。

 アイツの言う通りなら以前まで用意されていた“逃げ道”が無くなった上に、戦艦の火力とレールガンを連射してくる奴等と戦わなければいけないんだ。

 俺だって勝てるか分からねぇ。

 だからこそ、どいつもこいつも。

 その手に端末を掴みながら、両手を上げて降参し始めるのであった。

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