第100話 狩人を狩る
「か、勝った……んですかね?」
「さぁな」
黒獣に声を掛けてみれば、彼はまだ警戒している様子で相手の事を睨んでいた。
普通なら、生きている筈がない。
でも相手は、私達は違う存在。
だからこそ、此方もボロボロになった剣を構えながら静かに狩人を見つめていれば。
「見事、見事ナリ。獣ヨ、白い娘ヨ。貴様等ハ、わ、ワワ、我ノ――」
あり得ない。
コイツ、立ち上がった。
しかも身体に刺さっていたデカい避雷針を掴み、ゆっくりと引っこ抜いていくではないか。
その際、相手の体からはおびただしい程の血液が噴き出している。
生きている方がおかしい、立っていられる方がおかしいんだ。
とてもじゃないが見ていられない程の大怪我を……それどころか、胴体に大きな風穴が空いているのだ。
アレで立ち上がるって……本当に、人間?
「ぶっ壊れたお人形さんって所か。いいぜ、最後まで潰し合おう」
ため息を溢しながら、黒獣は相手に向かって踏み出した。
これまでと同じように、全力で警戒しているのが分かる。
それと同時に、ビリビリと肌で感じる程の敵意を放っている。
相手に対して、全力で戦おうとしているのが分かった。
もはや満身創痍という状態を超えているレイドモンスターに対し、介錯する様な気持ちは一切無いらしい。
最後まで全力で、敵として目の前に立とうとしていた。
「感謝、黒イ獣」
「礼はいらねぇ、俺も同じ様なモンだからな」
両者が睨み合い、互いの歩み寄ってから。
片方は刀を鞘に納めて静かに腰を落とし、もう片方は全身から“爪”を生やして獣の様に構えた。
普通に考えたら、絶対に一対一になんかさせたらダメだ。
間違いなく相手の“奥の手”とも呼べる最後の一撃が来る事が予想出来る。
だからこそ、私も参戦すべきだ。
それが分かっているのに、何故だろうか?
この一戦だけは、絶対に手を出してはいけない気がしたんだ。
「幸せダ。俺ハ――やっと、眠れル」
「あぁ、そうかもな。だったら、気持ちよく眠る為に全力で来い。その全てを、俺が噛み砕いてやる」
「ありが、トウ。でハ……いざ、最期の一閃――お見せ、シヨウ」
胴体に穴が開いた侍が、より一層腰を落としたかと思えば。
明らかにヤバイとしか思えない黒い稲妻のフェクトが、彼の刀に集まっていくではないか。
「か、唐沢さん! いくらなんでも危険です! 私も援護を――」
「黙れ! 絶対に手を出すな! 巻き込まれんぞ!」
私の発言に対し、黒獣が鋭い声を上げた。
まさに絶対命令。
まるで自分が死んでも命令を守れと言わんばかりの迫力があり、此方の関与を一切許さないという意志を感じる。
なんで、そこまで……。
今までだったら、絶対こんな事はしない様なプレイヤーだったのに。
そんな事を思っていれば。
「男が最期の覚悟を決めたんだ、あまりダセェ試合には出来ねぇだろうが」
「改めテ、感謝ヲ」
プレデター同士、何かしら通じ合う所でもあったのか。
相手の声は、どこか嬉しそうにすら聞こえた。
多分、本物の“決闘”ってヤツなんだろう。
そんな様式美に囚われた戦闘に付き合うタイプでは無かった気がするのだが。
でも、二人は笑っていた。
兜に隠れて表情は見えなくとも、分かる。
二人は、笑い合って殺し合おうとしている。
「名を、聞きたイ所ダガ。無粋、ダナ」
「お前は侍、俺は獣。それで十分だろ」
「然り。では……獣ヨ、ユクゾ!」
相手が刀を抜き放った瞬間、バリバリと電流がそこら中にまき散らされた。
それどころか相手の刀、今まで見た物とは違って光を放ってる。
新しいスキル、多分相手の最大の攻撃。
これまで以上の脅威が、今まさに鞘から抜き放たれ黒獣へと向かって刃を進めている訳だが。
「クハハハッ! お前は、俺が出会って来た中で最強のプレイヤーだよ!」
黒獣が、刀に向けて右手を差し出している。
駄目だ、アレじゃ間違いなく腕が持っていかれる。
それが分からない筈もないのに、彼は迫る刃に向かって掌を伸ばしていく。
「唐沢さん!」
私が名を叫んだと同時に、彼の右腕がスパッと音もなく両断された。
それだけじゃない。
あんなにも硬かった黒獣の鎧が、熱したナイフでバターを切るみたいに、スッと刃が入ったのだ。
しかもあの黒い雷撃と輝く刃の影響か、腕が飛ばされたのに出血していない。
稲妻によって焼かれたのか、それとも別の何かか。
残った肩口がおかしな程痙攣し始めたのが見えた。
あぁ、なんて事だ。
これまで黒獣が怪我らしい怪我をするところを見た事が無かった。
だからこそ、欠損までしている瞬間を目の当たりにすれば。
此方としてはもはや絶望しかなく――
「ガァァァ!」
「……見事」
本当に、一瞬だった。
刀が黒獣の右腕を両断した瞬間、左の掌が相手の籠手を掴み取り無理矢理剣筋を逸らした。
そのまま籠手を握り潰したかと思えば、今度は兜の口が開き相手の首元に噛みついたではないか。
つまり、右腕を囮に使ったと言う事なのだろうが……些か、絵面が酷すぎる。
右腕を失った獣が、胴体に穴が開いた侍に噛みついている。
一見相打ちにも見える光景になってしまった訳だが、それでも。
「獣ヨ……褒美を」
「なら、お前の端末を寄越せ」
「あい分かった。楽しかった、最期の相手がお前で……良かった」
「じゃぁな、同類」
そのまま黒獣が相手の首を噛みちぎってみれば、“nagumo”は声にならない笑い声を上げながら黒獣に何かを渡し。
徐々に、プレイヤーの死亡エフェクトに包まれていく。
この瞬間、Redoの端末に運営からメールが届いた。
賞金首兼レイドモンスター“nagumo”の討伐、それが全体に告知される事になったのであった。
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