第98話 落ちる獣


 正直、圧巻という他無かった。

 相手が鋭い攻撃を仕掛けて来るタイミングで後退し、何かしら投擲しスキルを無駄撃ちさせる戦法。

 今しがたescapeからリキャストタイムの話を聞いたばかりなのだ。

 黒獣が予め警告を受けていたとは考え辛い。

 だというのに、彼は自らの感覚と戦闘センスのみで相手のスキルを見破っていた。

 それが簡単に理解出来るくらいに、鋭い斬撃が放たれるタイミングで黒獣が攻撃手段を切り替える。

 そしてそれが終われば、再び正面から殴り合う。

 相手は刀、しかもスキル込みなら何でも切断できそうな斬撃を繰り出したばかりなのだ。

 普通ならスキルがどうとか、頭で分かっていても及び腰になってしまいそうなものなのに。

 彼は、思い切り前面からぶつかり合っているではないか。


「え、えっと! リキャストタイムが肝心って、escapeが言って――」


「十五秒だ! その度に斬撃が来る!」


 アドバイスを、答えで封じられてしまった。

 え、えぇ……こんな事ってある?

 普通さ、こういう情報を徐々に取り入れながら戦闘が有利になったりするものじゃない?

 だというのに、あの人。

 自らの経験と勘だけで答えを導き出しているんだけど。

 あんまり難しく考えていなさそうなのに、こういう事だけは誰よりも頭が回る様だ。


「あ、あとオートガードがどうとかって!」


「あぁ!? オートガードだぁ!?」


『マスター!』


「ッ! めんどうくせぇなぁ!」


 黒獣は跳び退き、着地する前にエアコンの室外機を投げつけた。

 さっきからこう……激しい戦闘が行われている訳だが。

 どうしても投げつけている物が家庭的で、少々気が抜ける。

 とはいえ、私が渡した物品なので文句は言えないのも確か。


「ガァァァ!」


 相手が防御したのを確認してから、再び突っ込んでいく黒獣。

 物凄い勢いで殴りつければ敵は刀で攻撃を逸らし、敵から攻撃されれば黒獣が拳を叩きつけて刀を弾き返していた。

 似たタイプの前衛同士、真正面からの激しいぶつかり合い。

 余計なスキルなんか無ければ、ずっとぶつかり合っていそうな雰囲気が立ち込めて来るが。


「オートガード……つまり攻撃に対して、勝手に防御しちゃうって事だよね?」


『ですね、しかしこれまで一対多で平然と生き残って来たプレデターです。つまりそれだけ攻撃力が高く、反応速度も速い。完全物理の前衛型に見えても、威力はもちろん自らの得意な戦況を作るのが上手いと言う事です。スキルばかりを警戒していては、いつまで経っても勝つ事は叶わないかと』


 リズの言葉を聞いて、改めて考えた。

 十五秒毎に発動するスキルは、黒獣でさえ警戒するくらいだ。

 多分一撃死を覚悟した方が良い。

 でも他の攻撃に関してはどうだろう?

 確かに一撃一撃は重そうだし、防御も的確で黒獣だって攻め切れていない。

 でもアレが、“オートガード”によって全て凌いでいるとすればどうか。

 そして相手の武器は刀が一本のみ。

 つまり、二対一で攻めれば隙が生れる?

 私の攻撃を防御させ、あえて刀を此方に向かせる。

 その間に黒獣に攻撃してもらえばどうだ?

 もしかしたら、“通る”かもしれない。


「リズ、こっちのスキルのリキャストタイムは?」


『まだ暫く掛かります。その間は、マスターの素の速度で対処する必要があるかと』


「上等……とか、恰好良く言えたら良いんだけどね」


 とりあえず、攻略法は見えた。

 要は黒獣が攻撃に集中出来る環境を作れれば良い訳だ。

 と言う事で、腰を落としてから足に力を入れ。


「突貫!」


 一気に攻め込み、横から攻撃を放ってみた。

 結果。


「ひぃぃ! コレもはやガードじゃないよ! カウンターだよ!」


『マスターの筋力が弱すぎて弾き返されているだけです! 集中して下さい!』


 リズから酷いお言葉を頂いてしまったが。

 それでも、しっかりと“隙”は作れたらしく。


「カカカッ! やるじゃねぇか白兎!」


 “nagumoナグモ”が此方の攻撃を弾いた瞬間、黒獣の拳が相手の鎧に真正面から叩き込まれた。

 しかも一発じゃない。

 こちらに刀が向いている一瞬で何度も何度も拳を叩き込み、明らかに敵の鎧は変形する程のダメージを負っていたのだ。

 よし、よしっ! ちゃんと攻撃が通った!

 コレを続けていれば、きっと勝てる!

 なんて、お気軽に考えた瞬間。


『十五秒経ちます! 二人共離れて下さい!』


 リユの声が聞こえ、一気に思考が現実に戻って来た。

 あ、ヤバ……。

 今ココ、完全に相手の間合いなんですけど……。


「ズアァァ!」


 黒獣がバールで相手を殴りつけ、ソレに合わせる様に“nagumo”のスキルが発動する。

 その際黒獣が持っていたバールは綺麗に両断されてしまったが、ソレを気にする事無く再び殴り合いを始めた。


「キッチリ対処出来ねぇなら邪魔だ! 下がれ雑魚!」


「んなっ!?」


 確かに、私の様な未熟者が参戦しても邪魔をしてしまうかもしれない。

 でも此方が加入した事で、さっきはしっかりと攻撃が通ったんだ。

 だからこそ、私に出来る仕事を探しながら一度相手から距離を置いた瞬間。


「雷、稲妻。雷神ハこの身に宿りし守り神ナリ」


 不思議な言葉を吐いたnagumoは、一度刀を鞘に戻して居合いの様な姿勢を取った。

 いや、いやいや。

 待って? お願いだから。

 まさかここに来て新しいスキルとか言わないよね?

 何か空は雲行きが怪しくなって来たし、ゴロゴロ言っているけど。


「黒獣! これ絶対ヤバイ奴じゃないですか!?」


「ったりめぇだろ! あんなチンケなスキルだけで、何十何百って相手を一人で捌けると思ってんのか!? まだいくつも奥の手があるに決まってるだろうがボケ――」


 彼が叫んだ瞬間、その身に雷が落ちて来た。

 は? とか思わず口にしてしまったが。

 黒獣は雷を受けてから動きを止め、ゆっくりと膝から崩れ落ちようとしている。


「唐沢さん!」


『マスター! リキャストタイムが終わりました!』


「すぐに使って!」


 雷の直撃を受けた黒獣に対して、相手は容赦なく刀を振り抜こうとしているのだ。

 不味い、本当に不味い。

 このままでは、スキル込みの一撃で首を刎ねられてしまう。

 私がしゃしゃり出た所で、何の役にも立たないかもしれないが。

 それでも。


『“時を駆ける者”を再度使用します』


「私の一撃じゃ絶対に相手の一閃を止められない……だったら、どうにかして逸らす! 全力で集中して一撃に対して百回は攻撃するよ!」


 一分という制限のあるスキルを。

 たった一撃を耐える為に、その全てを使うと決意した瞬間であった。

 多分それくらいしないと、相手の一撃を私じゃ止められないから。

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