第88話 彼女の妹


『起きろ、起きろ! RISA!』


 Redo端末から叫び声が聞こえて、思わずベッドから飛び起きた。

 しょぼしょぼする目を擦りながら、リズを手に持ってみれば。

 画面には“通話中”の文字と、escapeの名前が。


『まだ答えを聞いていない状態で悪いけど、余裕が無くなった。今すぐ最低限荷物をまとめその場を離れてくれ』


「え、えっと?」


『説明している時間が惜しい、早く準備しろ!』


 彼に再び怒鳴り声を上げられ、慌ててベッドから飛び出した。

 私の私物ってあまり多くないから、それこそ旅行バッグに押し込めば終了なのだが……えぇと?


「大葉さん! 準備できましたか!?」


 どうやら同じ連絡が巧君にも入っていたらしく、随分と慌てた様子で大きなバッグを背負っている彼が部屋に飛び込んで来た。

 その姿は、当然だがパジャマ。

 だというのに、まるで夜逃げでもするみたいな勢いで焦っているではないか。


「えと、大体の物は突っ込んだけど……でも、机とかテレビとか色々……」


「それどころじゃないんです! 鸛さんの説明聞いてなかったんですか!?」


 いったい何の事だろう?

 つい先ほど起きたばかりの頭は未だ思考回路が追いついておらず、引っ越しするならアパートを引き払う手続きと……あと保証人の問題とか。

 そんな事をボンヤリと考えていれば。


『チッ、思った以上に行動が早いな……そこまで警戒していた雰囲気は無かったのに。何か他に狙いがあるのか?』


「あ、あの……escape? コレって、いったい……」


『身分を証明する物と、財布とスマホ。それからRedo端末。それだけあれば何とかなる。準備は良いか?』


「え、えと?」


 よく分らない言葉を頂いている内に、私の体は白い鎧に包まれた。

 え? え?

 これってまさか、“強襲”を仕掛けられた?


『伏せろ! fort、今すぐ戦艦を作れ!』


 端末からescapeの声が聞こえた所で、私は巧君に押し倒される様にして地面に倒れ伏した。

 まさにそのタイミングで。

 ウチの壁を大音量の発砲音と共に銃弾の嵐が粉砕していくではないか。

 見慣れた景色が、どんどんと壊れていく。

 どこか切り離して考えていたんだ。

 家に帰ってくれば、ホッと一息つく事が出来たのだ。

 でも今この時、その境界線さえも曖昧になった。

 もはや家に居ても、安心する事は出来ないのか。


「大葉さ……じゃ無かった、RISAさん! すぐに戦艦を作りますから、それまでジッとしていて下さい!」


 私の上に覆いかぶさった巧君が、必死で叫び声を上げる頃。

 銃弾の雨は止み、外からケラケラと笑う声が聞えて来た。


「あっれぇ? もしかして初撃でくたばったりしてないよね? 裏切者のフォートくーん、あーそびーまーしょー?」


 その声を聞いた瞬間に、ドクンと心臓が跳ねた気がした。

 そんな筈ない、きっと勘違いだ。

 そう心が否定しても、耳に残る声の主を求めて。

 私は無意識の内に立ち上がってしまった。


「RISAさん! 立たないで下さい! 僕の戦艦内に入ってしまえば、どうにかこの事態を切り抜けられ――」


「……“あかね”?」


 声が、凄く似ていたのだ。

 私をRedoに招待した、中学からの友達。

 唯一私に意味をくれた、助けてくれと言葉にした友人。

 でも救えなかったその人の声と、凄く良く似ていたのだ。

 フラフラと壊れた外壁に近付いて行き、そのまま外の景色を視線に納めてみれば。


「うん? なんだあの白いの……あぁ、なんか報告にもう一人居たって書いてあったっけ。でも何で私がわざわざこっちを任されたんだろ?」


 相手は、腕に付いた大きなガトリング砲を此方に向けて来た。

 その身をピンク色の鎧で固め、その隣には金属の兎のマスコットみたいな物体。

 そちらも両手から銃火器が生えているし、口からは大砲が生えたりしているが。

 でも、どう見ても。

 “茜”じゃなかった。

 あの子の鎧は、あんな見た目じゃない。

 こう言ってはアレだが、もっと武骨で弱々しかった。

 この事実に、少しだけ胸を撫でおろしてみれば。


「大葉さん! 逃げますよ!」


 後ろから手を掴んで来た巧君が、叫び声を上げながら周囲の金属を集めている。

 私の勘違いだ、彼女は私の友達じゃない。

 そう決定付け、残った建物の瓦礫に隠れようと身を翻した瞬間。


「おお、ば? え? しかも、プレイヤーネームは……RISA? は? お前、大葉理沙か?」


 友人と似ている声の少女は、何やら随分と驚いた様な声色で問いかけて来た。

 思わず足を止め、ピンク色の彼女に改めて振り返ってみれば。


「見つけた……見つけた! お母さんがこっちを私に任せた理由はコレか! 姉さんを殺したクソプレイヤーが! 未だにのうのうと生き残ってんのか!」


「……え?」


 先程までの、余裕がある態度とは全く違う。

 彼女の隣に居るウサギのマスコットは周囲から金属を集め始め、更に巨大で歪な形へと変化していった。

 でも今、あの子……姉さんって。


「大葉理沙! お前だろ!? お前が姉さんをRedoに巻き込んで、そして殺した! アンタ以外ありえないんだよ! 姉さんを返せ! 姉さんさえ生きていれば……私は、私は!」


 激昂した様子で、彼女は叫んでから両手のガトリング砲を改めて此方に向けた。

 それと同時に、隣に立った兎のマスコットも全身の装備を動かし始め。


「大葉さん、すみません! 一気に作ります!」


 再び巧君に押し倒される様にして、地面に伏せた。

 そして周囲から集まって来る金属が、徐々に形を成していく。

 一緒に作ったんだ、忘れる筈もない。

 これは、fortの戦艦の内部。


「た、巧君……私、あの子と話をしないと……」


「今は無理です! それに、相手だって話が出来る状態じゃない!」


 彼の叫び声を聞きながら、戦艦が次々と組み立てられていく音を耳にしていれば。


「逃げるなぁぁ! 大葉理沙! お前だけは、絶対に私が殺す! 姉さんの仇を討つために、私はRedoプレイヤーになったんだ!」


 彼女の声だけは、やけに耳に残った。

 なんで、なんでRedoに関わるとこうなっちゃうの?

 一番悪い状況を常に整えるみたいに、こんな勘違いから憎しみが生れる。

 私は……誰も殺したりなんかしていないのに。

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