第89話 ちょっと、キレた。


『これはどういうつもり? escape』


「何がだい? 相変らず回りくどい会話が好きだね」


 これまた面倒なタイミングで、面倒なのから連絡が来た。

 “Queen”。

 レイドモンスターと化している“nagumo”を狩るとか豪語していたくせに、こちらの邪魔ばかりして来る。

 前回同様ゴーストを起動してから、片手間に声を返してやれば。


『そちらに送り込んだ部下が、随分と数を減らした。しかも大半は“黒獣”とかいうアナタのペットにやられたと報告を受けているんだけど? ただ“御挨拶”に向かっただけなのに』


「言うじゃないか、Queen。先に手を出したのはそっちだろう? 猛犬注意って看板でも立てておいた方が良かったかい? それともアンタの会社では、挨拶の時に名刺ではなく拳銃を突きつけるのか?」


 適当に返事を返しながら、仲間達の動向を探っていた。

 あぁくそ、最悪だ。

 相手が手広くやり過ぎているせいで、プレイヤーを調べるのに時間が掛かる。

 黒獣の方はまだしも、RISAとfortに関しては賞金首に追われているではないか。

 これでは切り抜けるタイミングを見計らう方が難しい。


『此方もnagumoの対処に手一杯でね、あまり人員は割きたくないのよ。どうせ目的が同じなら、少しくらい借りたって良いと思うんだけど。我々は同士と言っても良い、なら少しくらい協力すべきじゃないかしら? 今回の相手はRedo世界における異物の様な者なのだから』


「ハッ! 随分と面白い事を言う。同士? 誰と誰が? アンタは俺に依頼がしたくて、前払いの報酬を支払おうとしている段階だろうが。明らかに俺の事を探ろうと駒を動かしてるだろ、目障りな」


 思わずイラついて叫んでしまったが……良かった。

 ゴーストがやんわりと文章を直して送信してくれた様で、そのままの勢いが伝わる事は無かったみたいだ。

 あぁくそ、らしくない。

 何をそんなにイライラしている。

 俺にとって重要なのは黒獣という“矛”であり、他のプレイヤーなど単なる駒でしかない。

 その筈だったのに。

 何故俺は、モニター上にRISAとfortの情報を常に表示させているのか。


『その黒獣とか言う賞金首が、貴方のお気に入りだって事は理解したわ。でも、他の二人も随分と可愛がっているのね? 捨て駒としてfortを拾い上げたのかとも思ったけど……あんな可愛らしい女の子まで付けて』


「……何が言いたい」


『先程アナタ自身が言ったように、我々は契約前の付き合いという関係よね? つまり成果を要求し合う関係であり、現状で駒の取り合いや消耗に関してはフェアーな状態でしかない』


「あぁ、そうだな。協力関係ではない以上、そっちが手を出したなら容赦なく反撃させてもらう」


『だったら、此方も同じ事をしても文句はないわよね? 駒なんて、また増やせば良いのだし。特に戦力にもならなそうなポーンは、一つくらい落としてしまっても構わないでしょう? こっちは声を掛けに行っただけで、何人も狩られている訳だし』


 そんな内容のメッセージを送って来たかと思えば、相手はRISAの画像を大量に添付してきた。

 大葉 理沙。

 リアルの方の彼女が学校に向かう姿、学友と喋る姿。

 様々な写真が、次々と端末に送られて来る。


『彼女とはちょっとだけご縁があってね。この子、もらって良いかしら? こっちの被害の分は、この子だけで水に流してあげる。私の子供の一人がね、随分と彼女に御執心なのよ。その子の進化の為にも、丁度良いかと思って。此方がやられてばかりでは、下の者に示しが付かないでしょう?』


 あぁ、なるほど。

 大葉理沙の警戒心の無さが、ココに来て決定打となったか。

 いつかこうなるんじゃないかと、警戒はしていたのに。

 それでも俺自身、彼女に止めろと言った事は無かった。

 Redoプレイヤーなのだから、周りとの繋がりを全て絶てと言ってもおかしくないのに。

 でも、言えなかった。

 黒獣……というか、唐沢さんだってそうだ。

 彼女の存在は、どうしたって俺達の足枷になる。

 だというのに、どこまでも保護しようとしていたのだ。

 彼の行動と思考に呆れながらも、俺はそれに乗った。

 黒獣の信頼を得る為、俺を裏切らない駒として扱える様にするため。

 そう思っていたのだが。

 今、はっきりと分かった。

 俺達Redoプレイヤーはやっぱり異常なのだ。

 Queenなんて、人間の事を肉の塊くらいにしか思っていないだろう。

 唐沢歩はストッパーがぶっ壊れ、有住巧は元々から壊されていた。

 そして俺に関してはRedoに関わってからと言うモノ、頭のネジがぶっ飛んだと言っても良い状況だろう。

 だがしかし、大葉理沙だけは。

 彼女だけは、ずっと“普通”だったんだ。

 プレイヤーでありながら、普通の生活をしていた。

 Redoによって不幸な目に会い、例え一時俯こうとも再び上を向いた。

 考える事が苦手で、流されやすく。

 それでも仲間の為に剣を取る彼女は、誰よりも真っすぐに信念を貫く存在だったのだ。

 だからこそ彼女を、唐沢歩は守ろうとした。

 いや、きっと違うのだろう。

 あまりにも普通で、あまりにも真っ白な彼女に。

 きっと“俺達”は、心のどこかで憧れていたんだ。

 汚れ切った俺達も、この子の様になれたらと。

 未だに“普通”というものを、捨てきれていなかったのだ。


「は、ははは……まさか、こんな事で自覚するとはね。リアルなんてクソくらえ、ほんっとうにつまらない世界だとばかり思っていたのに」


『マスター』


「分かってる、分かってるよゴースト。こんなの、“らしくない”。けどさ」


 大葉理沙を狩ると宣言されて、俺の仲間を一人差し出せと言われたこの瞬間。

 結構頭に来たんだ。

 あの場にはfortだって居る、なのに彼女に死ねと命令出来ると思っているのか?

 その後黒獣に、Queenに言われたからRISAを差し出したと報告するのか?

 出来る訳が無いだろう、そんな事。

 そしてなにより、この“パーティ”にとって。

 大葉理沙は捨て駒でも何でもない。


『マスター、Queenに返事を。望むままに、言葉にすれば良い。Redoとは、そういう世界だ』


 ゴーストの言葉に、思わず口元が吊り上がった。

 そうだ、そうだった。

 Redoでは我慢なんて意味が無い、全ての感情は表に引っ張り出されるのだ。

 だからこそ。


「Queen、アンタは虎どころか……化け物の尾を踏んだよ。精々覚悟しておく事だ、全て食いつくされない様に」


 それだけ言葉にしてから、仲間達と連絡を取り始めた。

 さぁ、状況を一気に動かそう。

 大企業様のおこぼれなんぞ狙わずに、全てを自分達で獲りに行く。

 何たってコッチには……最強の矛と要塞。

 そして誰よりも速く駆けるプレイヤーが居るのだから。

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