第85話 映画みたいに
『派手にやったみたいだね』
「すまん……突破する方法がアレしか思いつかなかった」
ビジネスホテルのベッドに寝転がりながら、escapeの呆れた声を聞きつつ此方もため息を吐いた。
強行突破も良い所だろう。
むしろ相手を完全に敵に回してしまった行為とも言って良い。
しかしながら、大人しく話を聞きにノコノコ出て言った所で俺の情報が洩れるだけだ。
だからこそ、あの時点では最善策だと思ったのだが。
『ま、悪くはない選択だったかもね』
「だよな? そうだよな?」
『褒めてる訳じゃないから、コレでアンタはより警戒された事には違いないし』
「ま、そうなるよな……」
悪くは無いが、良くなかったという事らしい。
まぁ確かに、わざわざ戦闘せずに逃亡してしまえばより簡単に終った事態なのだ。
でもなぁ……俺の鎧、スクリーマーだし。
戦闘せずに逃げろと言われても、結構無理があるのだ。
fortの特殊条件や、狩人の様な特殊個体に関してはゲームみたいに楽しんでいる感覚はあるのだが。
普通のプレイヤーであり、更に“俺の邪魔になる存在”に関しては。
それこそ殲滅してからじゃないと“逃げる”という選択を取ろうとしない。
不安要素は徹底的に潰してしまえっていう概念でもあるのか、俺には。
『とはいえ相手が探知を回避する術なんかも使える事は分かったし、更に言うなら情報収集に関してはそこまで出来る事は多くないって事が分かったのは良いんだけどね』
「というと? あれだけで何か分かったのか?」
『凄く簡単に説明すれば、アンタを名前で呼ばなかった。“黒獣”と表現し、しかも確信を持っている様子もない。と言う事は、本当に顔が判明した程度って訳だ』
う、う~ん?
確かに黒獣と呼ばれているプレイヤーか? みたいな感じではあったが。
しかし顔が知られてしまっているのは、やはり問題なのでは?
とかなんとか、色々と考えてしまう訳だが。
『映画や漫画の情報を信じすぎ、とだけ言っておこう。例えばアンタは、俺の顔を知っている。そこからどうやって相手を探す?』
「あ、あぁ~なるほど。結構現実的な話って事で良いのか。escapeが仲間に居ると、結構その辺りの感覚がバグるが」
『そう言う事。探す相手が犯罪者なら警察の手を借りられるけど、そうでないなら自ら探すしかない。その場合、顔写真一枚でどこまで調べられるかは相手の技量による。そこらの監視カメラに誰でもアクセス出来る訳でも無いし、相手の勤め先を突き止めた所でその会社のデータバンクに潜れないと個人情報は漏れて来ない。つまり、名前さえも判明しないって訳だ。まさかとは思うけど、玄関先に表札なんか掲げてないよね? 宅配された荷物を入り口前に放置した、とかも無い?』
「そっちは大丈夫だ。基本的に情報は隠す様に務めて来た」
『なら安心だ。相手に凄腕が居ない限り、一般人を調べ上げるのは結構難しいよ。ストーキング行為でもしない限りは、住所だって判明しなかっただろう。現代じゃそこら中にカメラがあるからね、リアルでの不審行為はなかなか難しい。人を使って地道に探してるんじゃない? ご苦労な事だね』
と言う事らしく、一応追手は一旦巻いたと考えて良い様だ。
相手にもescape程の人物が居れば分からないが、もしも同等の者が居るのなら彼を求める理由に繋がらない。
そして今日俺のマンションの前で見張っていた奴等は、報告する間もなくこの世を去った事だろう。
もしもリアルの方に数名残っていた、とかなら分からないが。
それでも相手が掴んでいるのは俺の顔写真と、“黒獣”という賞金首だという情報のみ。
これなら、家族の方にまではすぐに飛び火する事は無いだろう。
「しかし、これからどうするかな……」
『住所不定の中年の出来上がりだね』
「うるせぇ」
ため息と同時に端末をベッドに投げ出してから起き上がり、コンビニで買って来た酒の缶を開けてみれば。
『助けてあげようか? むしろ下手な事をされて、リアルの方が忙しくなり過ぎるのは不味い。向こうの実力も、全て把握出来ている訳ではないからね』
不意に、escapeがおかしな事を言って来た。
助けるったって、この状況を打破出来る手段なんて限られている気がするんだが。
『多分普通に引っ越し先を探して、住所登録して。とか考えてるでしょ? 相手が何処まで出来るか分からない以上、また特定されたらどうするつもりなんだい? それに、向こうも強気に出ている。此方より優れている点があるのは確かなんだろう』
「また随分と脅して来るな……でも確かに、俺みたいな一般人じゃそうする他無いけど……逆にどうするんだ? それこそ映画みたいに、偽の住所で登録して~とか出来るモノなのか?」
『それこそやり方次第さ。もちろん金は掛かるけど、空き家を借りてそこを住所登録しておくとかね? いやはや、Redoなんてふざけたゲームをしているのに、こうして現実の問題が絡んでくるのが面倒くさいね』
カタカタとキーボートを叩く音が聞こえたかと思えば、普通のスマホの方に色々と送られて来るではないか。
なんか、建物の写真と……住所やら何やら。
「これは?」
『俺が国に登録しているアパートだね。ま、実際に住んでる訳じゃないけど。そこの一室の住所を、君にあげるよ。必要書類やらなんやらは、今唐沢さんが寝泊まりしているホテルに送ってあげよう。感謝してくれて良いよ?』
「……映画みたいだな、流石ハッカー」
『それだけの実力と金があれば、これくらいはリアルでも出来るって事さ。書類上の住所は無事確保。相手が調べ上げる能力を持っていても、現場はもぬけの殻。警戒されている間は転々としてもらうけど、家具なんかは揃ってる別の場所を紹介してあげるよ。セーフハウスがいくつかあると、都合が良いだろう?』
「お前が仲間になってくれて、本当に良かったよ」
『そう思うなら、今後とも俺の“矛”として活躍してくれると助かるよ。そしたら、こちらも色々と優遇してあげるから。ギブ&テイク、それが普段から確立していてこその仲間だろう?』
「ごもっとも。それで? 俺はこれに対しての報酬に何を支払えば良い?」
呆れた笑みを溢しながらも、彼の送って来た住所や建物を確認していれば。
端末越しに、彼の笑い声が聞えて来た。
『“nagumo”を攻略する事。なおかつ、戦闘中に彼の鎧を破壊し、どこかに隠し持っている相手の端末を手に入れる事。そう言ったら君は、実現可能かい?』
これはまた、随分と無理難題を吹っかけられてしまった様だ。
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