第84話 暴れろ、逃げる為に
「もしもし、久し振り。元気でやってるか?」
『えぇ、お陰様で。アナタこそどうなの? 凄い金額が振り込まれて驚いてるけど……まさか、危ない事をしてるんじゃないわよね?』
ここの所忙しくて、メールのやり取りばかりだったが。
本日ばかりは時間を作り、妻へと連絡を取っていた。
部屋の中を見渡せば、本当に何もない室内。
escapeに住所を替えるよう注意を促されたのもあるが、実際相手に顔見られている事もある。
まだ引っ越し先は決まっていないが、早めに遭遇場所付近から離れた方が良いだろうという判断だった。
「仕事が上手く行っているだけだよ。最初の方の大金は……えぇと、あれだ。宝くじ、とかな?」
『そんなんじゃ誤魔化されないわよ? アナタの運の悪さは、私が一番よく分かってるんだから』
「ハハッ、参ったな……」
本当に、家族には苦労を掛けていると思う。
せっかく子供が生まれたのに、一緒に居てやれたのなんて本当に短い時間だけ。
そこから出張続きで、病弱の妻に育児を全て任せてしまっているのだから。
でも、向こうの家族が協力してくれているみたいだし。
それに妻の手術も上手く行ったと報告は受けている。
こんな大事ばかり起きていると言うのに、一度も家族の元に帰らないんだから……本当に駄目な父親だよな。
「身体の方は大丈夫なのか? “
優、唐沢 優。
我が子であり、もう幼稚園に通える歳になった俺の娘。
今更俺と会った所で、このおじさん誰? とか言われてしまいそうだが。
『大丈夫、まだ通院は必要だけど無事退院も出来たから。それに優も元気よ? ウチのお父さんとお母さんに任せる事が多いけど、パパはいつ帰って来るの? ってずっと言ってるわ』
「……すまん、本当に」
『謝らないで、こうして私達はアナタに助けられてるんだから。それに、謝らなければいけないのは私の方。負担ばかり掛ける妻で、本当にごめんなさい』
通話だとどうしても、こういう空気になってしまう。
一度会って話して、わだかまりをいつか解消する必要があるのだろう。
しかしながら、俺はもう……。
「二人が元気でやってるなら、俺はそれで良いさ。それから……悪い、謝ってばかりになっちゃうけど、また引っ越しする事になったんだ。だから、また住所が変わる」
『また転勤なの? 大丈夫? 私が言うのもなんだけど、身体にだけは気を付けてね? 今度は何処?』
「まだ、分からないんだ。だけど、引っ越しは確定してるっていうか……」
そんな会話を続けている内にRedo端末の方がブー、ブーと唸り出した。
何者かが接近して来たのか、それとも早めに移動しろとリユが急かしているのか。
とりあえず端末をポケットに仕舞い、ボストンバッグを肩に掛ける。
俺の荷物なんて、これ一つ。
ベッドやら冷蔵庫は処分してしまったし、これからはしばらくホテル暮らしという所だ。
「それじゃ、また連絡するよ」
『えぇ、分かった。本当に、気を付けてね。愛してるわ』
「あぁ、俺も愛してる」
それだけ言って通話を切ってみれば。
『マスター、家族との時間を邪魔してすみません。しかし、お客様の様で』
「おう、分かった」
やはり警告だったらしく、リユからは随分と警戒した声が聞こえて来た。
しかしマップにはプレイヤーの表示は無し。
カーテンを取り外してしまった窓から、チラリとマンションの入口を覗いてみれば……おぉっと、これはまた。
怪しげな黒い車が、何台か止まっているではないか。
いやはや、まるで映画の世界に飛び込んだみたいだな。
俺は主役が務まる程、冴える男ではない筈だったのだが。
『マスターの場合、どっちかというと悪役ですからね。見た目的に』
「否定はしないよ、全く。リユ、“
『escapeの情報では、昨日と同じ様な場所にプレイヤーが集まっているそうです。なので、あまり位置は変わっていないかと』
「なら、絡まれる心配もないか」
Redoの端末に相手は表示こそされていないが、相手も隠蔽だ何だと使っている可能性がある。
ソレを見分ける術は、俺には無い。
だとすれば、やる事は一つだ。
もしもあそこにプレイヤーが居るのであれば、おびき出してやれば良い。
こんなに近くでログインするのだ、相手の端末にだって警告が行く事だろう。
俺の勘違いであれば、“スクリーマー”でそのままココを離脱。
相手が姿を現すなら、叩き潰すまでだ。
「リユ、行くぞ」
『了解です。プレイヤーネーム“AK”、通称“黒獣”。Redoにログイン致します。御武運を、マスター。決して“スクリーマー”に呑まれません様に』
リユの言葉と同時に、世界が“入れ替わる”。
周囲から聞えていた声や物音は消え、非常に静かな世界が広がっていく。
道を行きかう通行人は姿を消し、“こちら側”にはログインしているプレイヤーだけが存在する。
だからこそ。
「ズアァァァァ!」
思い切り叫んでから壁を突き破って部屋の外へと飛び出してみれば。
「ハッ! やっぱりお出ましか。よぉ、見ない顔だな?」
先程警戒していた車の周囲から、ゾロゾロと鎧を着た奴等がログインしてくるではないか。
そして、先頭に立った一人が此方に武器を構えながら。
「アンタが“黒獣”とか呼ばれてる賞金首か。俺達と来てもらおう、話がある」
「カッ、カカカ! 話、話ねぇ……随分と物騒な物を向けながら、お優しい言葉を吐くじゃねぇか」
「……異常者の類か? 勘弁してくれよ、ただでさえ面倒な仕事だっていうのに」
なんて、武器を構えているのに視線を逸らしてため息を吐く馬鹿が一人。
何処の誰かは知らねぇが、ちょっと舐め過ぎだ。
「は?」
次に相手が声を上げた時には、もう此方の間合いに入っていた。
踏み込んだのにも気が付けねぇとは、御大層な登場した割には雑魚なんだな。
「Redoでの話合いってのは、こういう事だろ?」
そのまま相手の顔面に拳を叩きつけてみれば、貫通して彼等が乗っていた車を吹っ飛ばしてしまった。
まぁ、いいか。
俺の車じゃねぇし。
こんな事をすれば周りに居た奴らも黙っている筈がなく、どいつもこいつを武器を構えて距離を置き始めた。
手に持っているのは銃火器やら遠距離攻撃するための道具やら。
なるほどなるほど、大人相手の方が利口な奴が多いとは思っていたが。
大人ばかりで部隊を組むと、こういう事になるのか。
近接戦を得意としてそうな奴がいねぇ。
あんまりおもしろくないな。
「ホラ、どうした。掛かって来いよ? 俺と“お話合い”がしたいんだろ? 武器を構えてるんだ、それなりの覚悟はあるんだろうな?」
両手を広げて笑ってみれば、相手方は随分と焦った御様子で陣形を組み始め。
「相手は賞金首とはいえ一人だ! 特殊型でなければ制圧できない事は無い! 全員落ち着いて相手の退路を――」
「おせぇよ」
指示を出し始めたリーダー格に蹴りを叩き込んでみれば、相手の首がボールの様に飛んで行った。
おぉ、臭う臭う。
どいつもこいつもどれ程ぶっ殺して来た事か。
それに、俺みたいな“賞金首”とも戦い慣れている雰囲気もある。
その割には、あまり鎧が強化出来ていない様だが……まぁその辺の事情は知らん。
「さぁ、掛かって来い。俺に用があるんだろ? 相手になってやるよ。俺と戦え、俺を殺してみせろ!」
相手の組織は千人以上って言ったか。
つまり、どこぞの蜘蛛女とやり合った時の十倍楽しめるって訳だ。
ハハッ! 面白くなって来た。
「やっぱりRedoはこうでなくちゃなぁ! 最近鬱陶しい条件の奴等ばかりで鬱憤が溜まってたんだ。付き合えよ、雑魚共」
「こ、コイツ……普通の賞金首じゃ無――」
どうせならもっと大勢連れて来てくれれば、害虫駆除の手間が省けたのにな。
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