第83話 積み重なる偶然と、我慢


「escape、戦艦のプラモデル完成しましたよぉー? さっすがに疲れました……最近のプラモデルってピンセットと接着剤使うのが当たり前なんですか?」


 巧君と夜通し戦艦を作った結果、何とか形になった。

 所々不格好になったり、無理矢理くっ付けたり押し込んでしまう箇所も発生したが。

 それでも、とても大きな戦艦が完成した。

 アレだけ頑張って中身を作ったのに……甲板をくっ付けたら全部見えなくなってしまったのはちょっと悲しいけど。

 何てことを思いつつ、端末に向かって声を上げてみれば。


『あぁ、そういえばそんな宿題を出していたね。お疲れ、fortもそこに居るのかい?』


「なっ!? ちょっ……こ、コイツ……いいえ、巧君は流石に限界だったらしく、完成した瞬間倒れるみたいに眠っちゃいました。一応、ちゃんと理解しながら作ってましたよ?」


『そ、なら良かった。コレでfortの戦力強化は期待出来るね。だが、それどころでは無く不味い方向に進み始めているけど』


「と、言いますと?」


 彼がこんな事を言うのは珍しい。

 というか、私に対して弱音の様な言葉を使うのは初めてじゃないのか?

 ちょっとだけ不安になりながら、次の言葉を待っていれば。


『Redoの方がね、随分と忙しくなってきているんだよ。今はのんびり暮らしている君達に情報共有すべきかどうか、ちょっと迷ったんだけど。一応伝えておこうと思って』


「いちいち一言余計なんですよ、ホント。でも、Redoに関してお二人に任せきりになっているは確かですから、教えてください。私が力になれる事であれば、なんでもやります」


 改めて覚悟を決めてから、はっきりと言葉にした。

 なんでもやります何て、普通だったら絶対に言ってはいけない言葉だろう。

 しかしながら、黒獣とescapeに対しては。

 これ以外に言える言葉が見つからないのだ。

 私達は、賞金首のこの二人に保護されている。

 こんな状態でデスゲームに参加していると言うのに、巧君共々平穏に過ごさせてもらっている。

 今の環境は、二人に守られているからに他ならない。

 二人の保護下から外れてしまえば、間違いなく一番先に死ぬのは私だ。

 だからこそ、何を言われようと従うつもりでいる。

 これは、何度も助けられて生き残っている私に課せられた責務とも言って良いのだろう。

 何たって、今やこの二人が居ないと生きていけない所まで来てしまっているのだから。

 Redoを生き抜くために殺人を犯せと言われれば、それこそもう一度覚悟を決めよう。

 私は既に、そのフィールドに立っているのだから。

 むしろここまで殺さずに生き残れた事が奇跡なのだ。

 そしてその奇跡は、今や仲間二人の活躍によって保たれている。

 だからこそ、いつまでも我儘が通せるとは思っていない。


『随分と覚悟を決めた様だね、RISA』


「はい……巧君と生活してみて分かりました。守りたい存在が居るのなら、綺麗事ばかりじゃ生き残れない」


 グッと握り締めた拳に力を入れながら、そう答えてみれば。


『一応言っておくけど、その空回りしたやる気のまま勝手に行動を起こすなよ? 黒獣……は喜ぶかもしれないが、狩られるよ? それから、リアルの方の唐沢さんは静かに怒ると思うけど?』


「え、えぇぇ……またしても覚悟した瞬間にへし折られたんですが……」


 思わず、テーブルに脱力しながら突っ伏してしまった。

 なんというかさ、アレだよね。

 黒獣……は違うかも知れないけど。

 唐沢さんもescapeも過保護というか、後者に関しては何かしら理由があって手を貸してくれているって気配はするんだけども。

 でもまぁ、確かに今のテンションのまま誰かを“殺して”しまったら。

 きっと唐沢さんは、私を叱ると言うか……とても、悲しむ気がする。

 その光景を思い描いてみれば、思わず胸が苦しくなった。

 多分、否定も肯定もしないのだろう。

 けど、凄く悲しそうに顔を強張らせる気がする。

 そして消せない罪を背負った私さえも、仲間として受け入れてくれるのだろう。

 簡単にそんな予想が出来るくらい、あの人は優しいから。


『伝えておく内容はいくつかある。一つ、fortの元母親が此方に目を付けた』


「なっ!? はぁっ!?」


『二つ、俺の許可が無い時に関しては黒獣に近付くな。状況次第にはなるけど、監視の目がそこまで無ければ彼の引っ越しを手伝ってもらう事になるかも』


「ちょいちょいちょい!? どう言う事ですか!? 監視って!? それから唐沢さん引っ越しするんですか!?」


『三つ目』


「ねぇ聞いて!?」


 此方の話を全く聞いてくれない相手に対し、思わず叫び声を上げてしまったが。

 彼はそのまま言葉を続け。


『繰り返しになるが、しばらくRedoにログインするな。これはfortにも伝えておいて。それから、普段以上に周囲を警戒する事』


 やけに、怖い事を言って来るではないか。

 普段以上に周囲の警戒って……つまり、Redoではなくリアルの方でって事だよね?

 以前私に付きまとったプレイヤーが居たみたいに、リアル情報が漏れてしまったって事なのだろうか?

 だとすると、私生活の方にもかなり支障を来す事になるのだが……。


『まだ、分からないけどね。警戒するに越した事は無い。相手にも“俺と同種”が居ると思ってくれ、だからこそ今回はより一層警戒する事。戦闘に巻き込まれればRedoにアクセスする他無くなる上に、今はレイドモンスターとも呼べる強敵まで闊歩している。フリー掲示板でも賑わっているのは知っているだろう? 特に関東地域は』


「な、なんでそんな事態に……というか、どんどん状況が休みなく押し迫っている様な……」


『それがRedoというゲーム、なのかもしれないね。まぁとりあえず、そういうことだから』


 それじゃ、なんて言いながら彼が通話を切ろうとした瞬間。

 思わず端末を掴んで大声を上げてしまった。


「あ、あの! 唐沢さんは……無事、なんですよね? こんな事態に陥っても引っ越しがどうとか言ってるくらいですし、全然平気なんですよね? だって、黒獣が負ける筈ない……ですもんね?」


 端末を掴むその手は、明らかに震えていた。

 彼に対してこんな感情を向けるのは、初めてかもしれない。

 いつだって強くて、圧倒的で。

 誰よりも捕食側であり続けるプレイヤー。

 だというのに、今私は。

 何でこんなに不安になっているのだろう?

 何故、ここまで唐沢さんの事が心配になってしまったのだろう?

 あの人なら平気、負けるなんてありえない。

 そう信じているのに。

 escapeの口から、彼の話が殆ど出ないのが非常に不安を煽るのだ。


『俺の前では隠していたけどね……かなり“キテる”よ』


 彼の言葉は、私の期待を大きく裏切るモノだった。


『黒獣のリアル割れが発生した。こうなって来ると、彼の家族の方にも牙を向けられかねない。最悪の場合どうなるか、分かるだろう?』


「っ!」


 Redoに関わっていると、何故こうも最悪の事態が整ってしまうのか。

 今まで経験した事全てを“偶然”という言葉で納めるには……些か、不幸が過ぎるというものではないだろうか?

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