第80話 強襲
『黒獣、ちょっと良いかな』
居酒屋でのんびりしていれば、急にescapeから通話が掛かって来た。
コイツ、こっちが通話を取る云々ではなく急に声が聞こえて来るから結構焦るんだよな。
まぁ此方の状況を把握してから連絡して来ているらしく、困った状況に陥った事は無いが。
「どうしたescape、何か新しく分かった事でもあるのか?」
グイッとグラスを傾けつつ、窓の外に視線を固定して声を返してみれば。
相手は急に黙り込み、何やらカタカタとキーボードの音が聞こえて来る。
どうしたんだろうか? 向こうから連絡を寄越しておいて、急に黙られても反応に困るんだが。
『俺もその店行こうかな……随分ツマミに拘ってるみたいだ』
「おいおい、今ココ激戦区だぞ。まぁ個室を取ってあるから、来ても構わないけど」
相変らず酒好きだなコイツは。
前にバーで会った時も、結構な勢いで酒を呷ってたし。
『まぁそれは状況次第って事にしておいて。ちょっと耳に入れておきたい事が一つ、“nagumo”の情報に関してはもう少し待ってくれ』
ほぉ?
今暴れ回っている狩人以外にも警戒すべき事が増えたのだろうか?
いやRedoなんてやっていれば、常に警戒する事ばかりなのは確かなのだが。
『さっき“Queen”って言うプレイヤーから連絡があってね、簡単に言うとfortを作り出した人物だ』
「……つまり、巧君の“元”保護者か」
『その通り、イラつくのは分かるけど今は抑えてくれると助かるかな』
escapeが全てを語ってくれた訳ではないが、さわりだけ聞いた限りは……クソヤロウって事は間違いない。
巧君の様な子供をあえて悪い環境に放り込み、反発と救いを求める心を強く持たせRedoに放り込む。
その結果出来上がる“鎧”は、fortを見れば一目瞭然と言う訳だ。
「ソイツと関りを持ったのか?」
『fortの身柄を確保する為に、少しだけね。向こうに寝返ったりしないから安心してくれ、あまり興味をそそる人間じゃない。警戒すべき人間、ではあるかもしれないけどね』
「というと?」
とりあえず彼の言葉を信じるなら、escapeが俺達の敵になるという事は無さそうだ。
流石に今の状況で彼が敵に回ったらお手上げも良い所だからな。
多分残された面々だけでは、間違いなく見つけ出す事すら叶わないだろう。
『彼女の配下……というか実際には部下とその他だけど、ソイツ等がそっちに向かっている。かなり幅広くスキルを揃えている様な奴らだから、今の内に警告しておこうと思ってね。前回遭遇した“
「それはまた……面倒だな。相手の規模ってのはどれくらいなんだ? こっちに来てる人数と、クイーン? だっけ? ソイツが囲っているプレイヤーの数は」
そんな質問を投げかけてみれば、端末からは大きなため息が聞こえて来る。
そして。
『そっちに向かっているのは二十数名って所。大元の規模は……軽く千は超えてるね』
随分な数字を言い渡され、思わずグラスを取り落としそうになってしまった。
いや、千以上って。
なんだそれ、これまたとんでもないのが出て来たな。
そこらの会社まるまる一つ分以上、しかも社員全員がプレイヤーみたいなものじゃないか。
『まぁそっちの説明はまた今度。今はそれより現地に向かっているプレイヤーが、“nagumo”に手を出すみたいだ。狩人に挑んで勝手に死ぬ分には構わないけど、さっきも言った通り変わり種が居るかもしれない。更に言うなら相手はこっちを軽く見ている、アンタにもちょっかいを出して来る可能性もあるって事』
「つまり、巻き込まれない様に気を付けろって事か?」
『その通り。俺のサーチ妨害だって、完全じゃないんだ。やけに周囲を確認している様な人物が居た場合は、すぐにその場を離れてくれ。狩人と対等に渡り合えるであろう“黒獣”という存在を見つければ、“餌”としてRedoに引っ張り込まれる可能性がある。向こうはアンタの事を“俺の捨て駒”だと認識している様子も見受けられる』
なるほどね、確かにそりゃ不味い。
“向こう側”に入ってしまえば、無理矢理にでも“nagumo”との戦闘が発生する。
俺が戦って、美味しい所だけを他の奴が横から……って所か。
「了解、不安要素があるなら今日はもう撤退するよ。あまり実りがあったとは言えない結果だけどな。これ以上ココに居ても意味は無さそうだ」
Redo端末をポケットに突っ込み、片耳にイヤホンマイクを付けてから席を立った。
さっさと会計を済ませ、そのまま人混みに紛れようと夜の通りを歩き出してみれば。
『それが利口な判断かもね。向こうの奴等が狩人を倒せるなら、こっちも不安要素が消えるだけだし』
「だな。でも向こうにお前くらい情報戦に特化したのが居ない限りは、そこまで心配する程じゃ――」
話の途中で、ふと一人の少女と眼があった。
こんな時間に、しかも飲み屋ばかりの通りに居たら違和感しかない様な子供。
パーカーのフードを目元まですっぽり被っており、まるで顔を隠しているかの様。
やけに派手なピンク色のリュックサックに、片手にはこれまたピンク色のスマホ。
中学生くらいの女の子が、間違いなく此方を見ながらニッと口元を吊り上げている。
そして。
「み~つっけた」
その瞬間、ゾクッと背筋に冷たい物が走った。
コイツは、“臭う”。
『マスター! 強襲が仕掛けられました!』
「っ! まずっ――」
警告を受けたばかりだと言うのに、俺はそのままRedoの世界に引っ張り込まれるのであった。
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