第72話 仮初の平穏
「お、SF風の戦艦なんてのもあるのか……こういうのも格好良いな」
『黒獣ー? そろそろfortに玩具を与えるのは控えてくれー? そんなに子供に買い与えたいなら、君の子供に買ってやれば良いじゃないか』
通話中の端末から、escapeの声が聞こえて来る訳だが。
思わず乾いた笑い声が零れてしまった。
ほんと、その通りだ。
「今は妻の親族と一緒に暮らしている筈だから、心配ないよ。あんまり変な物を送っても、困らせるだけだ」
『それでも、必要な物は沢山出て来るだろう? 今幾つだっけ』
「三歳だよ。ハハッ……本当に酷い父親も居たもんだな」
彼との会話を続けながら、俺は通販のページをぼんやりと眺め続けた。
子供は良い。
欲しいという気持ちが強くて、ソレを与えてやれば全力で喜びを表現してくれる。
実際家族から送られて来る動画を見ても、娘は順調に育っているし。
行事や祝い事の動画では、とても楽しそうに笑っていた。
『アンタ自身が、“そっち”に戻ろうとは思わないのか?』
「無理だろ、流石に。俺はRedoで稼いだ金を家族に送り、普通の仕事はリユに任せっきりだ。これで家に戻ったら、色々と疑われるってもんだ」
正直、最初は考えたのだ。
家族の元へ戻って、平穏に暮らそう。
そんな事を考えたのは、一度や二度ではない。
しかしながら、このRedoというゲーム。
こんな事に、家族を巻き込めない。
もっと言うなら、普段から家に居る父親が多額の収入を得ているのだ。
当然周りは疑うだろうし、そこまで立派な職業に就いていると公表できる実績もない。
外聞的な意味では、その辺りだろうが。
何より、愛しい我が子の前に。
“人殺し”である俺が立って良いのか、抱きしめて良いのかという疑問ばかりが残るのだ。
この血で汚れた両手で、あの子を抱きしめて良いのかと。
そんな事ばかり考えて、どうしても地元に戻るという選択肢が選べないでいた。
『アンタは、それで良いのか?』
「良いさ、元々家族の為に始めたゲームだ。皆が幸せに暮らしているのなら、それで良い」
『何処までもお人好しで、自分を殺す事を良しとするんだな。アンタは』
相変らずescapeは煽って来るが、今日はしつこく嫌味を言って来る気配は無かった。
俺達のパーティにfortという子供が加わった事により、彼も色々と考える様になったのだろう。
何と言っても、書類上は一児のパパになった訳だから。
生活に関しては、理沙さんに任せっきりの様だが。
それでもやはり、彼からも色々支援はしているらしい。
巧君から、此方だって色々聞いているのだ。
「お前だってそうだろうが、escape。彼を守り、育もうとしている。陰ながら、という言葉は付きまとうかも知れないけど。それでも、理沙さんだけでは解決出来ない問題を、君が解決したんだ」
『止めてくれ、そんな大層なモノじゃないよ。それに……』
「それに?」
『いや、こっちはまた確証を持ってから話す事にするよ。とりあえず、あまりfortに買い与えないでくれ。何を言っても買ってくれる黒獣おじさんが居ると、アイツは間違いなく我儘になる。それは避けたい』
「ハハッ、そうだな。気を付けるよ」
それだけ言って、escapeは通話を切った。
でもこれまでひたすら我慢ばかりする生活を送って来た子供なのだ。
だったら、少しくらい贅沢というか。
これまで我慢して来た遊びの類を提供しても良いだろう。
「お? 最新のゲーム機がセール中か……コレなら理沙さんも一緒に遊べるだろう、買いだな。どんなソフトが良いか、後で聞いておかないと」
『マスター? マァジで何やってるんです? ただの親戚の叔父さんになってますよ?』
escapeどころか、リユからも呆れた声を貰いながらも。
俺はひたすらに年頃の若者が楽しめそうな遊具を探し続けるのであった。
ウチの家族にも、こういうのを送ってやりたいが。
でも、基本的に要望が来ないので……分からないのだ。
下手なモノを送っても、邪魔になりかねないし。
それだったらお金を送って自由に使わせた方がずっと良いだろう。
そんな風に思って、ひたすらにポイントを換金して送金し続けていた訳だが。
「久しぶりに、会いたいな……でも、俺なんかが会って良いんだろうか……」
この全身が、真っ赤な返り血で染まり切っている獣が。
それを隠して、騙して。
我が子を、妻を腕に抱いて良いモノなのか。
未だに、答えが出せないでいた。
自らの本能が“アレ”だという事を知ってからは、余計に怖くなってしまったのだ。
『マスター……貴方は、家族の為に戦っているんですよ?』
「そうだな……でも、家族は普通の一般人なんだ。俺とは違う、俺はもう……戻れない所まで来てしまった。だからこそ、どんな顔をして会えば良いか分からないんだよ」
『“スクリーマー”なら、下らないと笑い飛ばすでしょうね』
「ハハッ、確かにな。アイツは俺だが、俺はアイツになれないよ。あんなに、自分勝手にはなれない。ソレがリアルってもんだよ」
『貴方のお望みのままに。覚悟がいるのなら、その覚悟が整うまで……私だけは、御傍に居ますから。いつかきっと、マスターにとって最善の状況が整いますように。そう祈っております』
「ありがとうリユ。でもそれは自らが掴み取らないと訪れない未来、ソレがRedoなんだろ? 分かってるさ、だから今でも闘っているんだ」
それだけ言って、俺はパイプベットの上で横になった。
俺の目的は何だ?
家族の幸せ、それだけだ。
でも、幸せを掴んだその先の光景に……俺の姿はない。
それが、俺の選んだ世界だ。
だからこそ、こんな感情甘え以外の何者でもない。
俺は人殺しで、向こうは幸せな一般家庭。
いつからか、そんな線引きをしてしまった。
俺は、普通じゃないから。
向こう側には、戻れないから。
だからこそ。
「きっと俺の最後は、ろくなものにならないだろうな。リユ、すまん。外れの主に付いちまったな」
『良いんですよ、マスター。私はあくまでマスターの端末です。どうなろうと、最後までお供致します。ですが……私は、最期まで諦めるつもりはございません。貴方が生き残れる未来を作るなら、どんな手段だって講じてみせます』
「頼もしいな、リユ。ま、程々にな」
ハハッと笑い声を洩らしながら、瞳を閉じた。
たまにリユは怖い事を言うが、放っておけばいつものテンションに戻る。
だから、気にする必要も無いのだろう。
今だけだ、今だけは何かしら気に障って強い言葉を吐いているだけなのだろう。
俺を励ます為にも、頼もしい言葉を選んでいる可能性はあるが。
「それでも俺は、生き残りたいかな」
『その願いを、私は肯定致します。どんなにも我儘で、他者から侮蔑と軽蔑の視線を向けられ様とも。私だけは、貴方の味方であり続けます』
「ほんと、良い相棒だよ。お前は」
『キャッ、マスターから口説かれちゃった! 浮気は駄目! 死刑!』
端末からいつも通りの声が返って来た事に安堵を覚え、ゆっくりと瞳を閉じた。
ここ最近は平和だったが、fortが加わった事により今後戦術も変わるだろう。
だからこそ、考える事は多い訳だが。
「すまん、リユ。少し寝る、何かあったら起こしてくれ……」
『了解マスター、良い夢を。夢の中でくらい、夢を見てくださいませ』
何度も聞いた意味深な言葉を耳に残しつつ、徐々に意識はこの身から離れて行った。
ゆっくりと、水の中を漂っている様な感覚を覚える。
あぁ……気分が良い。
とても心地が良い。
そんな事を考えながらゆっくりと瞳を開いてみれば。
目の前には、荒廃した街並みと戦場の光景が映った。
この夢、Redoを始めてから何回目だよ。
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