三章

第73話 プレイヤー?


「いらっしゃいませぇー!」


 元気の良い店員の挨拶を聞きながら、適当なカウンター席へと腰を下ろした。

 これまた適当に注文してから、大人しく料理を待っていれば……なんだ?

 ゾワッと、今までに感じた事の無い様な感覚に陥った。


『マスター、どうかしました? 風邪ですか?』


 ポケットに入れたリユが、片耳に付けたイヤホンを通してそんな声を上げて来るが。

 正直、今の事態が俺にも分からないのだ。

 別に“臭う”訳でもない。

 だとしたらなんだ?

 前回fortフォートとの対決で、随分と感覚の方の数字も弄ったから、その影響か?

 静かに店内に視線を動かして、ポケットの上からRedo端末をポンポンと二回叩く。

 最近決めた合図の様なもの。

 俺がこうした時は、周囲の索敵をもう一度行えと言うサイン。

 が、しかし。


『……特に、発見できませんね。escapeエスケープから貰ったマップを確認しても、それらしい敵は見当たりません』


 周囲に敵は居ない、という事らしい。

 ならこの悪寒は何だ?

 確かに周りを見ても、俺の事など見ている人間は居ない。

 誰も彼も食事を摂っており、此方を警戒した様子など――


「お待たせしましたぁ! 並盛つゆだく、サラダセットでーす。ごゆっくりどうぞ~」


 店員がお盆を俺の前に置き、黙ったまま箸を掴んで食事を始めた訳だが。

 何故だろう、全く警戒心が解けない。

 まさかさっきの店員がプレイヤー?

 馬鹿を言うな、リユだって敵を見つけられなかった上に、escapeのマップにも引っかからないなんてありえないだろうが。

 それとも彼の索敵能力でも探知できない程の強敵が、またすぐ近くに居るということか?

 だとしたら相当な問題だが……何故、攻めてこない?


『マスター、本当にどうしたんですか? さっきから変ですよ?』


 今この場でリユの声に答える訳にもいかず、目の前の丼をすぐさま空にした。

 サラダをほぼ一口で頬張ってから、味噌汁も一気飲み。

 すぐさま会計を済ませ、店の裏手へと足を進めてから。


「リユ、Redoにログインする」


『はい? 敵も居ないのにですか? 乱入する戦闘すら無いんですよ?』


「いいから、早くしてくれ。凄く嫌な感じがするんだ」


『は、はぁ……まぁ別に良いですけど』


 未だに納得していないリユの声を聴きながら、“向こう側”へと踏み込んでみた瞬間。

 先程から感じていた怖気は、よりハッキリした敵意へと変わり。


「クハハッ! やっぱり近くに居やがったか!」


 背後から迫る気配に対して回避行動を取ってみれば。

 ギリギリの所を、刃が通り抜けたではないか。

 飛び退きながら振り返り、相手の事を視界に納めると。


「異物……異形、排除――対象。お前は……生きてイテは、いけない」


「おーぉー、お喋り出来るお人形さんか? 良いぜ、相手になってやるよ。俺を楽しませろ」


 そこには、日本の甲冑モドキに身を包んだ武者が立っていた。

 コレはRedoだ。

 だからこそ、アレがアイツの鎧という事で良いのだろう。

 しかしながら、探知出来ないってのはどう言う事だ?

 引き籠りハッカーより凄腕か、それとも隠蔽に特化した個体なのか。

 それは分からないが、随分と不思議な事があるもんだ。

 コイツ、直接顔を合わせてみれば随分と臭う癖に、他とは“違う”。


『はぁ!? ちょ、えぇ!? マスター何ですかコイツ! 全然マップに表示されませんけど! 視覚で捉えているにも関わらず、ですよ!?』


「だから言ってんだろ、“お人形さん”だよ。知らんけど」


 カカッと笑いながら飛び掛かってみれば、相手は物凄く素早い動きで此方との間合いを詰めて来た。

 速い、なんてもんじゃない……と、感じたはずなのだが。

 いや、なんだ?

 白いアイツと比べれば随分とノロマに見えるのに、いつの間にか相手の刀が届く位置に踏み込まれている。

 しかもコイツが持っているソレは。


「チッ……やり辛ぇな!」


 再び回避行動を取って、何とか刃は避けたが。

 正直、アレはヤバイ。

 実際に斬られた訳でも無いのに、ビリビリと肌で感じる。

 あの刀に斬り裂かれたら、例えスクリーマーでさえ切断されてしまうと。

 更にはあの動きだ。

 普通に動いている様にしか見えないのに、やけにニョロニョロっつぅか……不思議な動きをしている様に錯覚してしまう。

 もはや相手の刀ですら、俺の首を求めながら捻じれて迫って来た様に感じた程。

 間違いなく前衛特化型、俺と似たような戦い方の相手。

 だというのに……なんだ? この違和感は。

 全くもって、“人間”を相手にしている気がしないのだ。

 まさに“お人形”とでも言う様な雰囲気。


「何だお前? 普通のプレイヤーじゃねぇな? NPC……いや、そんな事あるのか? だとしたら、Redoも随分とゲームらしくなって来たじゃねぇか」


 ハッと笑い飛ばしてから、改めて姿勢を下げ。

 全身から“爪”を生やして構えてみれば。


『マスター、今は“戦闘中”という扱いになっていません。“強襲”を受けた訳でも、“乱入”した訳でも無いんです。ただRedoにログインしているだけ、一旦引きましょう。ログアウトすれば、簡単に逃げ切れます』


 んな事したら、身バレの危険があるだろうに。

 それも承知の上で、リユは声を上げているのだろうが。


「おいおい、コレだけ骨の有りそうなのを見つけたんだ。せめて……もう少し遊ぼうぜ!」


「いザ……」


 ノイズが掛かった様な、掠れた声を上げてから。

 相手は此方に対して刀を振り上げる。

 ほぉ、根っからの侍ってか?

 面白れぇ、どんなもんか試してみようじゃないか。


「ガァァァ!」


「獣ヨ。――勝負」


 敵の刀と此方の攻撃がぶつかりあった瞬間。

 拳から生えていた爪が、綺麗にスパッと斬り落とされるのであった。

 まただ、相手の剣刀がうねって見えた。

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