第71話 新しい日常
「大葉さーん! 朝ですよー!」
「う、うぅん……もうちょっと……」
「残念ですけど“リズ”から許可を貰ってますんで、布団引っぺがしますね? 今日は一日天気が良いみたいなんで、布団干してから学校に行きましょう」
「うわぁぁぁ……寒いぃぃ」
我が家で生活する様になった巧君、現在小学六年生。
幸い私のアパートからも近い学校に通っていた様で、住む所の変化以外はコレといって変わりなし。
まぁ、表面上はって話だが。
「おはよぉ~巧君」
「おはようございます、大葉さん。早く起きて下さい、朝ご飯出来てますよ?」
あの戦闘の後、escapeが色々手を回してくれたらしく。
そう長い時間待つ事なく、というかその日の内に巧君はココで生活する事が決定した。
何をどうしたのかは説明してくれなかったが、このまま住民票とかを取りに行っても問題無いと言われてしまった。
住所変更ですら手間と時間が掛かる時代だというのに、いったいどんな“裏技”を使ったのか……正直聞くのも怖いけど。
まぁ、それは良いとして。
最初の頃は巧君も遠慮しまくって、しかも小六と高三の男女共同生活という事でギクシャクした雰囲気もあったのだが。
一緒にご飯を食べたり、私が慣れない手料理なんかを振舞ったりし始めた辺りから徐々に距離が縮まっていった。
今ではこうして遠慮なく布団を引っぺがされるし、ご飯まで作ってくれる程。
何故巧君が作っているかと聞かれれば、単純に私の作ったご飯が不味かったからなのだが。
でも彼は、涙を溢しながら食べてくれた。
誰かに作って貰ったご飯が久し振りだって言って、泣きながら完食してくれたのだ。
二食目からは一緒に作り、その後は彼が作ると主張してきたが。
決して不味くて泣いた訳ではないと信じたい。
「昨日唐沢さんから新しい料理を教えてもらったので、朝ご飯はソレです。作っている所から丁寧に動画で教えてもらいました」
「相変わらず“リアル”の方だと仲良いねぇ、君達。唐沢さんは何て?」
「大葉さんの栄養状態も気になるから、頑張ってくれと言われました。escapeからはレシピ本と普通のスマホが送られてきました、普段はそっちを使えって。あ、そうだ。生活費分のポイントを送ったから確認しろって言ってましたよ」
「完全に唐沢さんがお父さんで、escapeも保護者だぁ……」
「そして大葉さんが二人からの支援を受け、僕に家事全般を任せている長女って感じですかね」
「だ、駄目人間過ぎる……私」
ボヤキながらベッドから起き上がり、リビングへと向かってみれば。
何やら随分と良い匂いが。
「え? 朝食から豪華すぎない?」
「材料を買えるお金があって、ソレを使って良いという許可も貰ってますから。安く美味しく食べられるなら、お金より労力を使う方が合理的です。それに今はまだ、お二人からの支援で生きている様な状況ですから、無駄遣いは出来ません」
「最近の小学生すげぇ……」
テーブルの上に、非常に豪華というか……絵に描いたような朝食が並んでいた。
こうさ、普通なら目玉焼きにご飯とみそ汁、みたいな。
それでも普段の私の生活からすれば豪華なのだが。
何だこれは。
明らかに中に何か入っているであろうオムレツに、しっかり表面にはバジルとか掛けられているし。
サラダは当然のこと、コンソメスープみたいなのもあるがソレも手作り。
クロワッサンがカリッて感じ軽く焦がしてあり、バターなんかも添えられている為妙にリッチになった気分になってしまう。
しかし、勘違いしてはいけない。
このパンも、昨日スーパーで安売りされていたのを一緒に買って来たのを覚えているぞ。
スープに関しては、余らせていた野菜をまとめて使っているのだろう。
つまり、これらは全て巧君の努力の成果。
早起きして、全部作ってくれたのだろう。
「うひゃぁ……理想の旦那過ぎる」
「大葉さんは、一緒に居るとだらしない所ばかり目立ちますね」
「い、言わないで……」
と言う訳で二人して席に着き、いただきますと声に出してから手を合わせた。
私だけの一人暮らしだったら無かった、この習慣。
誰かと一緒に生活をしているというだけで、随分と変わるモノだ。
なんて事を思いながら朝食を口に運んでみれば、やっぱり美味しい。
やばいな、殆どescapeに巧君の事を任せてしまったので、私には得しかない状況になってしまった。
「いつもゴメンねぇ、また何かお礼するから」
「お礼は結構です、ココに住ませてもらっているだけでも充分なので。でももう少しちゃんとして下さい、洗濯物とかも僕が洗って良いんですか? 最初だけは気にしていたのに、今では下着なんかも洗濯籠にポイポイ入ってるじゃないですか」
「うっ……ごめんなさい。嫌だったら自分で洗います……」
「あのですね、僕も年下とは言え男です。そう言う意味での質問です、家事を全てやることに対して不満はありません。なので大葉さんが気にしないのであれば、普通に洗濯しますし、一緒に干しますけど」
恥ずかしい気持ちは、確かにある。
でもね、一人暮らしだとね? とても面倒臭いんですよ洗濯って。
下着だけは自分で洗う? 確かにそうするべきかもしれない。
でもホラ、水道代とか、手間とか……色々、ね?
簡単に言うと、やってくれる人が居るなら甘えたいと言うのが正直な所ではある。
非常に申し訳ないけど。
でも実際、あんなの布だし。
ね!
「なんかもう、ごめんなさい。お願いします」
「まぁ、大葉さんがソレで良いなら……良いですけど」
そんな訳で、私がパーティの皆から心配されていた食生活に関しては完全に解消された。
本当に三食とも改善され、お弁当まで持たせて頂いている程。
しかも巧君がescapeに連絡すれば、必要な物は全て送って来てくれるし。
唐沢さんに連絡すれば、とても大人な対応で全て回答を頂けるという完全保護態勢。
当の本人達は、年若い女性の部屋にお邪魔する訳にはいかないとか言って、絶対ココへ訪れようとしないが。
もしかしたら、Redoプレイヤー同士必要以上の個人情報公開は避けろと遠回しに注意されている可能性すらある。
いや、ホント。
私が組んだ二人、物凄く大人ですわ。
そんでもって新しく加入したfortという名の小学生も、下手したら私より生活力がある。
ヤバいなぁ、私の存在意義……どんどん無くなって行っている気がするんだが。
「あ、あの大葉さん……部屋のスペースを、もう少しだけ分けて頂く事って可能ですか?」
もはや真面目な思考が大気圏の彼方まで飛んで行っていた私に、巧君がおずおずとそんな事を言って来た。
「全然良いよ! どこでも好きに使って! 私ベッドだけあればなんとかなるから!」
「それはソレでどうかと思うんですけど……」
非常に呆れた視線を向けられてしまったが、彼がこんな事を言うのは珍しい。
我儘という程でもない事例だとしても、巧君が要望を話してくれたのだ。
だったら是非とも叶えてあげたい。
そう思って、キラキラした瞳を彼に向けてみると。
「完成はしばらく後になると思うんですけど、皆さんと色々話した結果……唐沢さんから戦艦の大きなプラモデルを頂きまして、後日届くそうです。大好きな戦艦なら、中身まで知っておいて損はないって。勉強のつもりで、作ってみろって」
あの人、本当にパパだわ。
いや実際パパさんなんだけどさ。
子供の扱い方と言うか、接し方を熟知しておられる。
「それからescape……鸛さんも、以前僕がお父さんと乗った事のあるイージス艦の模型をくれるらしくて。思い出は大切にしろって、多分ソレが僕のスキルにも関わって来るって。そう言われました」
ウチのパーティの男性陣、人が出来過ぎてませんかね?
そして待って? あの二人から私そんなに甘やかされた記憶無いんですけど?
いや守って貰ってるし、パーティの分け前を貰っている時点で物凄く甘やかされてるのか……でもここまで分かりやすく厚意を頂く事は無かったと思う。
子供ではなく同格として見て頂けているとなれば、それはそれで良いんですけど。
皆何だかんだ言って子供に甘すぎませんかね?
この場合何もあげていないのは私だけ、何かアレな感じになるじゃないですか。
「だから、その……特に戦艦なんですけど」
「あ、うん。凄くデッカイ感じ? 本棚とか空ければ、飾れるスペース確保できるかな?」
何て事を言いながら、キョロキョロと周りを見渡していた私に対して。
「大葉さんも、一緒に作ってくれませんか? 僕一人じゃ時間もかかるし、理解出来ない箇所も出て来ると思うんです。だから……一緒に考えて、一緒に作ってくれませんか? 僕はプラモデルとか作った事無いんで、多少不格好になったとしても。最初に作り上げたソレが、大葉さんと一緒に作った船だったら……嬉しいなって」
やけに覚悟を決めた様な表情で、巧君はそんな台詞を言ってのけた。
本当に、ウチのパーティの男性陣は。
どいつもこいつも、恰好良いじゃないか。
「うん、良いよ。私もそういうの作った事無いけど、一緒に頑張ろう。それこそ、巧君の次の“戦艦”になるかもしれないしね。だったら、最高に恰好良い船を二人で作ろう!」
「……っ! はい! お願いします!」
そんな訳で、私達の平穏な日々は続く。
これだって黒獣とescapeに守られているからこその平穏な訳だが、しばらくは寄りかからせてもらおう。
せめてこの子が落ち着くまで。
再びfortとして立ち上がり、これまでとは違うRedoプレイヤーとして君臨するその時まで。
プレイヤーは、このゲームからは逃げられない。
だからこそ、いつまでも隠れ続ける訳にはいかない。
でも次に戦場に立つ時、この子は今まで以上の“戦艦”を手に入れている事だろう。
ただ殺す為じゃない、誰かを助ける為に戦う戦艦になる筈だ。
その為の布石を、そして私生活の支えになる様に。
皆が協力してくれているのだから。
この子はきっと、もう大丈夫だ。
新たな戦艦を作り上げた時、本当の“不落の要塞”へと変わる。
しかもその時は、決して一人じゃない。
私達という仲間を乗せて、不落の要塞は大地を迷いなく進む事だろう。
もう、一人じゃない。
それだけは、確かなのだ。
「あぁ~唐沢さんは良いとして、黒獣は大丈夫かなぁ……」
「あの人、ゲーム内では本当に性格違いますからねぇ……普段はあんなに優しいのに。もはや多重人格ですよ」
「今度ログインした時、私狩られるのかなぁ……」
「その時は、僕も参戦しますから」
なんて会話をしながら、私達は美味しい朝食をお腹の中に納めるのであった。
あぁ、もう。
ログインしたくないなぁ……。
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