第68話 黒獣 対 白姫


「よぅ、待たせたな」


 甲板から、黒獣が出て来た。

 ソレはもうニョキッと、という表現になってしまうのだが。

 彼の登場には轟音と破壊音を伴っていた。

 ベキベキバキンバキンと凄い音が周囲に響き渡り、甲板の一部が膨れ上がったかと思えば。

 あの黒い爪が、床を突き破って姿を現した。

 いやいやいや、嘘でしょ。

 やっぱりこんなのラスボスだって、普通のプレイヤーは勝てないって。

 だってfortの装甲なのだ、私の剣では甲板に少し傷が付いただけ。

 それを簡単に突き破って来るって何だ。

 しかも、中心部から。


「私達は、パーティです。だから、“試合”しましょう」


「あぁ? 今更保険を掛けるのかよ?」


「間違って貴方を殺してしまったら、escapeから文句を言われそうですから」


 必死に虚勢を張りながら、ニッと口元を吊り上げた。

 とはいえ兜を被っているから、相手からは見えていないだろうけど。

 しかし黒獣は、クックックと楽しそうに笑い始め。


「なかなか面白い事を言うじゃねぇか。お前、俺を殺せるつもりでいるのか?」


「貴方こそ、ちょっと自信過剰になり過ぎてるんじゃないですか? まさか自分が最強のプレイヤーだとか、勘違いしてます? 今日だってescapeにサポートしてもらっているのに」


「へぇ? 今日は随分と饒舌だな、白兎」


「RISAです。これでもパーティの一員なので、そろそろ覚えて下さい」


 そんな事を言いながら、剣を構えて腰を落とした。

 これから私は、あの黒獣と戦う。

 今までは何だかんだ正面から戦う事は無かったけど。

 今日だけは、真正面から。


「ま、良いだろう。但し俺が満足しなければ、殺すまで叩きのめしてやる」


「つまり満足するまで“試合”すれば、皆生きて帰れるって事ですかね」


 両者構えながら、スゥゥゥっと息を吸い込んだ。

 そして。


「ガァァァ!」


 彼の声が聞こえた瞬間、一気に回避行動を取った。

 逃げ回っても相手が満足してくれるはずがない、それは分かっているんだけども。


「うひぃ!?」


 兜の隣を、黒獣の拳が通り過ぎた。

 いやいやいや! 無理無理無理!

 速いって、普通に速いって!

 まだ距離があった筈なのに、踏み込みの一歩で攻撃範囲内に捕らえられたよ!

 そんでもって、私は回避が精一杯。

 攻撃なんか出来る暇がない。


「オラオラどうした! 逃げてるだけじゃ“試合”でも勝てねぇぞ!」


 そのまま連撃をかまして来る黒獣。

 殴り、蹴り、時に大技を放ってくる訳だが。

 本当にギリギリ、マジで紙一重。

 回避行動に専念しても、身体のすぐ隣を相手の攻撃が通過していくのだ。

 多分一撃でも貰ったら終わる。

 攻撃が当たった箇所は吹っ飛び、そのまま命を落とす。

 なので、全力で避けた。


「チッ! 相変らず逃げ足だけは速ぇな……」


 黒獣は舌打ちを溢しながら、踵を振り上げた。

 大技を繰り出そうとしている。

 もしかしたら床が抜けるとか、甲板全体に亀裂が入ったりするかも。

 馬鹿な妄想にも思えるが、彼の場合普通にあり得るから怖いのだ。

 と言う事で、攻撃するならここしかない。


「せやぁっ!」


 相手の踵落としを最低限の動きで、しかも身体を捻じりながら躱し。

 その勢いのまま、腹の鎧に此方の剣を叩きつけた。

 でも、結果は惨敗。

 むしろ私の剣の刃が欠けてしまった。

 こんなの、勝てる訳が――


『一本!』


 私達の戦闘中に、やけに気合いの入ったそんな声が響き渡った。

 状況が理解出来ず、思わず二人して動きを止めてしまった程。

 今の声は……彼の端末のリユだろうか?


「おい、リユ……なんのつもりだ?」


 黒獣も毒気を抜かれたと言うか、唖然としてしまったらしく。

 物凄く普通のテンションで質問しているが。


『はぁ? だって試合って言ったじゃないですか。だったら、間違いなく今のは一本ですよ。胴あり! 一本! ホラホラ、マスターもシャキッとしないと勝負が終わっちゃいますよ? もう一本取られたら、勝負あり! って宣言しますからね?』


「リユ……お前、ふざけてんのか?」


『ふざけていないから言っているんですよ? だって試合とはそういうモノです。殺し合いの世界じゃないんですよ、現代では。一応言っておきますけど、負けた瞬間サレンダー送りますからね? “試合”を了承したの、マスターですし』


「てめぇ! いい加減に――」


「せやぁぁ!」


 リユの発言の意図を理解した瞬間、一気に攻めた。

 勝て、勝つんだ。

 相手を超える必要も、殺す必要もない。

 ただ、試合として勝てば良い。

 そしたら、リユがサレンダーを送ってくれる。

 それさえ叶えば、誰も死なずにこの戦場を攻略する事が出来る。


「チッ! どいつもこいつも……」


 端末の我儘には慣れっこなのか、黒獣も諦めた様子で一度距離を取る。

 仕切り直し、そう言って良いのだろう。

 しかし相手は完全物理特化の賞金首。

 一撃でも貰えば、多分私は死ぬ。


「改めて、お相手願います」


「俺は納得してねぇからな? むしろイライラし始めた、どうしてくれんだ?」


「なら、勝てば良いかと」


「言うじゃねぇか……」


 ギリギリと牙と拳を鳴らしながら、相手は今まで以上に戦闘体勢に入った様だ。

 ヤッバイ、滅茶苦茶怖い。

 迫力が凄くて、威圧感だけでも腰が抜けてしまいそうだ。

 でもコレは仲間達が作ってくれたチャンス。

 だったら、やれ。

 必ずモノにしろ。

 そんでもって、今まで以上に頭を使え。

 真正面から単純に攻めても、多分さっきみたいに攻撃を受けてくれない。


「行くぞ、次は俺が一本貰う」


「そうはさせませんからね……リズ!」


 一気に踏み込んで来た相手に対し、今度は屈むだけで逃げなかった。

 そしてそのままスキルを発動し。


『“時を駆ける者”、発動します。はぁ……後が怖い』


 リズの声を聴きながら、一気に加速するのであった。

 致命傷を与えなくても良い、戦闘不能にする必要は無い。

 ただ“当てれば”良い。

 なら、私の得意分野だ。


「“九連突き”!」


「あめぇんだよ!」


 高速で放つ連撃に対して、相手は回避しながら此方の刃をその手で掴み取って来た。

 彼の鎧の防御力、そして反射神経。

 更に言うなら、とんでもない握力。

 それらを加味して、多分コレは防がれると予想していた。

 けどまさか、掴み取って来るとか予想外でしょ。

 ヤバイヤバイヤバイ!

 空いてる方の拳を、間違いなく此方に向けている。

 アレで殴られたら、多分私は――


『大葉さん!』


 すぐ近くの甲板から急に機関銃が生えて来て、黒獣に発射口を向けた。

 本当に一瞬の出来事。

 だからこそ、反射的に黒獣も動いてしまったのだろう。

 構えていた拳を機関銃の方に向け、私を攻撃する事よりも先にfortへの対処を優先した。

 その結果、此方への攻撃が止まったのも事実。

 判断を間違えるな、今しか無いんだ。

 反撃出来るタイミングは、ここしかない。

 未だ切っ先を掴まれている剣の柄を手放し、思い切り拳を握り締めた。

 そして。


「せやぁぁ!」


『一本!』


 思い切り、相手の顔面に向けて拳を叩きつけた。

 流石に私が武器を手放すのは予想外だったのか、それともfortが再び動いた事により私の事は意識の外に追い出したのか。

 相手は、此方の拳をそのまま兜で受ける。

 その際、ベチッという情けない音が響いた気がするが。

 でも、二本目を取った。

 これで、私の勝ち……の筈。

 多分、きっと。

 巧君にも助けてもらった訳だが、この後殺されない事を願おう。


『サレンダー送りましたよぉ~ささっと了承しちゃってくださいな』


「おっまぇ、ふざけるなよリユ! こんなの無効だ! 俺はまだまだ戦える! しかもfortの邪魔がなけりゃ――」


『試合を了承した時点で、こういう展開を予想していなかったマスターの負けでーす。それにRedoで横やりは日常茶飯事でしょうに、何を今更。はい、今日はお終い。帰りましょうマスター』


「おいコラ白兎! 俺は負けてねぇぞ! ちゃんと戦――」


 スキルを使用した状態のまま、相手から距離を置き。

 更に物凄い速度で相手のサレンダーを了承した結果。

 黒獣が非常に不機嫌な様子で、更にちょっと慌てた感じにログアウトしていった。

 凄く珍しい光景を見た気分ではあるが、後が物凄く怖い。

 次にログインした時、私殺されないかな?


『ハ、ハハハ! RISA、君最高だよ!』


 端末からはescapeの笑い声が響き、更にはリズからも大きな溜息が聞こえて来る。

 何がそんなに楽しいのかと首を傾げていれば。


『おめでとうございます、マスター。貴女は黒獣に正真正銘“正式”な形で勝利した、初めてのプレイヤーです。相手からのサレンダーを受け取っての勝利ですからね、そう言う事になります』


 あ、ヤバイ。

 もしかしてこれ、相当地雷を踏み抜いてしまったんでは無いだろうか?

 だって紗月の時は負けたとはいえ、相手が逃げて引き分けの扱いだし。

 fortの時は相手が最初から特殊サレンダーを送り続けている状況だったのだ。

 つまり、私は。


「どうしようリズ! 私絶対黒獣に殺される!」


『知りませんよ本当に……』


 あの賞金首に対して、初めての勝利者という実績を収めてしまったのだ。

 うわぁぁぁぁ! これ絶対不味いってぇぇぇ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る