第67話 兎の牙


 相手の戦艦内を突き進んで行けば、やがて開けた場所にたどり着いた。

 充分動き回れそうな空間の中、膝を抱えて蹲っている小さな鎧が一つ。

 見た目は現実にもありそうな普通の鎧? って感じだろうか?

 俺達とは違って、本当に普通の見た目の鎧。

 本体が小さいので、まるでガキがコスプレか何かをしているかのような印象だが。


「ほぉ? アレがfortか」


『やっぱり、子供でしたね……マスター、どうしますか?』


 リユの奴が渋い声を上げるが、此方としては関係ない。

 相手はこれまで何人ものプレイヤーを葬り去って来た殺人鬼。

 つまり俺と同類。

 だとすれば、殺す覚悟も殺される覚悟もしているだろう。

 別に罪を償えなんて、聖人みたいな事は言わない。

 俺にはそんな事を言う資格すら無い。

 だが、しかし。

 此方にとって“狩る”対象である事は間違いないと言うだけ。

 闘う理由なんぞ、それで十分だ。


「おい、どうしたfort。随分と大人しいじゃねぇか、攻撃して来いよ」


 声を掛けてみるものの、相手は膝を抱えて震えている。

 怯えているのか? こんな戦艦を作り出すプレイヤーが?

 まさか、ここまで来てビビリだったなんて言わないだろうな?

 お前はもう、そんな言い訳が出来る立ち位置に居ない。

 これまでの行いを否定する事が出来ない場所まで来ているんだ。

 だからこそ。


「どうした、オイ。戦え……戦えよfort! お前はプレイヤーだろうが! 賞金首だろうが! 俺と正面から戦う約束はどうした! あぁ!?」


 思わず大声で怒鳴りつけた。

 しかし相手はビクッと大きく震え、頭を抱えて蹲ってしまう。


「ごめん、なさい……ごめんなさい……」


 おいおいおい、マジかよ。

 ここまで来て、コレかよ。

 つまらねぇ、つまらねぇぞ。

 とはいえ相手は賞金首、そして数多くの人間を殺して来たガキ。

 だったら……“表側”の俺のルールにも違反しない。

 これまでも若いプレイヤーだって狩って来たのだ、今更綺麗事を吐いてコイツだけ助けるってのは筋が通らないだろう。

 あまりにもつまらない終わり方なのは確かだが、一応殺しておくか。


「はぁ……ガッカリだぜfort。お前なら、今まで戦って来たどんな奴より楽しめる相手だと思ったのによ」


 大きな溜息を溢しながら、デカくなった右腕を振り上げた。

 コレを振り下ろしてしまえば、多分一撃で片が付くだろう。

 どう見ても、本体は小物だ。

 戦艦の方にステータスを裂きすぎている。

 反撃するチャンスを嫌と言う程与えてやってるのに、未だに顔すら上げない。

 既に反撃する事自体を諦めている様だ。

 あぁ……今回も退屈な相手――


『待って下さい! ストップです! 彼にはもう戦闘の意思はありません!』


 端末から、ビビリ白兎の声が聞えて来た。

 あいつ、この状況で何言ってんだ?

 馬鹿なのか? まぁ馬鹿なのだろうが。


『お願いです! 止まって下さいAKさん! その子は自らの意思で戦っていたんじゃない、そうせざるを得ない環境で育って来た子供なんです! だから、お願いですから殺さないで下さい』


 あーあーあー、また始まった。

 潔癖、偽善、慈悲。

 良い子ちゃんの語る正義感を、此方に押し付けて来やがった。

 面倒だな、相変わらず。

 どうして“表側の奴”も、リユもescapeも。

 あんなのを未だ仲間として置いておくのか、理解に苦しむ。

 正直言って、邪魔だ。

 目障りで仕方ない。

 アイツの価値なんぞ、餌として他のプレイヤーを釣って来るくらいしか存在意義がないだろうに。


「おう、聞こえるか雑魚。テメェは、コイツを殺すなって言いたいんだよな? コイツは可哀想な環境で育った子供だから、そうするしか出来なかったから罪はねぇってか? あんまりふざけた事言ってんじゃねぇぞ、コイツは“fort”だ。今まで何人も殺して来た戦艦なんだよ。それにお前は、お友達の仇であるコイツを殺すんじゃなかったのかよ? お前の覚悟はそんなもんか? あぁ?」


 クソみたいに甘い思考回路だ、反吐が出る。

 俺達みたいなのは、同情される資格なんぞ既に無い。

 自らよりも強者に出会い、逃げ道が無いのなら最後まで抗わなければいけない存在。

 戦って死ぬのなら、恨み言の一つさえ言って良い資格なんぞ無い様なクズ共の集まりな筈だ。

 だというのに、こんなゲームに参加しておいてアイツはまだそんな事を――


『私にも、良く分かりません……でも、その子は。巧君とは、リアルで友達になりました。Redoとは関係の無い所で、私と彼は一緒の時間を過ごしました。紗月には本当に申し訳ないけど……私には、その子を殺す判断がどうしても出来ません』


「だから俺が殺すって言ってんだろうが、雑魚は引っ込んでろ」


『それじゃ駄目なんです! その子はまだ保護される立場にあるのに利用された、大人の都合に振り回されるまま賞金首になった。ソレがfortの正体です! それに、彼を殺してしまったら……私にとって、救えなかった三人目の“友人”になってしまうんです……』


 端末からは、ベラベラベラベラと泣きそうな鬱陶しい声が聞えて来る。

 あぁ、面倒クセェ……本当に面倒クセェ。

 だがしかし、俺の中で戦意をどんどんと削いでいく奴が居る。

 “表側”のアイツ。

 奴が止めろと叫んでいる気がする、彼女の言う通りにしろと命令している気がする。

 もはや全てが面倒くさい。

 あぁぁ……どいつもこいつも、イライラさせてくれる。


「だったら、代わりにお前が戦え」


『え?』


「俺にfortと戦うなって言ってんだろ? なら、お前が俺と戦え。勝負しようぜ、白兎。俺を満足させられたら、コイツを殺さないで置いてやるよ。テメェの綺麗事を無条件で呑んでやる義理はねぇ。俺を殺せば、このガキは死なない。簡単だろう?」


 カカカッ! と笑ってみせれば端末からはリユとescapeの声が響き、更にはfortも勢いよく顔を上げた。


『マスター! それだけはダメです! 何考えてるんですか!?』


『黒獣、よく考えろ。彼女は仲間だ、此方の戦力を減らしてどうする』


「大葉さんと……コイツが?」


 どいつもこいつも鬱陶しい声を上げて来るが、知った事か。

 俺は久々に大物と殺し合えると思って楽しみにしていたんだ。

 だというのに、蓋を開いてみればどうだ?

 標的のfortは腰抜け、白兎は下らない事を言って来て戦闘を中断させようとする。

 不完全燃焼ってのは、この事だろうが。

 俺は今日戦う為に、決着を付ける為にこの場所に訪れたはずだ。

 だというのに、勝手に茶番劇に変えるんじゃねぇよ。

 Redoってのは、そうじゃないだろ。


「どうするんだ? 雑魚兎。いつもの様に逃げ惑うか? いつかみたいに、地面にへばり付いて助けを乞うか? オラ、さっさと選――」


『分かりました、私がお相手します』


 予想外の言葉が、端末からは響いて来た。

 それと同時に、承認制の“決闘”の通知が届く。

 へぇ? やるのか、意外だ。

 てっきり言葉を紡いで、どうにか回避しようとするかと思ったのに。


『私だって、Redoプレイヤーです。殺す覚悟はまだなくとも……戦う覚悟と、殺される覚悟はしているつもりです。だから、勝負しましょう』


「今回は、サレンダーもタイムアップも認めねぇぞ? 良いんだな?」


『はい、私が……戦います。貴方に負けを認めさせて、この意味のない戦闘を終わらせます。彼を……巧君は殺させません』


 ク、ククク……ハハハッ!

 言うじゃないか、いつもは逃げ回ってばかりいる白兎が。

 なら、やろうか。

 目の前のガキを賭けて、勝負しようじゃないか。


「すぐに行く、ちょっと待ってろ……逃げるんじゃねぇぞ?」


『はい、お待ちしています』


 相手の声を聴いてから“決闘”を承認し、俺は天井を思い切りぶん殴った。

 亀裂に爪を突っ込み、押し開きながら上へ上へと進んで行く。

 さぁ、勝負の時間だ。

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