第66話 fort


「あ、あの……巧君。なんか、良く分かんないんだけど……今ってどうなってるの? 中で戦ってるの?」


 甲板の隅っこに残された私は、座り込んだまま巧君に声を掛けた。

 今回の戦闘において全く役に立っていない、それだけは確かなのだが。

 どうしても現状が気になってしまい、対戦者であるはずのfortに声を掛けてしまった。

 だって黒獣、甲板をこじ開けながら中に入っちゃったし。

 上での戦闘でもfortは私に銃火器が向いた際は発砲せず、黒獣に関しては私から離れた場所でずっと戦っていた。

 つまり私は、二人に気を使われている状態。

 情けないけど、私は巧君とは戦えない。


『黒獣が、内部に入って暴れ回ってる。多分、もう数分もしない内に、僕の所に来るんじゃないかな……』


 目の前から生えて来た伝声管から、巧君の声が聞こえて来た。

 その声は、何だかもう全てを諦めている様にも聞えるが。


「えっと……本当に、巧君……なんだよね?」


『ごめん、なさい……』


 戦闘前と同様、悲しそうな返事が返って来る。

 この子は、Redoにおける賞金首。

 つまりそれだけ多くのプレイヤーを殺したか、脅威となる存在。

 だというのに、私には。

 今の彼が、そんな恐ろしい存在に感じられないのは何故だろう。


「どうして、人を殺したの?」


 ポツリとそんな質問を投げてみれば、彼はしばらく黙った後。


『お母さんが、そうしろって言ったから……そうしないと、僕には何の価値も無いから。生活も出来ないし、結果を残さないとお母さんが会いに来てくれないから……』


「それは異常な事だって、そう感じた事は無いの?」


『分からない……僕は、その為に生まれたって言われて。ずっと前からそうだったから……でも、やっちゃいけない事をしてるって言うのは分かってる。けど……これしか、生きる意味を貰えなかったから……』


 コレが、彼にとっての常識なのだろう。

 親がRedoプレイヤーであり、その駒として育てられた存在。

 もしかしたら、最初からこうでは無かったのかもしれない。

 途中から狂ってしまったのかもしれない。

 でも、こんなのって無いよ。

 この子の人生そのもの、価値観の根底から壊してしまう程の行い。

 人と言う存在は、自らの為にこんなにも他者を壊せるモノなのだろうか?

 例えそれが、自らの子供だったとしても。


「ねぇ、巧君。それはね、絶対やっちゃいけない事なの。Redoがあろうと無かろうと、例えお母さんから言われた事でも、絶対に駄目。人を殺せば、もう後戻り出来ない。その責任を、罪を背負ってこれからを生きないといけないんだよ? 償っても償い切れない程の重圧が、君に押し掛かるの」


『……うん』


 彼は、私の言葉を素直に聞いてくれた。

 本当にまだ子供なのだ。

 教えれば、理解しようとしてくれる。

 何故なのかって、考えようとしてくれる。

 そんな素直な子なのに、そんな素直な子だからこそ。

 この子の母親はfortを生み出したのか?

 だとすれば、ソイツはもう人間じゃない。

 ただのモンスターだ。


「今までやって来た事を無かった事には出来ない。でも、もしかしたら……償う事は出来るかもしれない。永遠に終らないかもしれない償いだったとしても、巧君は……頑張れる? ごめんなさいって、そう言い続けながらも、誰かを助ける為に戦える?」


『分かんない……でも、ずっと謝って来た。ずっとずっと、ごめんなさいって。顔も見えない相手に対して、僕は謝りながら攻撃してる。良くない事だって、やっちゃ駄目って分かってたのに。それでも……』


 伝声管からは怯えた様な、困惑しているかの様な声が聞こえて来る。

 彼もまた、戸惑っているのだろう。

 自らの行いに、今の人生に。

 でも判断出来ないからこそ、全て母親の言う通りに生きてしまった。

 その結果が、賞金首にまで上り詰めてしまった“fort”という存在。


「今、戦艦の中に黒獣が入ってるよね? 戦うの?」


『ううん、もう諦めてる。戦艦ってね、中には武器が無いんだよ。だから、侵入されたら終わり。当たり前だよね、そもそも中で戦う事なんて想定してないんだから。僕の船も、外側にしか武器を出せない。コレは、そういうスキルだから』


「船、好きなの?」


『お父さんが、好きだったんだ。もう死んじゃったけど、本当のお父さん。船が好きで、いっぱい色んな事教えてもらった。だから僕はこの戦艦を作った。でも僕は凄く小さいから、駆逐艦って意味で、僕の鎧は“イージス”って言うんだ。イージス艦って言ってね? 小さいけど――』


 その後も、彼は色々と語ってくれた。

 船に関しての詳しい事、過去に見た、乗った事のある船等など。

 彼の思い出には、常にお父さんが居たみたいだ。

 どの話を聞いても、絶対に彼のお父さんが登場する。

 きっと巧君の中で、一番の思い出なのだろう。

 最高に楽しかった時の記憶だったのだろう。

 でも、だからこそ。

 それをRedoで兵器として使うのは……とても、悲しいと思ってしまうのだ。


「ねぇ、巧君」


『なに? 大葉さん』


 きっと彼のすぐそばまで、黒獣が迫っているのだろう。

 それなのに、私に思い出を語ってくれた彼は楽しそうな声を上げた。

 いつもそうだ。

 私と話している時、彼は。

 とても良い笑顔を浮かべてくれるのだ。

 手を繋いで、一緒に遊んで。

 ご飯を食べて、買い物に行って。

 そう言う時のこの子は、本当に普通の子供だった。

 紗月の仇だって分かっている、fortという賞金首だって言う事も今では理解している。

 でも、それでも。

 私は、この子の事を既に友人として見てしまっているのだ。


「“こっち側”に来ない? 私達と一緒に、これからを生きてみない?」


『え?』


 紗月には申し訳ないけど、あの子の仇を私は取るべきなのかもしれないけど。

 ごめんね、無理だ。

 私には、この子を殺せない。

 いくらRedoの世界でも、こんなにも大きな戦艦を見せられても。

 巧君が楽しそうに笑っている笑顔が、記憶には残っているのだ。

 だから、私はこの子を殺せない。

 全部綺麗事だって分かっているけど、私の弱さだと笑われるかもしれないけど。

 それでも、無理なんだ。


「今までの全部を捨てて、私達の仲間になって。明日から、全部変わっちゃうかもしれないけど……私達のパーティに入らない? そしたら、無理矢理戦う必要なんて無い、無理に殺す必要なんて無い。黒獣とだって殺し合う必要もない」


『で、でも……僕は』


「君は……子供なんだよ。まだ周りに頼って良い存在、そして環境のせいで過ちを犯した。それって全部君の責任なのかな……責任を自覚する事は大事だけど、本当に償うべきは他の人間なんじゃないかな。君はまだ、助けを求めて叫んでも良いんじゃないかな?」


 そう言って、甲板を撫でた。

 きっと、自らが知っている所だけは拘って作ったのだろう。

 周囲の装甲は結構雑だったのに、眼に見える所は本物の船みたいだ。

 コレもきっと、お父さんとの思い出。

 それを再現したくて、彼はこの戦艦を何度も作って来たのだろう。


「お願い、言葉にして。そうしないと、私も行動に移せない……それに、中途半端なままじゃ君を許せなくなっちゃうから」


 声にしてみれば、伝声管からは息を飲む声が聞えて来た。

 怖いのだろう、今までに経験が無かった事だから。

 不安なのだろう、これからの人生が。

 “リアル”はずっと続くのだ、Redoの世界だけどうにかすれば良い訳じゃない。

 だからこそ、その決断に迷っているのだろう。

 何たってこれは、母親を裏切れと言っている事に他ならないんだから。

 でもそうでもしないと、多分巧君は救えない。

 このままじゃ、間違いなく終わってしまう。

 今日黒獣に狩られるか、生き残ったとしてもfortという操り人形のままになってしまう。

 そんなの、あんまりじゃないか。


『良いん、でしょうか……』


「良いよ、言って。言葉にして」


 伝声管からは、グズグズと鼻を啜る音が聞えて来た。

 我慢して来たのだろう、堪えて来たのだろう。

 けどその本音を、今私は聞きたい。


『助けて下さい、大葉さん……僕、殺したくない。死にたくない。お母さんに必要とされなくなったら、生きている意味が無いって……そう思ってたけど。もう嫌です……こんな事、もう止めたい……』


「うん、ありがとう。よく言えたね、偉いよ」


 彼の言葉を聞いた瞬間、覚悟が決まった。

 私では不十分かも、力不足かもしれないけど。

 それでも。


「リズ、今すぐ黒獣と通話を繋いで。というか皆に聞える様に、パーティ通話」


『正気ですか、マスター。実際どうするかも確定してないのに……』


「それを相談するの、私の知識だけじゃ何も出来ない。だから仲間の知識を借りる。そんでもって、この馬鹿げた戦闘を今すぐ終わりにする!」


 これはもはや、戦わなくても良い戦場になったのだ。

 だったらこれ以上、人死にを出す必要はないだろう。

 何度も何度も、目の前で友人を失うのは御免だ。

 偽善で我儘で、それに自分勝手な判断かもしれないけど。

 それがどうした、これはRedoなんだ。

 だったら私だって、欲望を曝け出すまでだ。


「まずは黒獣を止めるよ!」


『もう好きにして下さい……』


 リズの呆れた声を聴きながら、私はパーティ全体に通話を飛ばすのであった。

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