第69話 これからの生き方


 その後、何が起こったのかと言えば。

 今回最大の問題とされていたfortに関しては大人しくなってしまい、escapeから質疑応答を受けたくらい。

 彼等の会話が此方の端末からも聞えて来るので、私も話に耳を傾けていれば。

 ……なんでも彼が“お母さん”と呼んでいた人は、本当の母親という訳では無いらしい。

 え? どう言う事? 再婚? とか考えてしまったが、どうやらそれも違う様で。

 当時、巧君はお父さんと二人暮らしだったみたいだ。

 彼の言う“お母さん”が度々顔を出す程度の繋がりはあったにしても、一緒に暮らしていた訳ではないんだとか。

 その後急にお父さんが亡くなったと告げられ、手を差し伸べたのが“お母さん”という訳らしい。

 普通だったら親族とか、“そういう施設”に預けられそうなものだが……。

 そして何故か知らない男に預けられ現状に至る、と。

 いや、うん……うん?

 この時点で巧君のお母さんがどういう立場にいるのか、そして何故全く関係のない男に預ける事を了承してしまったのか。

 全く理解出来ず、はて? と首を傾げてしまうが。


『普通の感覚で言えば、子供に再婚を隠していた、または深い関係にあったか。“母親”自身が保護団体の代表者……とかね? 普通じゃない可能性を上げると、Redoも関わって来ている以上例を挙げてもキリがない。もしかしたらプレイヤー同士の犯罪を隠蔽するという機能は、何も殺しに限った話じゃない可能性だって出て来る訳だ』


 というご説明を、escapeに頂いたが。

 いまいち、納得出来ない所が多い。

 養子として受け入れたのなら、その“お母さん”に巧君が従うのも分かる。

 でもほとんど繋がりが無かった人に対して、ここまで依存するモノなのだろうか?

 更にRedoの関わりで何かしら……という事まで考えると、何かもう頭が混乱してくる。

 escapeの言っている“プレイヤー同士の犯罪隠蔽”が本当に適応されていた場合、巧君のお父さんもプレイヤーだったって事?

 だってそうじゃないと、順番がおかしくなってしまうのだ。

 もっと言うなら、そんな事までRedoのシステムでどうにかなるものなんだろうか?

 色々と疑問に思う所も多いが、今は根掘り葉掘り聞き出す訳にもいかず。

 結局、これからどうすれば良いの? という終着点の答えを急いでみれば。


『それを考えた上で今回の勝負を挑んだんじゃないのかよ……君って本当に馬鹿なんだね、ある意味尊敬するよ』


『すみませんすみません……ウチのマスター、本当に馬鹿なんで。その辺りから相談に乗って頂けると助かります』


 酷い台詞を吐いてくるescapeと、何故か私の代わりに謝り続けるリズ。

 そんな構図が出来上がった辺りで、escapeは思い切り溜息を吐きながら。


『彼の“母親”に関しては色々と訳あり、直接的に保護者をしていた男は消失。さて、どうするか。ソイツが“fort”という賞金首を育てる為に手元に置いていただけなら、手放すとは考え辛いね。新しい“保護者”を付ける可能性が高い上、法的に現状を訴えようとも此方の面々では少々都合が悪い』


「と、言いますと?」


『育児放棄やら虐待を訴えた所で、保護できる人間が居ないって言ってんの。君は高校生、黒獣は既婚者。黒獣に任せる気でいるのなら、相手の家族と争う覚悟くらい持ちなよ? 単身赴任している夫が、急に里子を取りたいと言い出した。コレ、問題にならないと思う? しかも金に困っている家庭なのに』


「明らかに浮気して子供作っちゃったパターン!」


『アイツの家庭環境ぶっ壊したくないなら、その選択は避けるべきだね。更に言うなら相手もプレイヤー、“まともな”交渉をした所で素直に引くとは思えないし』


 ヤバイ、本当にどうしよう。

 思わずプルプルしながら甲板の上で悶えていると。


「あの、大葉さん……」


 黒獣が突き抜けて来た穴から這い上がって来た巧君が、気まずそうに此方にRedo端末を向けて来た。

 そこには。


 失望した。

 最近の散々な戦績どころか、特殊技能すら無いプレイヤーにも勝てないとは。

 失敗作め。

 現地入りしている他の監視役すぐに向かわせるから、その人物に端末を渡して後は好きにしなさい。

 間違っても、私の手を煩わす様な真似はしない事ね。


『へぇ、意外とあっさり捨てるんだ。それに……端末、ねぇ』


「巧君、これって……」


「お母さんから、です。もうフレンドリストからも消えているので、こっちからの連絡手段は有りませんけど……」


 正直、ゾッとした。

 こんな文章を、自らの息子に送れるモノなのか?

 この人は、間違いなく巧君を武器としてしか見ていない。

 多分何かしらの目的があって“fort”を生み出したのだろう。

 そしてその結果にそぐわないと判断した瞬間、彼を切り捨てた。

 コレが……親なのか?


「巧君は、どうしたい?」


「正直、良く分かりません」


 甲板に座りこむ小さな鎧は、項垂れながら力のない言葉を溢した。

 このままでは、彼の生活を満足に補填する事は出来ない。

 これまで通りの生活、普通の生活を送らせてあげる事が出来ない。

 施設の様な場所に預けるにしても、この子はプレイヤーなのだ。

 とてもじゃないが、また知らない人の所に行っても満足な生活が送れるとは思えない。

 なら、私が出来る事は何か。

 可能なのは、私の親戚にお願いして身元引受人に――


『馬鹿な事を考えているのなら、今すぐ止めた方が良い。無関係な人間を、更にRedoに巻き込むのか?』


 思い切り呆れたため息を溢すescapeの声に、ハッと意識を取り戻した気分になった。

 そうだよ馬鹿、こんな風にお気楽に考えて紗月を巻き込んだばかりだというのに。

 でも結局、どうすれば良い。

 この状況を切り抜けるには、どうしたら良い?

 ひたすらに思考を回すが、結局答えらしい答えは出ず。


「大丈夫ですよ、大葉さん。結局僕が撒いた種ですから、自分で……どうにかします」


 これまで脅威とされて来たfortが、弱々しい声を上げながら私の事を見上げて来た。

 やめてくれ、そんな顔しないでくれ。

 兜を被っているから、表情は見えなくとも。

 彼が今、全てを諦めた顔をしているのは分かる。


「大丈夫です。リアルに戻って、警察とか頼って……もしかしたら、保護してもらえるかも。あ、でもそしたらお母さんに連絡が行っちゃうのかな……でも、平気です。今まで僕がやって来た事を考えたら、こんなの罰でもなんでもないですから。どうにか、頑張ってみます」


 状況を覆す手段が無いと理解したかの様子で、彼は語りながら私にギュッと抱き着いて来た。

 そして。


「ごめんなさい、大葉さん。それから……ありがとうございました。これでもう僕は、少なくとも自分から誰かを殺す事はありません。fortは、不落の要塞は……今日死にましたから」


 そんな台詞を放ちながら、ゆっくりと彼は離れた。

 でも私は、彼を助けるって言ったんだ。

 “こっち側”に来いって誘ったんだ。

 その責任は取りたい、ココで投げ出すのは余りにも無責任であり……私が紡いだ言葉はとても薄っぺらい。

 だからこそ。


「escape、どうにかなりませんか」


『君じゃ無理だね。リアルの君には、あまりにも“社会的信用”がない。それに相手はfortの端末を渡せと言っている以上、普通の手段ではこれからその子を守り続けるのは不可能だ。端末が無くなってもプレイヤーはプレイヤー、これがどういう意味か分かるだろう?』


「でも、このままじゃ……普通じゃない手段も含めて考えても、無理ですか?」


『……それなら、まぁあるいは。だがリアルの方はどうするつもりだ? 言っておくけど、俺に完全丸投げとかは絶対嫌だからね』


「でも間違いなく、戦力の増強に繋がります。それに……“リアル”の方では、私が一緒に暮らします。書類上だけ協力してくれれば、私の方で何とかします」


 もはや完全に子供の我儘。

 難しい事を抜きにして、私の都合の良い言葉を吐いているだけ。

 それは、分かっているのだが。


『はぁ……まぁ相手も端末を回収したらハイサヨナラとは言わないだろうし、間違いなく消すつもりではいるんだろうけど。確かに放置したら黒獣おじさんにも怒られそうだ。だけどリアルの方の情報に俺が手を加えるって事は、真っ当な人生とは呼べなくなるよ? ソレでも良いんだね?』


「はい、お願いします。このまま何もしなければ、巧君の未来が無いですから」


『ハイハイ、全く手間の掛かる……精々試してみるさ。あぁそれから、さっさとログアウトしてもらって良いかな。そのもう一人の“監視役”とやらは未だコッチを見ているだろうからね、黒獣をもう一度呼ぶ事になる』


 此方の意図を汲んでくれたescapeが、ため息を溢しながら通話を切った。

 コレが上手く行けば、fortを作り上げた人物から巧君を離す事が出来る。

 更に此方のパーティに引き込めるのなら、戦力的にescapeも黒獣も無下には出来ない筈……とか、考えてみたのだが。

 やっぱり、あまりにも幼稚な考えだっただろうか?


「大葉さん……えっと、結局どうなったんですか?」


 不安そうな瞳を此方に向けて来る彼に、私は思いっきり笑みを返した。

 それこそ、兜を取り去ってまで。


「本当に上手く行けば……巧君は、私と一緒に暮らす事になるかな? さっきはありがとう、黒獣から守ってくれて。これから、よろしくね?」


 そう言って微笑んでみれば。

 彼はしばらくフルフルと震えてから、もう一度私に抱き着いて来たのであった。

 あ、ヤバ。

 監視役がまだ居るかもしれないのに、兜取っちゃった。

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