第64話 ルール


「また妙なタイミングで……悪いだけどさぁ、今アンタはお呼びじゃないんだよね。邪魔しないでくれないかな?」


 甲板の何処かから、そんな声が聞えて来た。


『黒獣、相手もステルス持ちだ。こっちで場所を割り出すから、すぐに動ける様準備を――』


 端末からescapeの声が聞えて来た瞬間、思い切り地面を蹴った。

 このクソ広いfortの甲板、その端っこに対して。


「そこだ! おいescape、捕まえたぞ」


『そういやアンタは、俺の隠蔽さえも効かなかったんだっけ。余計なお世話だったね、大したもんだ』


 誰も居ない空間に腕を伸ばし、そのまま何かを掴み取った訳だが。

 相変らず姿が見えない。

 それどころか、Redo端末の索敵でさえコイツの事を捉えられていない様だ。

 つまりescapeと似た様な能力持ちって事か。

 しかし賞金首になっていない以上、アイツ以下って事なのだろうが。

 まぁとりあえず、姿の見えない相手に此方は端末のカメラを向けてから。


「リユ、コイツの事を調べろ」


『はいはーい、しばしお待ちを。コイツのスキルの影響で、RISAさんもfortに気が付けなかったって事でしょうから。マスターも気を付けて下さいね? まだ周りに誰か潜んでいる可能性もあります』


「いや、ねぇな。船に乗ってるのは間違いなくコイツと白兎、それから本体のfortだけだ」


『鼻が利くと色々便利ですねぇ。あ、兎さんだからってRISAさんの事食べないで下さいね?』


 よく分らない事を言い出したリユだったが、スマホの画面には相手の情報が表示されていった。

 プレイヤーネームは“slumスラム”。

 あぁ、前にもfortに乗ってた奴か。

 そして相手の戦績は、以前リユから聞いた通り。


「ま、待て黒獣! 前にも言ったが俺は誰も殺してねぇ! アンタは殺人を犯してないプレイヤーは狩らないんだろ!?」


 彼の言う通り、殺傷人数0人。

 ほぉ、態度の割には小物ってか?

 なんて納得してやれる程、俺も単純ではなく。


「escape、調べろ」


『もう終わってるよ。田坂明人たざか あきと、三十八歳。二年前に出所してから職に就いた経歴は無し、でも“何故か”まだ普通に生活してる。まるで誰かの支援でも受けているかのように、だが彼に協力してくれる様な親族や友人は無し。そして“何故か”、有住巧の保護者を任されている。勿論無登録だけどね?』


「クハハハッ! 随分と不思議な人間が居るじゃねぇか。無職で金もねぇ筈の前科持ち底辺野郎が子供の世話かよ。んで? コイツの罪状は?」


『殺人だよ。記録では一人って事になってるけど、俺が調べた限り未解決事件とも繋がっているだろうね。少なくとも四人は殺してる。ちなみに公表されているのは強姦、監禁、殺人』


「つまりクソヤロウって事で問題ねぇな?」


『問題ないね、Redoでは潔癖を装っているけど。それさえも依頼主からの指示の可能性がある、フリーになったらそこらの奴らと変わらない行動を取るだろうね』


 俺の端末から聞えて来るescapeの声を耳にして焦ったのか、相手はバタバタと動き始めた。

 未だ透明化のスキルを使っているのだろうが、動きすぎて輪郭が見え始めている。

 どうやら、本当に小物だった様だ。


「ふ、ふざけんな! 話がちげぇじゃねぇかよ! アンタはRedoで殺しをやってない奴には、手を上げないんじゃなかったのか!?」


「あぁ? 誰がそんな事言ったんだ? お前の依頼主か? それともルールブックにでも書いてあったか? 間違いなく、“俺自身”はそんな宣言をした覚えはねぇぞ。それにな……“こっち側”なら臭いで分かるんだよ、お前みたいな奴は。俺と同じ匂いがする。戦えよ、好きなんだろう? 痛めつける事が、殺す事が。楽しくて仕方ないんだろう? だったら、俺とろうぜ。お互い楽しめるだろう?」


「ば、化け物……」


「ホラ、お前と同類じゃねぇか」


 そう言い放った瞬間、相手は銃でも使ったのか。

 発砲音と共に、此方の鎧にカツンカツン軽い音が返って来る。

 おいおい、そんな豆鉄砲がお前の武器か?

 もう少し楽しませろよ。


「終わりか?」


「放せ! 放せよ! おいfort! コイツを殺せ! 今すぐだ、今すぐコイツを――」


「おせぇよ、近づかれたなら自分で何とかしろ。誰かが助けてくれるのを待ってんじゃねぇ」


 それだけ言って掌を握り締めてみれば、グチャッと何かが潰れる感触が返って来る。

 やがて目の前にノイズの様なエフェクトが発生し、敵の姿が現れた。

 やけに派手な……何て言うんだっけか?

 ゲーミングなんちゃら? みたいな、七色に輝いている鎧の相手が目の前に出現する。

 まぁ、もう死んでいるが。


「か、唐沢さん……」


 後ろに居た白兎が、随分と震えた声を上げて来るが。


『RISA、君は今ここが何処だか分かっているのかい? その一言が他者に聞かれた時、黒獣にどんな損害を被るか理解しているかい?』


「す、すみません! AKさん、と呼んだ方が良いんですよね!?」


 端末から聞えて来たescapeの声に、すぐさま姿勢を正す白兎。

 全く、コイツ等は……いつ見ても下らない事をしているな。

 なんて事を思いつつとりあえず放置、今用事があるのはコイツじゃない。

 と言う訳で、足元の甲板をガンガンと踏みつけてから。


「おいfort、依頼は達成したぞ。報酬を寄越せ」


 そう言葉にしてみればfortは押し黙り、背後から息を飲む声が聞こえた。


「あ、あの……AKさん。依頼って、なんの事ですか? それに、報酬って?」


 あぁ、面倒くさい。

 いちいち説明を俺に求めるな、俺に質問するな。

 聞きたい事があるなら、escapeにでも聞けば良いだろうが。

 若干イライラし始め、更に強く甲板を踏みつけてみれば。


『本気、なんですか? だって、貴方の報酬は……』


「当たり前だ、報酬を変えるつもりはねぇ。正面から戦え、今度はサレンダーを送っても了承しない。一対一でやり合おうぜ、fort。最後まで潰し合おう、今までと同じ結果になると思うなよ?」


 これでもescapeの計画により、ここの所より多くのプレイヤーを狩って来た。

 スキルや道具、そしてポイントを稼いで。

 やっと、やっとだ。

 俺は、この戦艦に挑めるであろうステータスを手に入れた。

 だったら、早速試してみたいじゃないか。

 正面からぶつかり合ってみたいじゃないか。

 俺達は、戦う為にRedoっていう馬鹿げたゲームを楽しんでいるのだから。


『後悔しても……知りませんよ?』


「後悔させてみろ、クソガキ」


 此方が言い放ったその後に、俺の周りからはいくつもの機関銃が生えて来た。

 ククッ、ハハハ!

 そうだ、戦闘ってのはこうでなければ。


「俺を楽しませろ! fort!」


『アンタ……本当に異常だよ』


 こうして、やっと同じ土俵に立った状態で。

 コイツに、不落の要塞に挑む事が出来る。

 あぁ、本当に。

 Redoってゲームは楽しくて仕方がない。

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