第63話 知りたくなかった
「大葉さん、すみません……電話中でしたか?」
「ううん、大丈夫大丈夫。でも……その、ちょっと怖い事言われちゃったから、場所移そうか」
「い、いえ。今日はちょっと大事な話が……それに、僕はすぐ帰りますから――」
「ごめんね、後で聞くから。今は移動しよう」
それだけ言って巧君の手を掴み、公園から踏み出した。
今では通話が切れてしまった端末を、チラッと視線の端に納めながら。
唐沢さんが最後に言っていた言葉……巧君が“
いや、ありえないだろうソレは。
だってこの子、まだ小学生なんだよ?
こんな子があの戦艦を操るプレイヤーで、
そんなの絶対あり得ない。
でもやはり、最近私を付けているのではないかという人物は怖いので、とにかく人の多い場所へ……なんて事を考えていれば。
『警告、Redoの“強襲”による対戦を申し込まれました』
「え?」
リズの声を聴いた瞬間、手を繋いでいた筈の巧君が消えた。
そして私は鎧に身を包み、正面にはやけに派手な鎧を着ている男が立っているではないか。
「やぁこんにちは、お嬢さん。悪いんだけど、ちょっとだけ相手してもらうよ?」
「……なんなの、アンタ」
事態に追いつけない心境のまま腰の剣を引き抜いてみれば、彼は楽しそうに笑い声を上げて両手を広げ。
「おっとぉ、勘弁してくれよ。俺はまだ誰も殺していない上に、戦闘型じゃないんだ。“こっち側”で喧嘩は御免だ。ま、“Redoでは”ってだけなんだけど」
ケラケラと笑う彼の籠手からはいくつもの棒状の物体が立ち上がり、高速で回転し始めた。
あれは、なんだ?
やけに光っている物体がキラキラと周囲に輝きを溢しているが、彼は今何をしている?
「どう言う事? 言っている意味が分からない。それから、何が目的?」
改めて相手に剣の切っ先を向け、静かに腰を落としてみれば。
「ハハッ、おじさん馬鹿な子程好きだよ? 相手からちゃんとした言葉を貰わないと想像も出来ない、いざ言葉にしてみると馬鹿正直に信じてしまう。君みたいな子は、凄く扱いやすい」
「さっきから何を言っているの? それから、今の状況分かってる?」
グッと脚に力を入れ、いつでも飛び出せる状態に持って行った。
大丈夫だ、相手は戦闘型じゃないって言ってたし。
私の速度で、更にスキルも使えば。
きっと問題なくサレンダーが貰える状況を作れる筈。
そんな風に思っていたのだが。
「だからさぁ、Redoでは殺しの経験はないけど、それ以外ではあるって言ってるの。楽しいよね、Redo。普通なら指名手配になりそうな事をやらかしても、“普通”で居られるんだもん。もっと好きにやりたいんだけど、依頼主の金払いが良くてねぇ……まだ我慢してるって訳」
「アンタがクズだって事は、良く分かったわ」
それだけ言って、一気に相手に向かって突進した。
敵は動いてすらいない、行ける!
なんて事を思いながら、派手な鎧の脚に向かって攻撃を放ってみれば。
「はい外れぇ~、言っただろう? 戦闘向きじゃないって。だったら正面に立つ訳無いでしょ、馬鹿だねぇ君は。おいfort! いつまでウジウジやってんだよ! とっとと来い!」
煽る様な言葉が周囲から響き渡り、彼の姿は掻き消えた。
先程まで確認していたのは幻影?
間違いなく突き刺した筈の刃はスルリと相手を通り抜け、今では地面に突き刺さっていた。
そして何より……アイツ今、fortって言った?
「乱入でしか勝負を挑めないクソスキル持ちの為に、この俺が舞台を用意してやったんだ。ちゃんと働け、今日の分の獲物だ。“昨日の事”を報告したら、お前がちゃんと片付けろとさ。んで、俺にも報酬を出してくれるんだとよ? 残念だったなぁ、せっかくあんな奴等に俺を殺す依頼まで出したのに。オラ、責任もってお前がこの女を殺せクソガキ」
なんて声が聞こえた次の瞬間、背後に何者かの気配を感じて振り返った。
そこに立っていたのは、とても小さな鎧。
なんだか童話とかに出て来るデフォルメされた兵隊さんというか、一見可愛らしいと思ってしまう様な見た目をしていた訳だが。
「ごめん、なさい……」
俯く鎧が呟いた瞬間、ゾッと背筋が冷たくなった。
「た、くみ……君?」
そう声を掛けてみれば、相手は小さく頷き。
何かのスキルを使ったのか、周囲の金属という金属が彼に引き寄せられて行った。
それらはどんどんと圧縮され、ポカンと眺めている内に此方に対して影を落とす程の巨体に変化していく。
そして以前見た事のある、巨大な戦艦が目の前に出現した。
「巧君が、fort……なの? 今まで、私を騙してたの? 私を狩る為に、近くに居たの?」
『……ごめんなさい』
今では見上げる程大きくなった彼に対して言葉を紡いでみれば、相手からは謝罪の言葉が繰り返し聞えて来た。
勘弁してよ、やめてよ。
本当にやめて。
だって私は、君が本当にfortだというのなら。
多分“許せなくなってしまう”から。
「なんで、何で……紗月を殺したの? だってあの子は、既に負けを認めていて……」
『こっちから見た状態だと、事態が分からなくて……それに、賞金首だったし。お母さんが殺せって……』
彼の声は、震えていた。
でも今の私には、お腹の中で何かが煮えたぎっているのではないかと言う程……熱くて苦しい感情が渦巻いていた。
「そんな理由で、紗月を殺したの? 私の友達を……殺したの?」
『ごめん……なさい』
もはや涙声になっている相手に対し、此方は剣を構えたまま甲板まで飛び上がった。
そして。
「あぁぁぁぁぁ!」
なんかもう、思考が止まってしまった。
紗月を殺したfortは許せない、でもソレは巧君で。
彼の事も助けたいと願っていた筈なのに、振りかぶった長剣を相手に叩きつけてしまった。
とはいえ、やけに頑丈な甲板には多少の傷が付いたくらいで全然ダメージにはなっていない様だが。
「なんで! どうして!? なんで巧君がfortなの!? それじゃ私は……私は!」
『ごめんなさいごめんなさい! 知らなかったんです! 大葉さんのお友達だなんて、分からなかったんです!』
「そう言う事じゃ無いでしょ! そもそも君は、何で! ……君はっ!」
そんなにも“殺し”を受け入れているのか。
分からない、やっぱり分からない。
Redoプレイヤーはどこかしら異常なんだって、リズが前に言っていた。
でも、今ほど怖くて悲しい気持ちになった事は無かった。
この子は、親に言われるまま暴力を振るっていただけなのか?
その結果、こんな事態に陥っているのか?
こんなの、こんなのって無いよ。
私は誰を恨めば良い? 紗月を殺したこの子に刃を向けて良いのか?
彼の事を考えれば、攻撃して良い対象なのか?
それすら分からず、最初の一撃以外に攻撃が放てず。
剣を手放してその場で蹲ってしまった。
「違うじゃん……こんなのってないじゃん。紗月を殺したfortを、殺したいと思う程恨んだのに、巧君を殺す事なんて……私には出来ないよ。ココの所ずっと一緒に居たのに……楽しそうだったのに、なんでこんな事になるの……」
嗚咽を溢しながら、甲板の上で涙を溢した。
無理だよ、こんなの戦える訳がない。
彼に刃を向けるなんて、私には出来ない。
『ごめん……なさい……』
再び戦艦からは謝罪の声が響き、両者共動かないままで居れば。
どこからか、先程の男の声が聞えて来る。
「チッ、おいクソガキ。何してんだ? この程度の相手も殺せねぇのなら、本当に能無しだぞ。お前の母ちゃんはどう思うんだろうな?」
『……』
もう一人の相手も、近くに居る。
だったら戦わなくちゃ、それは分かっているのに。
どうしても、心の方が追い付いて来なかった。
涙が止まる事はなく、ただただ脱力感が襲って来る。
あぁ、本当に……なんでいつも、こうなっちゃうのかな。
なんて、半分諦めた様な気持ちになっていれば。
「クハハハッ! オイ、俺も混ぜろよ」
私の目の前に、勢い良く何かが降って来た。
ズドンッと凄い音を立てて、甲板にめり込む勢いで着地する。
思わずビクッと肩を震わせてから、降って来たソレに視線を向けてみれば。
「“表側”の奴に言われたんじゃねぇのか? 白兎。戦うのは、俺の仕事だ」
“黒獣”が、カカカッと楽しそうに笑い声を上げていた。
そのまま拳を振り上げfortの甲板に叩きつけると、全体に亀裂が走ったのではないかと思う程のダメージを与えている。
現実離れした怪力を見せつけた彼は、拳を引っこ抜いてから空に向かって咆哮を上げ。
「コソコソ隠れてねぇで出て来い小物! まずはテメェからだ!」
姿の見えない相手に対して、喧嘩を売ってみせた。
Redoに現存する賞金首。
リストアップされている一人である、プレイヤーネーム“AK”。
またの名を、“黒獣”。
彼は、残虐で残忍。
そんな風に皆から言われているのに、いざという時……絶対に駆け付けてくれる人。
私を、何度も助けてくれた人。
「お願いです……助けて、下さい」
「ハッ! この喧嘩は全部俺が喰ってやるよ。というか、こんな面白そうな状況で俺を除け者にするな」
黒い獣は、笑いながら鋭い牙を見せつけるのであった。
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