第62話 窮地
「あぁぁぁ……俺の馬鹿、マジで馬鹿」
『久し振りですねぇ、こんな風に悶えているマスターを見るのも』
ベッドの上でビタンビタンしていれば、リユからそんな声が上がって来た。
お前は良いよな、自分で戦う訳でも無いし。
しかも前金としてfortがirisから奪ったスキルを貰った訳だし。
もちろんその所有権は俺にある訳だが、リユにも何かしら考えがあるのだろう。
だからこそ、そっちに関しては好きにして良いと言っておいたが。
「相手の事情が何も分からないのに殺しの依頼受けるなよ俺ぇ! コレじゃただのおバカなヒットマンじゃないかぁぁぁぁ! しかも相手はやっぱり子供みたいだったしぃぃ!」
『ヒットマンって、銃を使う殺し屋の事なんじゃないですかね? あれ? 私の勘違いですか? マスターの場合はどっちかというと殴り込みとか、喧嘩屋に近いのでは? あ、でも“鉄砲玉”って意味ではヒットマンなんですかね?』
「なんでも良いんだよそんなことぉぉ!」
うがぁ! と吠えながら藻掻いていれば。
ポンッと気の抜けた通知音が耳に届く。
スマホを取って目の前に持って来たが……コレといって通知は無し。
ありゃ? それじゃさっきの音は何?
『マスター、そっち系の内容で動く必要があるかもしれません』
「と、言いますと?」
リユを手に取って、モニターに視線を向けてみれば。
そこには、理沙さんからのメッセージを受け取ったという通知が一件。
さっきの音は、Redo端末の方だったか。
未だコッチに通常の連絡が来るのには慣れないな、escapeは普通のスマホの方に連絡して来るし。
連絡先教えた覚えはないけど。
「え、これってどういうことだ?」
『escapeからも情報提供がありました、“ソレ”がfortの言っていたターゲットです』
端末に送られて来たメールには、相談と言うには少々きな臭い……助けを求める様な文字列が並んでいた。
普段の彼女らしからぬ、緊迫した雰囲気で。
『突然すみません、唐沢さん。ちょっと相談させてください。最近視線を感じると言うか、特徴が似た人物を度々見かける様になりました。私の勘違いかとも思ったのですが……ずっと誰かが見張っている様な感じは確かです。私事で非常に申し訳ないのですが、少しだけ協力してもらえないでしょうか? Redo関係の事では無いと良いんですけど……違う場合には、警察にお願いしますので。すみません、次の休日にでも少しお時間頂けませんか?』
これは、いったい何があった?
『相手が早くも動き出したという事ではないでしょうか? もしかしたら昨日の戦闘も監視されており、状況を動かし始めた可能性もあります。fortの話を聞く限り、関係者であっても仲間ではないみたいですし。あり得ない話ではないかと』
「確かに疑わしく思えるけど……でもescapeの監視を回避しながら、現代社会でこれだけの行動が起こせるか? しかも、“リアル”の方で。だってそんな事をしたら――」
『マスターはまだ危機感が足りません。相手はescapeを元々警戒している相手、当然対策もして来るでしょう。それに相手も、RISAさんもプレイヤーです。つまりRedoの道具で狩られた場合、ゲーム自体がその犯罪を肯定してしまう。無かった事になる可能性があるんですよ?』
リユの言葉に、ゾッと背筋が冷えた。
これまでは、自らを守っていれば良いだけだった。
でも、今は違うのだ。
パーティを組んでいる、つまり仲間が居る。
彼等彼女等の安全を守るのだって、前衛である俺の役目だろうが。
例え今回の相手が子供だったとしても、いつまでも手をこまねいて良い状況には無いんだ。
「すぐに出る、リユはescapeに情報共有」
『了解致しました。御武運を、マスター』
急いでジャケットを羽織り、適当な格好のままリユを掴んで玄関を飛び出した。
そのままフレンドリストから理沙さんの連絡先を選択し、端末を耳に当ててから。
『え、あ、えっと……もしもし、唐沢さんですか? 理沙です』
端末の向こう側からから、非常に緊張した様な声が聞こえて来る。
良かった、未だ事態には巻き込まれていないらしい。
だったら、今の内に状況を整えてしまうべきだろう。
「理沙さん、良く聞いてくれ。君をつけ回している人間はRedoプレイヤーだ。慌てず、騒がず、此方の指示した場所まで来ることは出来るか?」
『いや、え? は? それ本当ですか? でも、あの……すみません、ちょっと人と会う約束が……』
そんなもの放っておけ、そう叫びたくなったが。
『大葉さーん!』
『あ、巧君。やっほー、ちょっと待っててねー?』
通話中の端末の向こう側から、先日聞いた声が聞えて来た。
幼さが残る、男の子の声。
間違いなく“fort”の伝声管から聞えて来た、あの声だった。
「逃げろ! もしかしたら君をおびき出す罠かもしれない!」
『え、えっ? 唐沢さん、いったい何が――』
「とにかく走れ! その子が“fort”だ! そして別の奴が君を狙っている!」
叫び声を上げ、脚に思い切り力を入れた。
走れ、とにかく走れ。
彼女の下へ。
先日はfortとの会合もあったが、実際まだ相手を信用した訳ではない。
そして他の面々も絡んで来ているとなれば。
間違いなく、理沙さんが危ない。
まさかこんなにも早く事態が動くとは思っていなかった……リユに言われた通り、俺には危機感が足りなかったらしい。
『マスター、ログインする事をお勧めします。一気に距離を詰められます』
「だぁくそっ! やっぱ、それしかないか! リユ、“向こう側”に行くぞ!」
『了解、これよりフリーの状態でRedoにログイン致します。“スクリーマー”ですから、お気をつけて』
「いつもの事だ! 分かってる!」
そんな言葉を返せば、この世界は“異世界”へと変化した。
そこら中に歩いていた筈の人々は姿を消し、俺は真っ黒い鎧に身を包まれる。
そして。
「ガァァァァ!」
『今は闘争本能を押さえて下さいね!? 目的はRISAさんの救出です!』
「チッ、面倒クセェ……また白兎の世話か」
その場で力強く地面を踏み締め、通常では考えられない跳躍をかますのであった。
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