第51話 最悪の想像


『上手くやってくれた様で何よりだよ、パパ活おじさんに勘違いされたりしなかった?』


「おっ前、本当に……まぁいつもの事か。とりあえず、ちゃんと食事は摂ってくれたよ」


 帰宅後、escapeから通話が来たかと思えば即コレだ。

 何かもう今日の一件で、砕けた口調で喋るのが普通になってしまった。

 相手もそれを望んでいるみたいだし、悪い変化ではないのは確かなのだろうが。


『リズからも、今後定期報告するって連絡が来たから。また変化が起きたらご飯連れてってあげなよ』


「その時はお前も来るんだよ。本当にそういうおじさんだと勘違いされたら、厄介どころじゃないぞ」


『通報されて持ち物検査、Redo端末を見つかって怪しまれたらとんでもないね。ちなみに、警察内部にもプレイヤーが居るから。そっちは本当に気を付けてもらうと助かるかな』


「恐ろしい世の中になったもんだ」


 ため息を一つ溢してから、プシュッと音を立てて缶ビールの蓋を開けてみると。


『あれ? まだ飲むんだ、黒獣はお酒にも強い感じ?』


「ん? いや別に普通だとは思うが……それに店で飲んだのなんて、数杯だけだろ」


『おっと、結構強い酒を頼んだはずなんだけど。頼もしい限りだね』


 そんな会話をしながら、次々と何やらデータを送って来るescape。

 送られて来たソレを開いてみれば、街のマップと何かの移動経路が表示されていた。

 街そのものを横断するかの様に移動しているので、車か何かでは無い事は確実だ。


fortフォート……だよな。コレは現在の位置か? それとも移動予想図?」


『過去と現在の位置だね。アレは普通の船では無くて、個人が好き勝手動かしている訳だから行動予想は難しいかな。それに……コレを見て気が付かない? 予想の難しい理由が。今もっと過去の行動履歴と照らし合わせるよ、どうしても思考が読めないんだ。意見をくれ』


 何やら意味深な事を言って来たescapeが、追加のデータをマップに照らし合わせてくれた。

 相手の移動した経路を、現状のソレと一緒に見てみれば。


「グチャグチャだな……とてもじゃないが、しっかりと探索している様には見えない」


『しかし相手がコッチの事を探しているのは確か。でもコレだ、変だと思わないかい?』


 そう、彼の言う通り間違いなくfortは俺達を探している。

 マークされている事は確かだし、Redoにログインすれば結構な確率で遭遇する相手。

 だと言うのに……かなり移動先が偏っていた。

 前回俺と遭遇した場所をひたすらグルグル回ってみたり、他の場所を探し始めてみたりと動き回っている様だが。

 しかしながら、あまりにも“気分”で動いている様にしか見えないのだ。

 あっちに行ったりこっちに行ったり。

 それこそ同じ場所に何度も戻ってしまっていたりと。

 普通なら、隅から隅まで探す様な行動に出そうなのに。

 もしくは俺が出現しやすい場所を割り出して、待ち伏せしていてもおかしくはない筈。

 が、そういう傾向はまるで無い。


『黒獣同様、向こう側に入ると本能的な行動を取ったり、思考能力が低下する様な事も想像はしたんだけども』


「俺を攻撃している際の行動を見ると、そういう訳でもないって感じか……相手の個人情報は掴めないのか?」


『やってみてはいるんだけどね……さっぱりなんだよ。恐らく俺の事を警戒して、ネット関係を遮断しているって事なんだろうけど』


 現代でそんな事が可能なのか?

 そして此方の切り札とも言えるescapeを警戒しているのなら、まずは彼を狙うのではないか?

 しかし相手は“乱入”を使い、一番見つけやすいであろう俺ばかりを狙って来る。

 ソレは何故? しかも出会ってすぐに特殊サレンダーを送って来る理由は?

 相手はこの状況を楽しみ、それこそゲームのボスキャラを演じているというのなら納得は出来るのかもしれないが……だが、何か違和感を覚える。

 先程思ったように、俺が出現しやすい場所を割り出して、そこを徹底的に探索しているのなら分かるが……マップを見る限り、そう言う訳でも無さそうだ。

 当てもなく探し回っているだけで、まるで“とりあえずログインしている”みたいな。

 どこまでも“効率の悪いやり方”に思えて仕方ないのだ。


「なぁescape、スキルとかってさ……デメリットが発生するモノも有ったりするのか?」


『使用するとデバフとか、特殊条件が付く、みたいな? もちろん有るよ、俺もいくつかそういうスキルは持ってる』


 やはり、あるのか。

 だとすると、その辺の状況が組み合わさって今の事態に発展していると考えた方が良さそうだ。

 例えば。


「fortの鎧があの戦艦、または要塞その物という訳ではなく……俺達と同じ普通の鎧だったとして、スキルによってあの巨大な物体を作り出しているとしよう。そしてそのスキルを使用した場合、圧倒的過ぎるからこそ無条件に相手には逃亡の選択肢を与えてしまう。とかは考えすぎか?」


 なんとなく、ゲーム的に考えればそっちの方がすんなり納得出来るのだ。

 デメリットはあるが強力なスキル。

 それを使用しているからこそ、いつまで経っても相手は此方を狩る事が出来ない。

 本当に俺達を殺したいのなら、わざわざサレンダーを送って来る意味が分からないのだ。


『正直、俺もソレは考えてた。というかソレが一番答えに近いと思う、相手が異常者じゃない限りはね。ただ……この移動経路があまりにも謎過ぎて分からないんだ。周囲の建物や金属を飲み込んで弾丸にしている、と言うのは間違いない。でもだったら何故、一度通った所を何度も移動している? 既に“食いつくした”後なのに』


 こればかりは、俺も理解に苦しむ。

 あの船が何度も通った場所にはプレイヤーが集まりやすいとか、そういう事があったりするのだろうか?

 いやまさか。

 あんな戦艦が迫って来たら、誰だって警戒して他の場所に移動するだろう。

 それを予想するなら、虱潰しだったとしても各地を移動した方が効率的だ。

 では、何故?


「……ん?」


『どうかした? 黒獣』


 送られて来た移動履歴を眺めていて、何か既視感があると思っていたのだが。

 思い出した瞬間、最悪の想像をしてしまった。

 街の一部をずっとグシャグシャと動き回り、気が向いたかのように別の場所へ。

 そしてまさに“適当”という動きをしてから、また元の位置へ戻ったり。

 これって。


「あのさ、fortって……子供だと言う可能性はないのか? 俺達からしたら子供、とかいう意味じゃ無くて。本当に子供。小学生とか、それ以下って可能性は」


 以前我が子の動画が送られて来た時、玩具の車をマップの上で走らせていた光景を思い出した。

 その時は微笑ましく動画を見つめていただけだが……fortの動きは、うちの子と近い物がある気がする。

 こっちはまだ小学生にも上がっていない幼児だが。

 でもfortと同じ様にグルグルと同じ場所を移動させたり、急に移動したと思ったら戻ってみたり。

 そんな行動を繰り返していたのだ。

 大人だったら思わず呆れてしまう様な進路を取り、何かしら気になった物があれば何度もソコへ向かってしまったり。


『……あぁ~うん、なるほど、可能性はあるかも。もしも施設に預けられている様な子なら、普通のスマホを持っていないのにも頷ける。でもそんな子供にRedo端末が送られて来るのかって言われると、些か疑問が残る。しかしそうなってくると、本当に最悪の想像で言えば』


「fortは子供で、その親、または親族が“招待”した可能性がある。そしてfortの稼ぎによって生活している、とかな。更に賞金首ばかり狙うのは、招待した者からの指示……とか?」


 だとしたら、本当に最悪の事態だと言えよう。

 我が子を使って、大金を稼いでるプレイヤーが居るという事になるのだから。

 これらも全て、俺達の憶測でしかないが。

 それでも、嫌な予感がし始めたのだけは確かだ。

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