第52話 空想でも、現実でも
「はぁ……今日どうしよ」
『実に学生らしい呟きですね、マスター。回復した様で何よりです』
「ごめんってば、リズ。今度からは気を付けるから……」
自らの端末とそんな会話をしながら、帰路に着いた。
当然リズの声は片耳に付けたイヤホンからしか聞こえてこない為、私はハンズフリーで通話中か独り言の多い高校生に見える事だろう。
後者はちょっと嫌だけど。
「しっかし、二人にはお世話になりっぱなしだね」
『ですね。escapeからは、そこらのプレイヤーに引っかからない為の新たなファイアウォールを。黒獣からはパーティ報酬としてポイントの分け前を頂いています。完全にヒモですね、マスター。もしくはペットです、今から媚びでも売っておきますか?』
「お願いだから言わないで、結構心に来る……でもしばらくログインはするなって言われちゃったし、本当にどうしたものか」
つまり私は今、完全に学生ニート。
学生だからニートとは言わないのかもしれないけど。
それでも、何もせずポイントだけ頂いて生活させてもらっているのだ。
申し訳なさがヤバすぎる。
そしてescapeからリズに送られて来た、新しい防御の為のプログラム。
こっちがまた、とんでもない物だったのだ。
上位のプレイヤー、つまり賞金首レベルの人間じゃないと私の事を探知し辛いという防護壁みたいな代物。
一般のプレイヤーなら、此方が下手な事をしない限り私の事を見つけられないらしい。
まだ粗も多いから一応マップを見て、他者を警戒しながら移動しろとは言われたが。
端末を見せたり、相手の目の前まで行ってしまえばバレるとの事。
というか此方が“プレイヤーだ”と認識されてしまうと、相手の端末が私に探りを入れるんだとか。
多少制限はあるみたいだが、それでもRedoプレイヤーでありながらコソコソする必要が無くなったのは非常に大きい。
凄い、物凄く自由度が高くなった。
「何かお礼しないとねぇ……でも、私が出来るお礼って何よ」
『ありませんね、一つも。あの二人は色欲という言葉からも程遠い様に見えますし、女子高生というブランドを生かす事も出来ません』
「そもそもそんな事やらないから! あとブランドとか言うな! なんか生々しい!」
なんて、リズと喋りながら下校していれば。
ふと、随分と幼い声の罵倒が聞えて来た。
近くには、小さな公園。
とはいえ現代の公園なんて、遊具らしい遊具は無いが。
いつもだったら特に気にする事無く通り過ぎるだけの空き地、という感じ。
そんな訳で、チラッとソチラを覗き込んでみれば。
「転校生、お前汚ねぇって! 何日風呂入ってねぇんだよ!」
「ハハッ、コイツマジでなんもしないな! ネットに上げてやろっか! 隣のクラスの奴が今日スマホ買って貰ったって自慢してたし!」
何にもない公園の一角で、数名の子供達が集まって何かを踏んづけていた。
ランドセルを背負っているから、小学生なのだろうが……。
そして、彼等が踏んだり蹴ったりしているその先に視線を凝らしてみると。
「っ! コラァ! そこの子達! 何してるの!」
叫びながら拳を頭上まで振り上げ、急いで走り寄ってみれば。
「うわっ! やべっ!」
「逃げろ逃げろ!」
一斉に走り出した彼等は、私が入った方向とは逆の出口に向かって一目散に逃げて行った。
正直、私の脚なら簡単に追いつく事が出来るのだが。
でも今の目的は彼等を捕まえる事ではなく。
「君、大丈夫!? 怪我してない!?」
彼等が踏んづけていたのは、一人の少年だったのだ。
その子を抱き起こしてみれば、色んな所に青痣を作っているではないか。
「酷い……今救急車呼ぶから――」
「待って下さい」
小さな男の子は、静かにその言葉を放って来た。
よく通る、不思議な声。
子供特有の高い声ではあるものの、とても耳に残る。
こういうのを、鈴の音みたいなとか表現するのだろう。
それくらいに、綺麗な声色。
だが今はそんな事言っている場合ではなく。
「だって、そんなに怪我してるんだよ? お家近い? 救急車が怖いなら、お姉ちゃんが家まで――」
「いらないです、平気ですから」
「で、でも……」
会話している間に、彼はスッと立ち上がった。
まるで、本当に痛みなど感じていないかのように。
思わず「え?」と声を上げてしまう程、自然に。
「ありがとうございます。でも、本当に平気なので」
「そ、そうなの? でもこんなに傷だらけだし」
「こっちは、皆からやられた傷じゃないから。大丈夫です」
それはどういう意味なのだろうか?
腕に幾つもの青痣があって、痛々しい切り傷まで見える。
こんなの、学校でも問題になりそうなのに……。
「……お姉さん、良い人なんですね」
「え、えっと……?」
などと会話している内に、ピコンッという電子音がランドセルの方から聞えて来た。
凄いなぁ、今の小学生は皆スマホ持ちかぁ。
なんて、関係ない感想を思った所で。
「……もう、僕には関わらない方が良いです」
「どう言う事、かな? もしかして、お姉ちゃん迷惑だった? 余計な事しちゃった?」
もしも何かしらの理由があって、あのイジメを許容しているとしたら……とか思ったが、そんな事ある訳がない。
こんな幼い子がイジメを許容出来る環境ってなんだよ、あり得ないだろ。
自らに言い聞かせ、改めて彼の瞳を覗き込んだ。
「私には言えないのなら、それでも良い。でもお父さんやお母さんにはちゃんと相談して? きっと心配してるから」
「そんな事したら……お姉さんが危ないですよ」
「え?」
彼が何を言っているのか理解出来ず、思わず首を傾げてしまったが。
相手はペコッと此方に頭を下げてから、公園の出口に向かって走りだした。
「あ、あの! 本当に大丈夫!?」
「平気です、ありがとうございました」
それだけ言って、彼は走り去ってしまった。
なんか、最近の子供はイジメも物騒になったものだなぁと。
改めてため息を溢してしまうのであった。
というか私、結局何も出来なかったし。
“あっち側”でも“こっち側”でも、私が出来る事なんてたかが知れているって事なのかねぇ……。
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