第49話 escape


「あぁぁ……痛ったぁ、本当に折れるかと思ったよ」


「些か余分な事を、更に逆なでする様な言葉で相手に伝えるからだ」


 ハッ、全くこのおじさんは。

 本当にオンとオフで性格が真逆だ。

 黒獣、プレイヤーネーム“AK”。

 自らの事は軽く捉え、相手には慈悲深く手を伸ばす様な。

 過去の資料から、ソレは分かっていた事だが。

 それでも……“キレる”と手に負えないタイプ。

 前職でも上司をぶん殴った挙句、退職処分を受けているみたいだし。

 だがキレる所までのセーフティラインが異常な程広い。

 こんなのを本気で怒らせるとは……前職の上司は、唐沢歩という人物の使い方を大いに間違っていたのだろう。

 今の光景を見ても分かるが、彼は味方を作るのが上手い。

 彼の優しさに触れ、他者は彼を慕う。

 そして現状のRISAの様子を見れば分かるが……相手もまた、唐沢歩が困った事態に陥ったら必ず助けに入る事だろう。

 どちらか一方が搾取する様な、そういう関係ではなく。

 互いに支え合える程の信頼関係を、短い時間で構築する事が出来る。

 相手の性格さえ悪く無ければ、広い友人関係が簡単に作れる人物なのだろう。


「まったく……アンタに必要なのは、本当に“運”。その一点だね、ソレさえあればRedoなんかに参加する必要も無かったろうに」


「おっと、ここまで説教しても伝わらなかったとは。よしescape、握手でもしようか」


「止めろ、間違いなく俺の掌を砕くつもりだろう」


 相手が差し出して来た掌を払い除け、思い切り溜息を吐いた。

 若輩者がここまで失礼な態度を取っているのに、相手は怒りだす様な気配はなし。

 口の悪い俺でさえも、彼にとっては守るべき対象に入っているのだろう。

 なんとも、苦労するねぇ……おじさんは。

 まぁそういう性格だからこそ、彼の信用を得るためにRISAを手厚く保護していると言っても良いんだけど。

 俺にとって、彼女の存在はそこまで大きくない。

 唐沢歩との友好関係を築く為のピースみたいなものだ。

 こんな事を口にすれば、一瞬で関係が崩れるんだろうが。


「ま、いいや。それじゃ次は俺の目的ときっかけでも話そうか」


 それだけ言って両手を広げてみれば、両者からは非常にジトッとした瞳を向けられてしまった。

 おい、何だよ。

 おかしいだろ、その態度。

 だって皆揃って、そういうのを発表する場みたいになっていたじゃないか。


「全世界の人間の個人情報を調べられる様にする、とかか?」


「裏から世界を支配する様な、凄腕のハッカーになるとか?」


「ねぇ俺のイメージおかしくない?」


 思わず素で突っ込みを入れてしまった。

 まぁ確かに、今ならそう言う事も出来ない訳じゃないけど。

 しかしそんな事をしてしまえば各国から指名手配されるのは必須。

 Redoでも大変なのに、リアルの方でも命を狙われるのはごめんだ。

 と言う訳で、もう一度両手を広げてから。


「もっと純粋で、子供っぽい理由だよ。それこそ厨二病ってヤツだね。この世界の真理が知りたかった。ネットの世界は膨大で、闇が深い。だからこそ、隠された情報まで照らす灯が欲しい。しかし自身の姿は隠し通したい。そう願った結果が、俺の鎧“ファントム”だ」


 普通なら馬鹿にされる、もしくは笑われるであろう言葉を自信満々に吐いてみれば。


「嘘だな、間違いない。裏の目的がある、あえて馬鹿っぽく見せようとしてるな」


「ですね、間違いないです。この人全世界のテレビ中継とかハックして、国民全てを人質にする様な事言いそうですもん」


「おい待て、ソコのおっさんとJK。やらないよそんな事、俺に何の得があるんだよ」


 いつの間にかRISAの元へと戻ってしまったおっさんも、滅茶苦茶身を引きながらJKとコソコソ話しているではないか。

 おかしいだろ、さっき彼女が話していた時みたいに俺の事も庇ってくれよ。

 これでも恥ずかしい台詞を堂々と発言したんだから。

 何てことを思いながら、一気に酒を飲み干してみれば。

 ビーッと警告音を鳴らして来る“ゴースト”。

 今日はもう飲み過ぎだって言いたいのだろうが、でも許してくれ。

 リアルに慣れていない俺は、飲まないとこうしてベラベラ喋れないのだから。


「酷いもんだね、二人して。それじゃ証拠を見せるまで、ホラこれ。Redoを調べた今までの成果をまとめた資料だ。その結果、俺の妄想と勢いが役に立ったと証明された。有難く俺の野心を褒め称えるんだね」


 それだけ言って資料をテーブルに投げ出してみれば。

 手に取ったRISAの方はひたすら首を傾げ、黒獣は眉を潜めていた。

 それもその筈。

 だって、俺が放り出した資料は……この“世界そのもの”に関係してくる内容なのだから。


「不思議だろう? ネットの世界を漁れば、ごく普通に世界の歴史が出て来る。だがRedoを通して調べてみるとどうか……おかしいよね? 何故歴史的戦争は何度も発生し、偉人は何度も死んでいる? 明らかに、歴史が繰り返されている。しかし年号は一緒、だが微妙に違うログが何度も残っている。つまり、ココから何が察せられるか」


 二人は無言のまま、資料を手に持って此方に視線を向けて来た。

 そう、そう言う反応だ。

 信じられない状況証拠を前に、唖然とする顔。

 そういうのが、俺は大好きなんだ。

 相手より物知りになった気がして、俺の方が賢いんじゃないかと勘違い出来て。

 でも先程黒獣がRISAに対して言った様に、俺は俺でありたい。

 だからこそ、必要なら全てを明かす。

 知らないのなら、俺が知っている事を全て教えてやる。

 それが結果的に俺のメリットになるなら、それこそパーティというモノなのだろうから。


「この世界は、何度もやり直している可能性がある。妄想だと笑ってくれても良い。しかし、このゲームだ。Redoのポイントはゲーム内で済むが、換金に関してのリアルマネーはどこから発生する? 実際に国の金が使われているのなら、個人にこれだけ金を流すと問題が起きる。でも毎日普通のニュースと、お偉いさんが“たかが”数千万の金がどうとかいうニュースだって流れて来る。俺達は、それ以上の金を稼いでいるのに何のお咎めも無し。“非課税”という言葉が付きまとっている。これで、何故普通に経済が回る? プレイヤーはこれだけ多いのに、全員が派手に金を使って経済を回している訳でもないだろうに」


 一気に捲し立て、更に笑って見せた。

 俺が悪役に見えれば見える分だけ、信頼が増す。

 コレは一種の賭けだ。

 今まで話した内容は、全て俺の想像。

 その根源となる情報は、他の者には直接確認出来ないRedo内のデータなのだ。

 だからこそ、俺の言葉だけで信じてもらう必要がある。

 だったら、大いに悪役を演じようではないか。


「コレが世界の秘密……かもしれない解き明かされていない謎。俺が調べた限り、Redoはつい最近始まったゲームじゃない。形は違えど、時代にあったやり方で過去からずっと行われて来た。では、どう言う事か。俺達が関わったコレは、この世界は。いったいどうなっているのか……全てが想像で、憶測でしかない。だがしかし、コレは――」


「現実そのものが、“仮想”である可能性が出て来る……って事か? 俺達が生きている世界こそが、ゲームである可能性。それなら、金の動きも“バランス調整”程度で済む。崩壊したのなら、リセットを掛けて歴史を繰り返す。だが、何のために? いや……そうすると人類そのモノが存在するかどうか、怪しくなってくるレベルの話だが。まるでSFだな」


 俺の妄想話を、真剣に聞いている奴が一人居た。

 難しい顔を浮かべて、俺の話した仮説をちゃんと考えている。

 そうだ、それで良い。

 それこそ俺が最も欲している理解者であり、協力者だ。

 やっぱり最高だよアンタは、“黒獣”。

 常識に捕らわれず、他の面々とは違う所から物事を捉える。

 誰かの話を、鼻で笑わず真剣に考えてくれる。

 そして何より、俺が知る限り最強になりうる“矛”だ。


「その通り。もしかしたらこの世界は、俺たち自身が存在していない可能性が出て来るんだ。全てが仮想世界であり、Redoはそのオマケみたいなモノ」


「しかしそれなら、何故Redoは存在する? 何故仮想世界の中で、更にRedoという仮想世界に入らせる意味が分からない。一般人が戦場に立った場合の反応を確かめる為とかか? だがそれでは、“鎧”という不平等なアイテムの説明が付かない」


「良い、良いね黒獣。その通りだよ、俺はそれを調べる為に未だRedoをプレイしているんだ」


 本日の会合。

 表向きはRISAの為ではあったが、実に良い結果を残した。

 何たって、俺の調査に対しての理解者を見つける事が出来たのだ。

 やはり、唐沢歩という人間は相手に共感する力が強い。

 相手の考えを理解し、似た様な思考回路に自らを落とし込む事が出来るのだろう。

 最高だよアンタは。

 これまで社会で辛い目に会って来たと言うのなら、“こちら側”でこそ羽を伸ばせ。

 多分アンタは……全てを使えば史上最強のプレイヤーまで上り詰める。

 それを阻害しているのが、家族という存在。

 だが俺からしてみれば……それらは、ゲーム内における“枷”と“切っ掛け”に思えて仕方ないのだ。

 黒獣が最初から強いアバターを手に入れる為に、これまでの経験を。

 必要以上に無双しない為に、家族という枷を付けてコイツの成長を遅らせる。

 それこそ、ゲームバランスを調整するみたいに。

 実際彼が独身で、全てのポイントを自由に使えていたのなら。

 今の事態は発生しなかった事だろう。

 下手したら、fortフォートにさえも圧勝していたかも。

 だからこそ、唐沢歩という人物のプロフィールが存在する。

 そんな気がして仕方ないのだ。


「あぁ、楽しくなって来た」


『マスター、今はそういう顔をする席ではない』


 “ゴースト”から注意を受け、表情を無理やり元に戻すのであった。

 まぁ、俺の想像が全て正しかった場合……黒獣の戦う理由そのものが無くなっちゃうんだけどね。

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