第47話 馬鹿野郎


「えぇぇと……水で」


「私もソレでお願いします……」


 理沙さんと共に、ため息を溢しながらメニューを返してみれば。

 対面席の彼はハハッと小さな笑い声を溢してから。


「ココ、水でも数千円くらいするけど良い?」


「「有料!?」」


 不味い、やはりここは俺達の様な者が来る店では無かったらしい。

 数千円は諦めるとして、水だけ飲んで帰ろう、そうしよう。

 どうやら理沙さんに関しては俺の感覚に近いらしく、さっきから青い顔をしながら隣でプルプル震えていた。

 というか、間違いなく高校生を呼ぶ店じゃないだろう。

 いったいescapeは何を考えているのかとジロッと睨みつけてみれば。


「二人の懐事情は知っているから、今日は俺が奢るから。好きな物頼んで良いよ、ココは場所と貸し切りの都合が良かったから選んだだけだし。とは言っても、そう言われて好き勝手選べる性格はしてないか……適当に選ぶけど、良い?」


 な、何か凄い事言いだしたぞコイツ。

 そんなに金持ちなのか……とか考えたが、彼が独り身で特に大金を使う環境で無かった場合は当たり前か。

 何たってRedoのポイントを、そのまま財布に入れる事が出来るんだから。

 俺も仕送りが無ければ、普通に家が何件か買えるくらいに稼いでいる訳だし。

 そう考えると、ガチャに溶かしたポイントが痛すぎて今更ながら悔しくなる。

 そして年下の若者に奢って貰うっていう、物凄く情けない事してない? 俺。

 などと葛藤している内に、相手は店員を呼び出しスラスラと注文していく。


「さってと、んじゃ摘まみながら話そうか」


 普通の店よりずっと早くツマミと酒が到着したかと思えば、escapeがそんな事を言い出した。

 更に、やけにお洒落なカクテルグラスを向けて来る。


「乾杯してからって事ですか」


「せっかく三人がリアルで揃ったんだ、別に良いだろ?」


「わ、私だけ凄く場違い感が……」


 そんな訳で、三人揃って軽くグラスをぶつけ合った。

 一口飲んでみたが……うん、旨い。

 旨いけど、よくわかんない。

 高すぎる酒に、俺の庶民舌がびっくりしている。


「美味しいのは分かるんですけど……よく、分かんないです」


 一人だけジュースを注文された理沙さんも、俺と同じ様な感想を残しているではないか。

 よし、今後この子を飯に連れて行くなら俺が担当しよう。

 金持ちのescapeにばかり任せていては、この子の金銭感覚が狂ってしまいそうだ。

 もはや溜息しか零れず、更に相手がこれだけ此方を戸惑わせて来るって事は……間違いなく、遊ばれている。

 コイツの性格からして、それは間違いない。

 更に言うなら、わざわざこんな事を仕掛けて来るって事は。


「はぁ……本当の意味で嫌がらせって訳では無いだろうから、あえて自分が奢る為の席を作ったな? escape。面倒な気の使い合いはするなって事か?」


「お、調子が出て来たね黒獣。そうそう、アンタはこれくらいしないとずっと固い態度取りそうだし。むしろ年長だから自分が出すなんて言い出しそうだ。バカ高い店を選んだ甲斐があったってもんだよ」


 クックックと笑い声を溢しながら、此方に向かって目を細めて来る彼。

 というか本人もこの店が高いという認識があったのか。

 随分金の掛かった悪戯を仕掛けて来るものだ。

 もはや付き合うのが馬鹿らしくなり、もう一度ため息を溢してから高そうなツマミを口に放り込んでみれば。


「か、唐沢さん……ちょっとメニューで確認したんですけど、既に会計が五万超えてます……」


「ブフッ!」


 理沙さんの一言に、思わず吹き出してしまった。

 おい待て、やっぱりこの店はおかしい。

 というかescapeもおかしい。

 ぼったくりだろこんなの! いや、高い所だとコレが普通なのか?

 よく分らないが、金輪際この店には近づかない事にしよう。

 俺の財布が大打撃を受けてしまう。


「まぁまぁ、今日だけは特別だと言う事で。黒獣を呼んだのは、RISAの相談役に俺より相応しいと思ったからだけど……今日だけは、親睦会と行こうじゃないか。俺もあまりリアルでのやり取りって慣れてないから、後はよろしく」


 とか言って、思いっきり場の進行役を此方に丸投げしてくるescape。

 前々から思っていたけど、コイツ本当に良い性格してるな。

 特に俺に対しては、かなりいい加減な態度で接し来る事が多い気がする。

 チャットでは物凄く煽って来るし。

 そしてただの親睦を深める会というのも、コイツにしては違和感が残るが……まぁ、言葉にするのは無粋か。


「はぁぁ……とりあえず、改めて自己紹介でもしておくか? こっちも含めて」


 そう言ってテーブルの上に、ゴトッとRedo端末を置いてみれば。

 片方はニッと口元吊り上げながら端末を出し、もう片方も慌てた様子で端末をテーブルの上に置いた。


『皆様、お初にお眼にかかります。プレイヤーネーム“AK”、通称黒獣。唐沢 歩の端末のリユちゃんで~す! どうぞよろしく!』


『初めまして。プレイヤーネーム“RISA”、通称白姫(笑)。大葉 理沙の所有端末、リズと申します』


『……ゴースト。所有者は、“escape”。本名、鸛 梓。通称……は、亡霊やら都市伝説とか、色々』


 三台のスマホが自己紹介するって凄い事態になってしまったが。

 こうして改めて聞いてみれば、本当に声はそっくりだ。

 しかし性格の違いなのか、全く違う印象を覚えるが。

 そんでもって、ゴーストと呼ばれているescapeの端末の声を聴いたのはコレが初めて。

 それから理沙さんのスマホも「白姫」と言葉にした時に、明らかに鼻で笑っていた。

 持ち主もそれに気が付いたらしく、プルプルと震える拳を握りながら振り上げているが。

 流石に話を遮る訳にもいかなかったらしく、顔を赤くしながら耐えている御様子だ。

 なかなかどうして、彼女のスマホも良い性格をしているらしい。


「と言う事で、俺達の素性は割れた訳だ。皆、今後もよろしく頼む。それで……そうだな。Redoを始めた理由とか、一人ずつ話していく?」


「黒獣ってさ、学生の頃学級委員に推薦されるタイプ?」


「……黙秘」


「当たりか。真面目な性格だねぇ、口調を崩してもヒシヒシと感じるよ」


 ネットでもリアルでも、escapeが物凄く煽って来るんですけど。

 良いんだけどさ、皆仲良くやれるなら別に良いんだけどさ!

 あと学級委員にも高校の時推薦されたけどさ!


「あ、あの……それでしたら、私から話して良いですか? 何か、二人の話を聞いた後だと喋り辛そうで……ホント、私がRedoを始めた理由は凄く普通なので……」


 それだけ言って、理沙さんが手を上げてくれるのであった。

 うん、ほんと。

 目の前の性格悪い奴と比べて、君は本当に良い子だな。

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