第46話 NARIKIN


「ここ……だよな?」


『ここですねぇ~わぁお、高そうなバーです事。マスター、もうちょっとお金下ろして来た方が良かったのでは?』


 RISAさんからお誘いがあった翌日。

 escapeから送られて来た住所に向かってみれば、思わず何度も住所を確認してしまう様な綺麗なバーが建っていた。

 え、ここで皆集まるの?

 というか、ご飯を皆でって話じゃなかったのか?

 どう見ても、食事を楽しむよりお酒を楽しむ所なんだけど。

 もしかして今時の若い子達は、こういう所を好むのだろうか?

 実は俺が務めていた会社の給料が安いだけで、高校生のアルバイトとかでも結構稼げたりする?

 いや、二人はRedoプレイヤーだからポイント換金でお金持ちってだけなのかもしれない。

 だとすると不味いな、早くも胃が痛くなって来た。

 俺はほとんど家族の元へと送金し、手元には最低限しか残さない様な行動を繰り返している。

 となると……支払いが、不味い。

 そもそもRedoを始める前だって、こんな高そうな店は恐れ多くて立ち寄った事もないぞ。

 ドレスコードとか無いだろうな? リユにスーツは止めておけって言われたから、本当に普通の格好で来てしまったんだが。

 などと、店の入口近くで呆然としていれば


「え……ココ? 本当に? リズ、お店間違えてない?」


 此方と同じ様に、片耳にイヤホンマイクを突っ込んだ若い女の子が唖然としながらお店を眺めているではないか。

 それに今、“リズ”って。

 確か、その名前は……。


「もしかして、RISAさん……ですか?」


 恐る恐る声を掛けてみれば、彼女はえらく驚いた様子で此方に視線を向けてから。


「え? あ、はい……? 一応、理沙って名前ですけど……え? もしかして」


 向こうも向こうで気が付いたらしく、プルプルしつつ此方に人差し指を向けて来た。

 あ、あはは……身バレを恐れていたからこそ、普段は素性を隠していたのに。

 その相手が急に目の前に現れたら、こういう反応の方が正しいのかもしれない。

 しかも“スクリーマー”の中身が、こんな普通のおっさんだと知られれば余計に。


「黒じゅ――」


 何やら彼女が叫ぼうとした瞬間。

 彼女のイヤホンから、此方にも聞こえる程の音量でビー! っと凄い音が聞えて来た。


「痛ったぁ!? 耳! 鼓膜破れるってリズ!」


 耳からイヤホンを引っこ抜き、そこには居ない相手に文句を言っているが。


『RISAさんって、結構アホの子なんですかねぇ? 周囲に人は少ないとしても、街中で“黒獣”の名前を出すとか。自殺行為も良い所ですけど』


「リユ、お前は黙れ」


 此方のイヤホンからは、非常に呆れた声が響いて来た。

 と言う事で、とりあえず。

 この子がRISAさんで間違い無いのだろう。


「い、今“リユ”って言いましたよね? だとするとやっぱり、貴方が……」


「初めまして、ではないですけど。顔を合わせたのはコレが初ですからね。唐沢 歩と申します、どうぞよろしく」


 それだけ言って頭を下げてから、彼女にだけ見える様チラッとRedo端末を取り出してみせた。

 すると彼女は慌てた様子で、同じ様に端末を此方に見せてから。


「は、初めまして! 私、大葉 理沙って言います。えっと……唐沢さん、って呼べば大丈夫ですかね」


「そうですね、私も大葉さんと呼ばせて頂きますね」


 などと、お互いにペコペコしながら自己紹介をしていれば。


『いやいや、唐沢さん。RISAはリサのままの方が良いんじゃない? アンタ向こう側では理性無くなるんだから、フィールドで大葉なんて呼び始めたらそれこそ面倒だよ?』


 端末から急にescapeの声が聞え始め、二人揃って慌ててモニターを確認してしまった。

 そこに表示されているのは、通話中の文字。

 そして相手はやはり、escapeの表示が。

 もしかして、俺達の会話を盗聴していたのだろうか?


『どうでも良いけどさ、早く入って来なよ二人共。今日は貸し切りにしてあるから安心して』


 こっちに関しては本当にいつも通りというか、最近よく話している雰囲気そのままだった。

 というか、やっぱりこの店で間違い無いのか。

 大葉さん、ではなく理沙さんと呼んだ方が良いのか。

 彼女と視線を合わせ、お互いに頷き合ってから扉を開いてみれば。


「いらっしゃいませ。ご予約のお客様でしょうか? 本日は貸し切り予約がされておりまして、一般のお客様であれば申し訳ありませんが……また後日ご来店くださいませ」


 正面のバーカウンターから、店員さんが綺麗な姿勢でお辞儀してきた。

 わぁ……本格的なバーだ。

 こういう店、入った事無いぞ。


「えぇと、予約と言うか何と言うか……私は唐沢という者でして」


「あぁ、唐沢様ですか。どうぞこちらへ、こうのとり様は一番の奥の席でお待ちですよ?」


「こうの……とり様?」


 聞き馴染みのない名前に、はてと首を傾げてみせれば。

 隣に居た理沙さんがちょいちょいっと袖を引っ張って来て、小さな声で教えてくれた。


「escapeさんの本名です。鸛梓、私も先日聞いたばかりですけど……」


 と、いう事らしい。

 その後店員に案内されるまま、随分と奥まった席へと足を運んでみると。


「待ってたよ、二人共。店の前でウロウロして、いつ入って来るのか分からなかったから連絡しちゃったけど」


 そこにはソファー席に腰掛けた、モデルみたいな男性が足を組んで座っていた。

 え、この人がescapeなのか?

 想像してたのと全然違うのだが。

 というか隣に立つ理沙さんもかなりモテそうな顔立ちだし、二人共格好がお洒落だ。

 やばい、ここに来て場違いなおっさんが混じり込んでしまった。


「帰って良いかな?」


「駄目に決まってるだろ、唐沢さん。何のために集まったと思ってるの」


 彼からは撤退を拒否されてしまったが、本当にどうしたもんか。

 というかアレだね、若い子達は派手だね。

 何か普段の数倍歳取った気分だよ。

 などとやっている内に店員は下がり、俺達も諦めて対面のソファー席に腰を下ろした訳だが。


「さて、飲み物でも頼んでから始めようか。何が良い? あぁそうだ、さっきも言ったけど今日は貸し切り。それに奥の席にしてもらったから、何を話しても聞えないから安心して」


 それだけ言って、此方にメニュー表を差し出して来るescape。

 受け取って理沙さんと一緒に眺めてみれば。

 うわっ、この店高っか……。

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